1話 田舎発、魔法少女行き超特急6
「これでよし、ですわ」
黒いオーラが霧散したことを確認し、ルシエラは改めて車内を見回す。他に敵の姿もなく、ミアもネガティブビーストが負の感情を消費して弱体化するまでは来ないだろう。
つまり、誰にも横槍を入れられず事の顛末を確認するチャンスだ。
「起きてくださいまし。起きてくださいまし」
ルシエラはフローレンスに気付けを施して叩き起こす。
「ん…………」
フローレンスはかわいらしい声をあげると、目をこすってむくりと上体を起こした。
「あれ、ここは……。車内? 皆居ないしどうなってるの? 寝過ごしちゃってもう終点……じゃないわよね?」
「それを聞きたくて貴方を起こしたのですわ。ここで何があったか教えてくださいませんこと?」
「え、ええ……? 何がって言われてもわからないわよ……」
寝ぼけたような表情で目をしばたたかせるフローレンス。
「では質問の仕方を変えますわ。貴方が意識を失う前、何者かが居ませんでしたかしら?」
ルシエラの質問に対し、フローレンスは暫しぼーっとしていたが、
「あ、思い出したわ。私、フリル過多でフリッフリの格好をした奴を見つけて声をかけたの。だってこの列車は貸し切りのはずなのに明らかに魔法学校の生徒じゃないじゃない」
やがてしっかりとした面持ちに戻ってそう言った。
「なるほど……」
恐らく彼女が言っているのは魔法少女のことだろう。ローズはプリズムストーンが"魔法学校にやって来る予定"と言っていた。つまり今現在プリズムストーンは誰かの所有物であり、それは恐らく魔法学校の生徒。その生徒が魔法少女に変身した可能性は限りなく高い。
とすればミアはそれを討伐する為にここに来たのか、あるいは共闘する為にきたのだろうか。どちらにせよ学校で迂闊な行動はできないようだ。
「そこから先は覚えてないわ。気が付いたら貴方に助け起こされていたもの」
「無理からぬことですわね。恐らく相手は相当な手練れですわ」
魔法少女達の扱う魔法は全て
ましてや特待生といえども彼女は学生の身、勝てなくとも無理はない。
「虚ろな貴方が呟いていた言葉にもようやく合点がいきましたわ。貴方が後れを取ったのは決して劣等生だからという訳ではありませんわよ」
慰めのつもりで言ったルシエラの言葉に、フローレンスの顔がひくりと引きつった。
「……ね、ねえ。私が正気を失っている間、もしかして何かを呟いていたの?」
視線を宙に漂わせ、微塵も動揺を隠さない表情でフローレンスが尋ねる。
「ええ、私は所詮名家の名で特待生になっただけの劣等生だの、そのような言葉を言っておりましたわ。ですが重ねて言いますけれど
「ぴゃああああああああっ! すみませんっ! 聞かなかったことにしてください! 内密にお願いしますぅぅぅ!」
言い終わるよりも早く、フローレンスが跳躍し、華麗なジャンピング土下座を決めた。
「え、ええ……?」
「そうよ! 私は名門である我が家の名前だけで特待生になったのよ! 所詮本当の実力は補欠合格以下のゴミ! ゴミゴミゴミの不燃物! 魔法界の動く産業廃棄物なのよぅ!!」
「ちょ、ちょっとフローレンスさん、なんですのそれは……」
彼女の急変に動揺するルシエラ。
「本当は特待生待遇なんて受けたくなかった! でも、いきなりバレたら即死じゃない! 死ぬ! 私の社会的地位と学生生活が始まる前に死ぬッ!」
「わ、わたくし貴方がそう言わなければそんな情報は全く存じなかったのですし、大人しく黙っておけば……」
「だから忘れてくださいっ! 入ったのが間違いだったゴミじゃなく、せめて前評判ほどじゃなかった評判倒れとしてフェードアウトをさせてっ!」
舐めるように額を床に擦りつけ、聞いてもいない自らの弱みをペラペラと喋っていくフローレンス。
「な、何ですのこの方、あまりに居たたまれない生き物ですわ……」
突如目の前で起こった盛大な自爆劇。
流石のルシエラも慄いて思わず一歩後ずさった。
「あ、足を舐めろって言うの!? 誠心誠意舐めれば黙っていてくれるの!?」
土下座していたフローレンスはその足をガっと掴むと、迷いなくルシエラの足へと顔を近づける。
「ぎゃああっ! 要りませんわ、要りませんわ! 貴方にはプライドと言うものがありませんの!?」
自らの足を舐められる寸前、フローレンスの頭を両手で止めてルシエラが叫ぶ。
「あるわよ! あるに決まってるでしょ!? あるから捨てられるプライド全部かなぐり捨てて懇願してるのよ! 察して、お願いだから! 足を舐めさせて!」
「だからプライドを無駄に捨てなくていいのですわ!? とにかく、わたくしの足を舐めようとしないでくださいましっ!? 表沙汰にはいたしませんからっ!」
表沙汰にしにしたくないのはルシエラとて同じこと。ネガティブビーストの対処に成功したと知られれば、今回の首謀者に要注意人物であると警戒されるのは間違いない。
プリズムストーンを回収するには今まで以上に目立たない行動が必須。今の調子で彼女に付きまとわれてはその真逆になってしまう。
「ほ、本当……?」
「本当ですわ」
足を掴むフローレンスの力が弱まり、これ好機とルシエラがフローレンスを一気に引き剥がす。
「し、信頼ならないわ。対価が無い口約束なんて反故にされても文句は言えないのよ」
フローレンスは立ち上がりながらそう言うと、革の財布から取り出した高額紙幣をルシエラに握らせた。
「ちょ、ちょっと! い、要りませんわ! そんな大金!」
驚きで暫し目を丸くした後、慌てて紙幣を突き返すルシエラ。
いまだ金銀銅貨による取引がメインである村では滅多に見かけない紙幣だが、これ一枚で金貨一枚と同等の価値があることは知っている。
「遠慮なく受け取りなさいよ、口止め料なんだから」
フローレンスは紙幣二枚に増やしてルシエラに押し付ける。
「そもそも、口止め料を受け取ったとしても、それでわたくしが黙る保証はありませんのよ。だからその紙幣はお財布に戻してくださいまし!」
「アンタが金銭を受け取ったって事実があれば私だって反論の余地が生まれるでしょ! これは私の精神安定剤なのよ!
人助けだと思って受け取りなさいよ! 受け取って! お金様の導きを感じてっ!」
更に紙幣を増やして押し付けるフローレンス。
それを突き返すルシエラ。
二人の間を紙幣が往復する度、その枚数が一枚また一枚と増え、村でも大金の代名詞だった金貨までもが足されていく。
──ひいっ!? お財布にどれだけの金額が入ってますの!? わたくし、他人事ながらこの方の金銭感覚が心配になりますわ!
見たこともない金額の応酬にルシエラは内心で悲鳴をあげる。
今ルシエラの財布に入っているのは銀貨八枚と銅貨が五枚、合計しても金貨一枚の価値もない。都会デビューと意気込み大金を持って来たつもりでこれだ。
「……ルシエラさん、終わった?」
山盛りになった金貨と紙幣を突き返したルシエラの後ろ、僅かに警戒した様子のミアがやってくる。
「ひっ! ミアさん! え、ええ、この方と協力してなんとかですわ。今はどちらが戦功をあげたかで討論していた所でしたの」
想定よりも早いミア登場にルシエラはぶわっと嫌な汗を吹き出しながら振り返り、
「ちょっ、待って! それフェードアウト所か私の前評判が鰻登りになっちゃう奴……」
その途中でフローレンスが余計なことを言わないよう、口裏合わせ了承の意味合いを込めて突き返した金貨のうち一枚を抜き取った。
ミアに正体がばれた場合、こちらは社会的地位所か物理的に抹殺されかねないのだ。ルシエラとしてはもはやフローレンスに構っている余裕などない。
「そ、それにしても早かったですわね」
「ん、線が切れたって分かったから止めを刺した」
「そうでしたの。素晴らしいですわね」
──そうですの。変身しなくとも弱体化前のアレをいとも容易く倒せますのね。流石は我が宿命のライバルですわ。
「ルシエラさんも凄いね。無事に助けられたんだから」
じっとルシエラの顔を見つめてそう言うミア。
「み、ミアさんがあの魔物を食い止めてくれたおかげですわ」
背中に一筋の冷汗を流しつつ、ルシエラはミアの顔色を窺いながらそう答える。
残念ながら感情表現が乏しくなった彼女の表情からはその言葉の含意を読み取ることは難しい。
「ううん、違う。ルシエラさんが言ってくれなかったら私、多分……見て見ぬふり、してたから」
ミアはそう言って少し俯く。その仕草からは自己嫌悪のようなものを感じ取れた。
「そんなことはありませんわ。それでも貴方は見て見ぬふりをしなかった、ですから素直に賞賛を受け取ってくださいまし」
「え……うん、そうだね。ありがとう」
ルシエラの言葉に、ミアは少し頬を紅潮させて頷く。
その様子を見てルシエラは満足げに頷いた。
ミアがあのままだった方がルシエラの目的達成には都合が良かったかもしれない。
しかし、彼女のライバルを自称していた者としては彼女には尊敬できる強敵のままであって欲しい。
そして、そう素直に思える自分も昔に比べて成長したものだ。やはり田舎の大地は人を豊かに育む。
ルシエラが一人そう感慨に浸っていると、
「ははっ、魔物が消えたと思ったら田舎者が金貨貰って小躍りしてるです。芋じゃ手のひら一杯持ってても金貨になんてならねーですからね」
嫌味を伴ってセリカが姿を現した。
「セリカ、アンタも無事だったのね」
「何言ってるですか、フローレンス。特待生のセリカが魔物なんてザコザコのザコに後れを取る訳ないですよ」
セリカはそう言ってフローレンスにいやらしく笑いかける。
「そ、そうね、遅れなんて取る訳ないわ!」
ミアの方を一瞥してフローレンスがそう同意する。
ルシエラに懇願した通り、そう易々と劣等生だとは明かしたくないらしい。
「当然です。田舎者もそう思うですよね? あんなのに後れを取ったり取り込まれるなんてクソザコだって」
「そうですかしら、わたくしは後れを取るのも致しかたなしだと思いますけれど。ね、ミアさん」
「……ん。そこの人、解決まで居なかったから遅れの取りようがないし」
さらりと突き刺さる言葉を放つミアに、勝ち誇ったような顔をしていたセリカの表情が歪んだ。
「んぐ……! そうですか、セリカが変身したらお前達より楽勝でしたけどね! 覚えてやがれコノヤロー!」
そして、誰も勝負していないというのに捨て台詞を吐いてそのままセリカは駆け去って行く。
「なんだったのですかしら、あの方」
好き放題に独り相撲をして逃げ去る少女を視線で見送りながら、ルシエラは呆れ顔で首を傾げるのだった。
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