1話 田舎発、魔法少女行き超特急7
その後、列車は特に問題もなく学園都市へと到着し、ルシエラ達は晴れてアルマテニア王立魔法学校の生徒となった。
そうして入学式を終えて早々、ルシエラとミア、フローレンスの三人は生徒会室へと呼び出されていた。
「ふむ、三人共足労じゃったのう。列車の旅は楽しかったか、とは聞けまいな」
白壁の校舎の最上階、窓から噴水のある中庭を見下ろして金髪の少女が言う。
「さて、まずはともあれ主等の入学を祝うとするかのう。次いで自己紹介が必要じゃな。妾はナスターシャ、この学校の生徒会長を任されておる者じゃ」
中庭を眺めていたナスターシャは、横一列に並んだルシエラ達の方へと振り返ると、色っぽい仕草で椅子に腰かけた。
「…………ねえ、ミアさん」
「何?」
「部屋に入った時から思っておりましたけれど、どうしてあの方は裸なのですかしら」
引きつった笑顔を作りながらルシエラが小声で尋ねる。
今目の前に居るナスターシャの格好はほぼ裸。厳密に言えば裸に数本の紐を巻き付けただけの格好をしている。今も目を疑っているのだが、どうやら自らの視覚が異常をきたしたのではないらしい。
「知らない」
ミアは前を向いたままにべもなくそう言い放つ。
ルシエラは表情を取り繕うのに必死だというのにミアの表情はいつも通り、今この時だけは彼女のポーカーフェイスが羨ましい。
「はぁ……。愚問でしょアンタ達、痴女だからに決まってるじゃないの」
大きなため息の後、二人のやり取りを聞いていたフローレンスが浮かない表情のままそう答た。
「あ、やっぱりなんですの」
「まったく、お主達はこそこそ話の声が大きいのう。聞こえておるぞ。そも全裸ではない、ちゃんと着衣しておる。状況は正確に把握せよ」
「ひ、紐は服の範疇に入りませんわ!」
思わず大声で突っ込んでしまうルシエラ。ここは突っ込まざるを得なかった。
「道理を知らぬ輩じゃのう。では先輩たる妾が特別に後輩に教授してやろう。魔法使いたる者、五感を鋭敏にし万象の流れを詳細に感知することが肝要。世界に満ちる魔力の流れを感知する為には特にじゃ」
「そ、そこまでは辛うじて理解できますわ」
草花や鉱物、果ては大地の地脈、自然由来の魔力はあらゆる場所に在り、魔法を行使した際に影響を与える。
高い魔力を持つ者にとっては指向性のない自然魔力の影響など誤差でしかないが、その誤差が明暗を分ける可能性があるという考えは理解できる。
「世界に満ちる魔力の流れを肌身で感じるには服なぞ不要。それは色眼鏡をつけたまま物を見るのと同じことじゃ、全裸こそ魔法使いの正装と心得よ。されど我が身は学生なれば他の生徒と同じく制服を着るのも規範として必要なことじゃと理解もしておる」
言って腕に巻いたリボンを指さすナスターシャ。それ以外に制服の要素は見当たらない。
その紐のどこが制服だというのだろうか。本題に入る前から精神的に疲れ果ててしまいそうだ。
「そうですの。ちなみに……恥ずかしくはありませんの?」
「ほ、愚問も愚問。それは恥ずかしい肉体の持ち主の話。裸婦像が芸術として美術館に飾られるように、それが美まで昇華していたのならばせせこましく隠すことこそ恥じるべき行為じゃ」
言うと、ナスターシャは自らのたわわな胸を持ち上げ、これ見よがしにゆさりと揺らしてみせた。
「さ、左様ですの、よく理解できましたわ」
──わたくし、この方と価値観を共有できないということが。
「そうよ、諦めておきなさい。どうせコイツは改めないんだから。二人ともさっさと帰りたいでしょ、大人しくしてさっさと本題に入るのが吉よ」
そんな会話を黙りこくって聞いていたフローレンスが苛立ち交じりにそう横槍を入れる。
「一理ある。互いに貴重な時間を割いている故、手早く本題を済ませるのがよかろうて。のう、フローレンス」
ナスターシャの言葉に、フローレンスがフンと不機嫌そうに鼻を鳴らす。
どうやらこの二人は初対面ではないようだ。
「さて、妾が呼び立てた理由は既に察しておろう? 異質な魔物の話は既に聞いておる。上級生も護衛の者も勝てぬ相手を如何な手段を用いて退治したのじゃ?」
「別に。普通に仮面を石で殴って壊した」
──え、いやですわ、怖い。打製石器で巨龍を殴り倒したって言ってるようなものですわよ、それ。
眉一つ動かずそう言ってのけるミアにルシエラはドン引きする。
「結果的にはそうなのかもしれぬがのぅ……。聞きたいのはそこに至るまでの詳細な過程なのじゃが」
流石にそんな大雑把な返答が来るとは思っていなかったのだろう、ナスターシャが渋い顔をして言う。
「ん、攻撃を避けて近づいて殴って壊した」
「……主はもうよい、他の者」
呆れきった表情で手をひらひらと振るナスターシャ。
それを見たミアはぷうっと僅かに頬を膨らめる。どうやらこれで彼女も完全に無表情という訳でもないらしい。
「あの魔物は人に憑りつくようでしたから、ミアさんが魔物本体の注意を引き、わたくしがフローレンスさんの援護をして憑りつかれた方を魔物から引き剥がしたのですわ。そうすればあの魔物は弱体化しますの」
ミアがダメな以上、自らが答えるしかないだろう。フローレンスが特待生らしい活躍をしたという設定の下、ルシエラはそう説明する。
「なるほど、よく分かった。そこのピンク髪が本体を叩き、主が魔物に憑りつかれた者を助けたか」
「いえ、わたくしとフローレンスさんが……」
「それは口裏合わせした設定じゃろ?」
見透かしたように目を細めてナスターシャが言う。
「いえ、本当に協力して……。フローレンスさんが追加で影から現れた魔物を引き受けてくださいましたの」
ぎくりと小さく身を強張らせつつも、なんとか設定通りに押し通そうとするルシエラ。
「いいのよ、そいつは私の実力を知ってるから」
──え、待って欲しいですわ。フローレンスさん、それはあまりに酷い裏切りですの。わたくし、ミアさんの前で盛大に失言したことになってしまいますわ。
思わぬフレンドリーファイアにルシエラの表情が思わず引きつる。
止めて止めてと必死にジェスチャーをするがフローレンスには全く伝わらない。
「他のネガティブビーストも居たんだ。ルシエラさん、無事でよかった」
案の定、ミアもそう言ってルシエラの顔をじっと見つめてくる。
──マズいですわ。マズいですわ。何とか会話を別方向に移しませんと。
「ふ、フローレンスさん。ナスターシャさんが実力を知っているとはどういうことですの?」
ルシエラ必死のパス。
「何、至極単純な答えじゃ。妾はコレの姉じゃ」
「そういうことよ」
「ぶふーーっ!?」
──事前情報っ! 共犯者には事前情報を要求しますわ! フローレンスさん、わたくしには協力を要請しているのにそれはあんまりですわ!
「無論、妾はこれと違って特待生に足る力量を有しておるぞ?」
「そうね。人間性と羞恥心の代わりに魔法の才能を得たのが姉で、才能の代わりに良識を得たのが私って寸法よ」
ぷいっとナスターシャから顔を逸らしてフローレンスが言う。
「後、胸囲を捨てていることも忘れておるぞ」
「黙りなさいよ痴女」
「なんじゃなんじゃ、最近ツンケンしておるのう。昔は妾のようになると可愛く後ろをよちよち付いて来ていたのにどういう心境の変化じゃ? の、反抗期かえ? 反抗期じゃろ?」
「そんな御立派なものじゃないでしょ! 動くふしだら博物館みたいな奴が姉なら疎みもするってものよ! 察しなさいよ、変態!」
ニマニマ笑って愉快そうに言うナスターシャに、眉を吊り上げたフローレンスが大声で吼える。
「ほ。悔しければ主も脱げばよかろうに、さてはその貧相な体つきがコンプレックスで脱げぬのじゃな」
「ばぁか! 絶世の美女だろうと普通は人前で脱がないのっ! この二人だって脱いでないでしょ!」
その後もやいのやいのと言い争う姉妹は止まらない。
ルシエラはあんぐりと口を開けてその一部始終を見守るだけだ。
「二人、仲いいね」
「……そ、そういうものなのですかしら。わたくし、一人っ子だからわかりませんわ」
「私も一人っ子だけど仲いいと思う、よ?」
ミアの言葉に、ルシエラはもう一度言い争いをしている二人の様子を観察する。
確かに余裕綽々なナスターシャは勿論、眉を吊り上げて怒るフローレンスも本気で怒っている訳ではないように見えた。
「かもしれませんわね」
二人の姿にルシエラが僅かに頬を緩める。
かつての自分がミアに執着して突っかかって行ったのも、もしかしたらこんな風に喧嘩相手として構って欲しかったからなのかもしれない。
「……アンタ、何温かい目で見てるのよ。これは微笑ましい姉妹の喧嘩なんかじゃありませんからね!」
ルシエラの視線に気が付いたフローレンスは、ぷいっとナスターシャから顔を背けると勝手に部屋から出て行ってしまう。
「フローレンスさん……。わたくし、怒らせてしまったのですかしら」
「案ずるでない。素直になれない年頃じゃての、照れ隠しじゃよ」
「照れも恥じらいも無い方がそれをおっしゃいますのね」
愉快そうに笑うナスターシャを見て、ルシエラが呆れたようにため息をつく。
「勿論、重ねて言うが見せるに恥じらう所なぞないからのう」
──本当に無敵の人ですわね。この痴女。
「じゃが我が愚妹はあの通りの性格じゃ。自分に自信を持てずツンケンしておるが性根は善良じゃて仲良くしてやっておくれ」
言って、ナスターシャはルシエラとミアに紙幣を手渡す。
「これは?」
「フローレンスのお友達料じゃ。少ないが納めるがよい」
「だ・め・で・す・わっ!」
ルシエラはミアの手から紙幣を奪い取り、自分の分と合わせてナスターシャへと突き返す。
「なんじゃ、フローレンスと友人になってくれぬのかの?」
「無くても友人になりますわ! 友人にお友達料など渡したら、まともな友人関係ではなくなってしまいますわ。ねえ、ミアさん」
「そうだね」
「うむぅ、最近の若人はよく分からぬのぅ。しかし、あれの良さが見えるにはひと手間ふた手間欲しいで見限られぬか心配じゃのう」
ナスターシャは口をとがらせると、突き返された紙幣を手で弄ぶ。
「……ナスターシャさん。まさか自分のお友達にも友達料を支払っているのではありませんわよね?」
「友達? 特段必要としておらぬ故おらぬが。何、必要となれば求人を出して雇うだけじゃ」
堂々とそう言うナスターシャにルシエラは憐憫混じりの眼差しを向けるのだった。
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