1話 田舎発、魔法少女行き超特急4
「魔物だーーっ! 魔物が出たぞ!」
誰のものかも分からない叫びが聞こえ、先程ルシエラの案内をした上級生が前の車両から慌ただしい様子で現れる。
「大丈夫です、落ち着いて! 現在、上級生と護衛の魔法使いで魔物と戦っています! 大丈夫! 大丈夫ですけれど先頭車両には近づかないようにお願いします!」
「先程の先輩、魔物が出ましたの?」
「え、ええ、でも大丈夫です。上級生と元軍属の腕利きがすぐに討伐してくれますからね」
ルシエラに声をかけられた少女が笑顔を取り繕ってそう答える。
「列車の旅と言っても物騒ですのね。こういう事はよくありますの?」
「まさか! いまだに魔物なんてものが居るのは辺境のド田舎だけです。そもそも列車を止めるような魔物が出る場所に線路を引く訳が……」
少女が言い終わる前にズドンと鈍い音が響いて車両が揺れる。
それから間もなくして、窓の外で上級生達が蜘蛛の子を散らすように草原を逃げ惑った。
「へ、へ、嘘!? ちょ、ちょっと様子を見てきますね。だ、だ、だ、大丈夫ですよ。大丈夫ですからね」
不穏な空気を察したのか少女は引きつった笑顔でそう言うと、おろおろとした様子で客室を駆けていく。
直後、窓の外から彼女の叫びが聞こえた。
「大変なことになってるね」
「ええ、魔物退治に使っていた愛用の棍棒を置いてきてしまったので少々不安ですわ」
慌ただしい外の様子とは対照的に、大して焦ることなくルシエラが言う。
さっきの上級生が言っていた通り、ルシエラの居たド田舎では魔物退治など日常茶飯事。自分が魔物を倒すことも視野に入れ、ルシエラは窓から顔を出して魔物の様子を確認する。
「あれは──!」
そして、その正体を見たルシエラは驚きと共にその名を叫びかけ、慌てて口を噤んで窓から顔を引っ込めた。
その魔物の姿は黒い影の体に顔となる道化の仮面が一つ。見間違えるはずもない、あれは魔物ではなくネガティブビースト。心弱い人間がプリズムストーンの眩い輝きに照らされることにより、その影から這い出た負の感情が具現化したもの。
かつてのルシエラが幾度となくミア達にけしかけた異形だ。
──これは正にわたくしが危惧していた事態! ああ、マズいですわ。よりにもよってミアさんの目の前でこれは猛烈にマズいですわ。これは例え潔白でもわたくしの関与が疑われてしまう事案。悪夢の冤罪プレゼント装置がご登場ですわっ!
ネガティブビーストがプリズムストーンという自らの不始末に起因している以上、ルシエラとしてもこの状況はなんとかしなければならない。しかし、ミアの横で下手を打てばかつてのように自分諸共に粉砕されてしまうことだろう。冤罪なのに。
ダラダラと冷や汗を流しながら、ルシエラは横目でちらりとミアの様子を窺う。
「ん」
それを様子を見てくれという合図と勘違いしたのか、ミアはルシエラの体に大ぶりな胸を押し付けながら窓から顔を出す。
──あー、ダメダメ、ダメですわ。これ絶対に正義執行モードに入る奴ですわ。ミアさん、今回ばかりはわたくし無実、本当に無実なんですの。
「ネガティブビースト……」
しかし、戦々恐々とするルシエラの予想とは真逆で、窓から首を引っ込めたミアは静かに自分の席に腰掛けなおした。
そんなミアを見たルシエラは自らの目を疑う。自らの知るミアならば持ち前の正義感を燃え上がらせ、敵目掛けて火の玉のようにかっ飛んでいったことだろう。これは一体どうしたことだろうか。
「ミアさん、ミアさん。外も大変なことになっておりましたわね」
「うん」
恐る恐る言うルシエラにミアが素っ気ない返事をする。
「このまま中に居ても被害は拡大するばかり、加勢した方がよろしいのではないかしら?」
窓の外では今もネガティブビーストに追いつかれた少女が影の体に絡めとられている。
ネガティブビーストは人の負の感情を餌にして更に力を増していく性質を持つ。処分するなら早い方がいいだろう。
「……でもピョコミンが大人しくしていろって言ったから」
「まさか何もしないつもりですの」
「…………そう、なっちゃう」
その言葉を聞いたルシエラは思わず落胆してしまう。彼女は目の前で危機が迫る人間を見捨てると言ったのだ。
気位の高かったかつての自分が宿命のライバルと認め、最後にはその自分を完膚なきまでに打ち倒した天宮ミア。ルシエラは彼女を恐れながらも、自分と違って誰かのために戦える彼女に敬意の念を抱いていた。
だと言うのにその成れの果てがこれなのか、解釈違いも甚だしい。
今の彼女は打ち倒された者にとって最大の侮辱。かつてのミアのように誰かのために力を使おう、そう心に決めた今のルシエラならばなおさらだ。
「そうですの。ですがわたくしはそれを良しとしませんわ。今から加勢に参ります、ミアさん──」
見損ないましたわ、と言葉を繋げようとした所でルシエラは気付く。席に座ったままスカートを掴む彼女の手が震え、強く握られていることに。
「貴方はどうしたいのですかしら?」
故にルシエラは言いかけた言葉を引っ込めてそう言葉を繋げた。
「でもピョコミンが……」
「それはもう聞きましたわ。わたくしが聞いているのは貴方がどうしたいかですの」
「私が……?」
無表情だったミアの目が少しだけ見開かれ、ルシエラをまじまじと見つめる。
「私は、助けたい。……でも私はピョコミンが居ないと戦う力が無いから」
「大した力を持たないのはわたくしも同じこと。それでもここは戦わねばならない場、そうでしょう? 大丈夫、貴方ならできますわ」
言って、ルシエラはミアに手を差し出す。
ミアは僅かに迷うそぶりを見せたが、
「うん……」
小さく頷いてルシエラの手を取った。
「それでこそ! 我が宿命のライバルですわ!」
「宿命の、ライバル……?」
「こほん! これから魔法学校でライバルとなるということですの! さあ参りましょう!」
ルシエラは小さく咳払いしてそう誤魔化すと、勇んで車両の外へと飛び出した。
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