1話 田舎発、魔法少女行き超特急5

 列車の外では草原に黒々と鎮座したネガティブビーストが巨大な影の腕で車両を揺らし、そこから逃げ出そうとした少女を次々と取り込んでいた。

 それを阻止しようと上級生と護衛が協力して巨大な炎の魔法を放つ。

 空に巨大な魔法陣が浮かび上がり、ネガティブビーストを飲み込むように数十メートルは有ろうかという火柱があがる。


 だが、その炎は悉く影の体に吸い込まれネガティブビーストには一切の影響を与えない。

 火の粉すら残さず魔法を飲み込んだネガティブビーストは上級生達の方へと向き直って突進。渾身の魔法が有効打を与えると信じ切っていた上級生達が瞬く間に取り込まれていく。


「既に随分と暴れている様子ですわね……」


 ルシエラは近くに転がっていた杖を拾い上げ、素振りをしつつ周囲の様子を確認する。

 ネガティブビースト自体は倒し方に癖があるものの、ルシエラならば魔力偽装したままでも十分対処できる相手。しかし、客車の数倍ほどもある超大型まで育っているのなら話が少しだけ違ってくる。


 加えて問題はもう一つ。ネガティブビーストはプリズムストーンの輝きによって発生する。つまり、ここにネガティブビーストが居るのなら、プリズムストーンもここにあるということ。

 もしプリズムストーンの価値を理解する者が所有していたのならば激戦は免れない。


 ──正体露呈を避けるには上手くミアさんと協力する必要がありますわね。


「あの……ルシエラさん、あの魔物は普通に戦うと厄介だから」


 ルシエラに一歩遅れてやって来たミアが言う。


「ええ、魔法が体に吸い込まれて無効化されているのを見ましたわ。ミアさん、あの魔物の対処法を知っていますのかしら」


 知らないふりをしてルシエラが尋ねる。

 対処法など百も承知。だが、それを即座に実践してしまってはミア達に怪しまれて今後動きにくくなることだろう。ミアが語ってくれるのなら好都合だ。


「……ん、地元で稀にいた魔物だから。やっつけるには仮面の顔を壊すのが手っ取り早いよ。でも心の弱い人が体に触るとそのまま影に取り込まれちゃうから」

「先程も取り込まれている方がおりましたものね」

「うん。えと、この魔物は人の心に巣くうから、魔物を産みだしてしまった人がこの辺りにいるはず。その人を見つけて止めてあげて」


 ネガティブビーストは負の感情の具現化。その発生源を叩かなければ倒してもすぐに次のネガティブビーストが誕生してしまうのだ。


「では、あの魔物本体はミアさんにお願いできますのね?」


 めぼしい抵抗者を全て排除したネガティブビーストは二人の存在に気が付き、今まさにこちらへと這い寄ろうとしていた。


「うん、やる」


 ミアがこくりと頷き、ルシエラはネガティブビーストから伸びているへその緒のような線へと視線を移す。

 同時、二人に迫り来るネガティブビースト。ミアは落ちていた大ぶりの石を拾い上げ、道化の仮面目掛けて剛速球を打ち込んだ。


『GYAAAAAAAAA!』


 ルシエラの真横でヒュンと風切り音が鳴り、ネガティブビーストの絶叫がこだまする。


「ん、今のうち」

「え、ええ!?」


 ──怖っ! なにがピョコミンが居ないと無価値ですの。ご安心なさいミアさん、貴方は至って普通にモンスター。モンスターですわ。


 かつてのトラウマが蘇り全身から嫌な汗が噴き出す中、ルシエラはミアから逃げるようにしてネガティブビーストから繋がる黒い線を辿っていく。

 線を辿った先は列車の先頭車両。既に車内に残っている者はほとんど居ない。残っているのは事態の元凶ただ一人、黒いオーラを纏い目を爛々と紅く輝かせて立つ少女だけ。それは乗車前に出会った特待生、フローレンスだった。


「居ましたわ! そこの貴方、ご無事ですかしら!?」


 客車の後ろから踏み入ったルシエラは前方で陰鬱な顔をしたフローレンスを発見すると大声で呼びかける。


「何よ、何よ……。そうよ、どうせ私は名家の名前だけで特待生になった出来損ないの劣等生よ……。ああ嫌だ、もうどうにでもなっちゃえばいいのよ」


 フローレンスが陰鬱な独り言を呟く度、まとった黒いオーラが勢いを増し、伸びた黒い線を通してネガティブビーストへと注ぎ込まれていく。


「増幅された負の感情に心が支配されて聞く耳もたず。止めるには実力行使が必要、まったくもって想定通りですわね」


 ルシエラは手早く周囲を見回して他に人の気配が無い事を確認すると、胸元に隠した変身用ペンダントに手を当てダークプリンセスに変身しようとする。


 ──いえ、この状況下ならその必要はありませんわね。


 が、直前でそれを思いとどまった。

 ミアが上手く相手取ってくれているらしく、宿主の危機を感知したネガティブビーストが襲ってくる気配はない。

 ならばダークプリンセスの姿をミアに見られる方が余程ハイリスクだ。間違いなく自分がこの事件の犯人であると疑われてしまう。

 ルシエラはペンダントに当てていた手を離し、代わりに拾った杖を強く握りしめる。


「ならば、ここは至極単純に叩き伏せますわっ!」


 ルシエラは跳ね飛ぶように車内を駆ける。

 事態の収拾方法は実に単純明快。黒い線を魔法で斬って負の感情の供給を断ち、残った黒い負のオーラを散らしてフローレンスを正気に戻すだけだ。


「ああ、いやいやいやいやいやいや! 来ないでよ! 私は無能なんだからッ!」


 ルシエラの接近に気づいたフローレンスが拒絶の言葉を発し、衝撃波のような魔力の奔流が押し寄せる。

 不意に放たれた衝撃にルシエラは大きく弾き飛ばされるが、咄嗟に魔法で重力を制御し天井へと着地する。

 次いで黒いオーラから小型犬のような姿をした三匹の異形が生え出でた。


「更にもう三匹も! 先程の衝撃波といい、流石は特待生。素晴らしい魔法の素質をお持ちのようですわね。ですが……」


 賞賛の言葉を贈ると同時、天井から小型のネガティブビーストの頭上へと跳躍。

 杖を弱点である道化の仮面へと叩き込む。


「わたくしを相手取るにはそれでも力不足、と言わざるを得ませんわね」


 更に突き立てた杖をそのまま横に薙いで二匹目の仮面を破壊。

 その隙を衝いて飛びかかって来る三匹目を回し蹴りで迎撃。踵で仮面を叩き割った。


「ふふん、地元の猪だってもう少し根性がありますわよ」

「何でよ……。いやいやいやいや、ああああああ!」


 だがそれもつかの間、ヒステリーのような叫びと共にフローレンスの黒いオーラが更に力を増し、小型犬のような異形が次々と生え出でる。

 しかし、フローレンスの前で仁王立ちしたルシエラは杖を右に左にと振り回し、それを瞬く間に破壊した。


「さあ、鬱屈した負の感情はおしまい。正気に戻るのですわ!」


 ルシエラは杖を滑らせて黒い線を両断すると、振りかぶったフルスイングをフローレンスの腹部目掛けて叩き込む。

 フローレンスは闇のオーラから勢いよく弾き出され、そのまま客車前方の扉にビタンと叩きつけられた。

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