2話 マジカルペットは害獣です1



  第二話 マジカルペットは害獣です



 入学から数日、ルシエラは中庭の芝生に腰掛け、干し芋をかじりながら思案に暮れていた。


「さて、どうしたものですかしら」


 思案の内容は先日起きた列車のこと。魔法少女らしき者がプリズムストーンを持っていたのは由々しき事態だ。


 魔法少女とは変身用のマジックアイテムを使い、一時的に強力な魔法を行使できるようになった者の総称。

 変身用マジックアイテムであるペンダントは、数多の魔法をオールインワンパッケージで自動行使させる強力な代物であり、才ある素人を一瞬で一騎当千の精兵へと変えてしまう。

 特にミアのようにずば抜けた才のある素人だとその伸び幅は凄まじく、魔法の国グランマギアの頂点層だと自負するルシエラが毎回ボコボコにされるほどの戦闘力を持っている。


 しかし、高性能なマジックアイテムは本来素人が扱えるものではなく、自力で魔法少女に変身できるほどの魔力制御ができるのならばそもそも変身する必要がない、そんな本末転倒な話になってしまう。

 故にルシエラのような特別の例外を除き、マジカルペットから"魔力調律"と言う補助を受け、一時的に自らの魔力制御と魔力変換効率を極限まで高めた上で変身を行うのが基本となる。


 ──魔法少女、マジカルペット、プリズムストーン、この世界に悪影響を及ぼすと容易に想像できる組み合わせですわ。既に大きな事件も起こっている以上、一刻も早くプリズムストーンを回収したい所ですけれど……


 だと言うのに、ルシエラはこの数日何も行動を起こせないでいた。


「ルシエラさん、何を考えているの?」


 ルシエラの横にちゃっかりと腰掛けたミアが、パンをはむはむと食べながらじっとルシエラを凝視する。


「いえ、大した考え事ではありませんわ。何しろまだ都会慣れしてない田舎娘なものですから」

「そう。私もここ、慣れてないから。ごめんね」


 理由は明白。ルシエラの傍には四六時中ミアが居るのだ。

 寮から出ても、休み時間も、放課後も、それはもうさも当然と言った風にミアはルシエラの所へやってくる。表向きには出会って間もない関係なのに、ここまで来ればストーカーと呼べてしまうのではなかろうか。


「ミアさんはいつもわたくしと一緒に居てくださりますわよね。他の方とは仲良くしなくとも大丈夫ですの?」

「大丈夫、ルシエラさんが居ればいい」


 即答するミア。


 ──えぇ……。み、ミアさんってこんなに重い方でしたかしら? 違いますわよね。


 今もこちらをじっと見つめているミアに、ルシエラは内心狼狽えまくる。

 かつてアルカステラに連敗していた頃、弱点を見つけてやるぞとこっそりミアを付け回していたものだが、昔の彼女は比較的さっぱりとした性格でこんなにも依存気質ではなかったはずだ。


 ──本当に人は変われば変わるものですわねぇ。あの頃はミアさんをつけ狙って、わたくしがストーカーみたいなものだったのに。


 ルシエラはミアに分からないように苦笑いしつつ、齧りかけの干し芋を一気に頬張る。

 と、そこで一つの可能性に気が付き真顔になった。もしかして列車での事件に関与していると疑われてつけ狙われているのだろうか。


 ──か、考えてみれば……わたくし、ナスターシャさんとの会話で思いっきり失言しておりましたわ。勘のいいミアさんなら怪しんでいても不思議はないですの!


 一気に緊張した面持ちとなったルシエラは、生唾の代わりに咀嚼が不十分な干し芋をごくりと飲み込み、そのまま干し芋が喉につっかえた。


「ぬんんんんっ!」

「あ、ルシエラさん。急いで吐かせないと」


 必死に胸を叩くルシエラの異常に気が付いたミアが、座ったまま上半身を捻って拳を振り上げる。


 ──待ってくださいまし、ミアさん。その挙動から繰り出される一撃、詰まった干し芋だけでなく内臓までついでに口から飛び出る奴ですの!


 それはダークプリンセス時代に幾度となく味わった一撃。アレを受けるのはマズい、最悪体に穴が空く。

 だが、干し芋が詰まったルシエラの叫びは声にならず。ただうめき声になって漏れ出すだけ。

 それを見て更に心配したミアがルシエラの胸部に破滅的衝撃を加えそうになる寸前、


「ほら、あげるわ。飲みなさいよ」


 丁度やって来たフローレンスが呆れ顔でボトルに入った水を手渡した。

 ルシエラは振り上げたミアの拳を手で制止しながら一気に水を飲み干す。


「ふ、フローレンスさん。お、恩に着ますわ。危うく死ぬところでしたの」

「大袈裟ねぇ。ほんとアンタ達は昼休みから平和にやってて羨ましいわ」


 ほっと一息つくルシエラを横目に、フローレンスは芝生に腰掛けて教科書を開く。

 ミアもそれに対抗心を燃やしたのか、ルシエラにぴっとりと密着して腰掛けなおした。


「フローレンスさん、今日はお一人ですのね」

「ああ、セリカのこと言ってるのね。さっき駅に忘れ物が届いたって走って行ったわよ」

「魔物討伐後は本当に慌ただしかったですものね、わたくしも列車に何か忘れていないか心配ですわ」

「ま、それがなくても私はセリカと一緒に居たくないけどね。なにしろ向こうは本物の特待生、対するこっちは紛い物。一緒に居たら疲れるったらありゃしない。適度に距離を置かないとやってられないわ」


 フローレンスは教科書にメモを書きながら小さくため息をつく。


「そう、大変だね」

「他人事だからって気安く言ってくれるわねぇ。本当に大変なんですからね。どうして私が特待生なんてやってるのかしら」


 口をとがらせて言うフローレンス。


「本当ですわ。そこまで嫌なのにどうして特待生になってますの? 誰かに見初められて特待生になった訳ではないでしょうに」

「コネと実家の実績によるしがらみよ。うちは名門で親戚まで全員優秀な魔法使いなの。うちの母親って仕事柄ほとんど家に居ないのよね、だから私も一端に魔法が使える様になってると思ってたんでしょ。入学するって言ったら大喜びで、さも当然のように特待生の推薦状持って来てたの」


 フローレンスは教科書にメモする手を止め、つまらなそうに頬杖をつく。


「そうしたら私の実力を知ってる親戚が、こいつは一門の恥晒しだから特待生に相応しくないって言ってきてね」

「心無い方も居たものですわね」

「事実だし私はそれでよかったんだけどね。そしたら母さんどころか姉さんまで一緒になって相手に文句言っちゃって。魔法をひけらかすことにしか使えないお前より、善良で努力する私の方が魔法使いとしての資質があるなんてのたまったのよ。そんな状況で特待生じゃなくていいですなんて言えないでしょ?」


 フローレンスは大きくため息をつくと、再び教科書を開いて予習をし始める。


「なるほど。お二方の期待がフローレンスさんの捨てられないものですのね」

「何よ、微笑ましいって感じの目で見て。そうよ、悪かったわね」


 優しい眼差しを向けるルシエラに気が付き、フローレンスは拗ねるように視線を教科書へと逸らす。


「ん。悪くないよ」

「ええ、ナスターシャさんの言葉通りの感想ですわ」


 ルシエラは今も身に着けている変身用ペンダントを服越しに触りながら言う。このペンダントはダークプリンセスに変身する為のものであり、プリズムストーンと同じく今は無き母親から貰ったものだ。

 幼い頃のルシエラは魔法の国の女王として忙しい母親に構って貰えなかったことで孤独を感じていた。

 そして、そのまま喪ってしまったことで自らの内の孤独を昇華させる術を見失い、闇の魔法少女ダークプリンセスとして人々に多大な迷惑をかけてしまった。

 それに比べ、フローレンスは自分を正しく奮い立たせてこの場に居るのだ。それができなかったルシエラからすれば、優れた力や才能などよりもそちらの方こそが尊敬に値する。


「そんなご大層なものじゃないわ」


 フローレンスが少し照れくさそうに言う。


「謙遜しなくともよろしいでしょうに、さては照れておりますのね」

「んもう、ち・が・い・ま・す!」


 そんな様子を見て笑うルシエラに、顔を真っ赤にしたフローレンスが勢いよく吼えて否定する。


「そう言うアンタ達はどうなのよ。あんな魔物倒せる癖に魔法経験者クラスに居ないって何の企みよ。本当はちゃんと魔法使えるんでしょ? ねえ、ミア」


 ルシエラと口論していては埒が明かないと思ったのか、フローレンスはルシエラにくっついたまま僅かに口元を緩めていたミアに話題を振った。


「ん、企んでないよ。私、本当に魔法使えないから」

「はぁ? 姉さんも言ってたわよ、アンタ達の身体能力は魔法で強化されてるって。天然でそれな訳ないでしょ?」


 ミアの言葉にフローレンスが首を傾げる。


「ん。私の場合、長い間マジックアイテムで肉体強化の魔法を使い過ぎて、体がそれを勝手に覚えちゃったんだって。そうピョコミンが言ってた」

「ふぅん、任意じゃなくて自動で使ってるのね。それはそれで便利そうだから羨ましいわ」

「そう言えば列車で見た切りですわね、あの害……ピョコミンさん」

「そう言えば何なの、そのピョコミンって奴。生徒?」

「ううん、こんな感じの生き物」


 ミアが両手でウサギっぽい形を宙に描く横、まさにそのウサギっぽい薄汚い生き物が中庭の茂みから姿を現した。

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