1話 田舎発、魔法少女行き超特急3

 それから程なくして、ルシエラは魔法学校のある学園都市へと向かう為、この地方一番の都市へとやって来ていた。


「……わたくし、この世界の文明レベルを過小評価していましたわ」


 魔法学校の真新しい制服に身を包んだルシエラは、ぽかんと口を開けて暫し魔法列車の駅舎を見上げる。

 道中、舗装された道路には整然と街灯が立ち並び、この駅舎の場所を教える案内板すら魔石製の灯りでライトアップされていた。おまけにまだ薄暗い夜明け前の空には飛行船が明かりを灯して飛んでいる。

 洒落た制服を受け取った時からもしやとは思っていたのだが、地球の十八世紀初頭程度だと思っていたこの世界の文明レベルは実は二十世紀か部分的にはそれ以上にあり、長年そう勘違いするほど村はド田舎だった。


「この街の様子を見れば、養父母さんやローズさんが心配するのもよくわかりますわ」


 発展著しい都市と地方の格差を肌身に感じつつも、このような都会に流れ着いていたのならきっと自分はちゃんと更生できていなかっただろうな。ともルシエラは思う。

 純朴な村の人々との交流があってこそ、ルシエラは母を失った孤独を埋めて真っすぐに成長できたのだ。

 ルシエラは村人からの餞別が入った風呂敷を担ぎなおすと、トレインシェッドに覆われた駅へと歩いていく。

 そのまま改札の水晶に乗車券をかざし、ホームへと通じる階段を下っていく。


「はっ、なんだか土臭いと思えば田舎者が居たです。よく栄えある魔法学校に入学できたですね。お芋でも賄賂に贈ったですか?」


 ホームに着いて早々、ルシエラを出迎えたのは心無い言葉だった。あまりに唐突な煽りにルシエラは怒るよりも前にきょとんとしてしまう。

 見れば、田舎者呼ばわりしたのはルシエラと同じ魔法学校の制服を着た二人の少女だった。

 ルシエラは二人の持つ高級そうなトランクと、自分の持つ風呂敷包みからはみ出た野菜を見比べ、もう一度少女の顔を眺めてそう言うことかと合点する。


 ──ああ、なるほど。いきなりライバル心全開ですのね。微笑ましいですこと、意欲があって大いに結構ですわ。


「ええ、そうですの。我が村のお芋は賄賂になるほど絶品ですのよ。寄った際はぜひご賞味あそばせ」


 ルシエラは嫌味と敵意をさらりと受け流して彼女達の横を通り抜ける。

 申し訳ないが彼女達をライバル視するつもりはない。自分がライバルと認めた相手はアルカステラこと天宮ミアただ一人、それは今だって変わらない。


「なっ! そんな回答望んでないです! 田舎のコマーシャルしてるんじゃねーですよ!」


 歯牙にもかけないルシエラの対応に、挑発してきた薄紫の髪をした少女が小走りで先回りして進路を塞ぐ。


「なんですの、沢庵もついでに食べたいんですの?」

「食べないです! よく聞くですよ、田舎者! 私、セリカと横に居るフローレンスは驚くべきことに魔法学校の特待生です! さあ、平伏しやがれです!」


 セリカは自らと、その横に立つ銀髪の少女を順番に指さし、胸を張ってドヤ顔を作った。


「左様ですの。それは素晴らしいことですわね、その調子で更なる研鑽を積んでくださいまし」


 面倒な人だなと内心で思いつつ、ルシエラは適当に相槌を打つ。

 だが、その態度がセリカを更にヒートアップさせてしまった。


「もしかして、こいつ田舎者過ぎてセリカ達の凄さが分かってないですか? フローレンス、痛ったい攻撃魔法でアイツの体に教えてやれです!」

「ちょ、ちょっと! やる訳ないでしょ!? こんな大勢人が居る所で攻撃魔法とか狂気の沙汰だわ! 列車ももう来てるんだから相手にせず大人しくしてなさいよ!」


 セリカが勢いよくルシエラを指さしまくる中、事態を静観していたフローレンスが焦った顔で必死に制止をかける。


「安心しましたわ。やはり特待生と称されるのならばそれ位の精神的余裕は欲しい所ですわよね」


 ポンと胸の前で手を合わせて微笑むルシエラ。

 かつてダークプリンセスとしてミアに本気の殺気をぶつけられて来たルシエラからすれば、彼女達の威圧などむしろ微笑ましくさえある。


「アンタも余計なこと喋らないでちょうだい! その態度がナチュラルに煽ってるのよ! さっさと列車に乗ってなさい! しっ! しっ!」


 今にも掴みかかりそうなセリカを押さえつつ、ジェスチャーでさっさと乗れと促すフローレンス。

 ルシエラとしても彼女達とやり合うつもりは毛頭無い。フローレンスの忠告通り、手早く列車に乗り込むことにした。


「ようこそ、魔法学校の新入生。まったく、今年の生徒も問題児だらけですね」


 そうして列車に乗り込んだルシエラを出迎えたのは、またも魔法学校の制服を着た少女だった。


「ごきげんよう。今年も、ですの?」


 うんざりとした顔でそう言う少女に、ルシエラが不思議そうな顔で尋ねる。


「去年もそうだったんですよ。もっとも、去年は私が問題を起こす側でしたけど」


 そう笑う彼女の制服はルシエラや先程の二人の制服とはリボンの色が違っていた。ローズから受けた事前説明によると、魔法学校ではリボンの色で学年を区別しているらしい。


「つまり、貴方は上級生の方ですのね。どうしてここに? 長期休暇で乗り合わせたのですかしら」

「はぁ、その様子だと冊子も読んでいませんね。不勉強ですよ、魔法使いたるもの勤勉さが何より大切です」


 少女はルシエラの手から冊子を抜き取ると、パラパラとページをめくってルシエラに返す。

 開かれたページによると、この列車は魔法学校に入学する生徒達の貸し切りらしい。

 客室へと案内される途中にちらりと席に目をやれば、確かに乗っているのは制服を着た少女達だけのようだ。


「今でこそ魔法は誰もが扱えるものですが、昔は選ばれし者達の特権でした。魔法使いはどこも喉から手が出るほど欲しいが、一人前の魔法使いは歴戦の戦士でも容易に勝てない。そこで魔法使いの卵を狙う誘拐が多発していたそうです」

「それを守る為、警護を乗せた列車で学校まで送り届けた。ですのね」


 冊子を読みながらルシエラが言う。


「そう、その名残がこの歓迎列車です。我が校は女子校ですから特に注意を払っていたそうですよ」

「なるほど」

「今となってはただの名残で単なる行事ですけどね。さ、ここが貴方の席です」

「お手間をお掛けしましたわ」

「いえいえ、良い旅を」


 ルシエラは立ち去る少女に会釈をすると、席に座って車窓の風景を眺める。

 湖、平原、街中、流れていく風景は様々で村に籠りきりだったルシエラにはどれも物珍しい。


「列車の旅も風情がありますわね。空間転移でひとっ飛びではこの風情は得られませんわ」


 上機嫌でしばし風景を見入るルシエラ。

 そうして何駅か過ぎた頃、ルシエラの背後からおずおずと声を掛けてくる少女が一人。


「あの……」


 声に振り返ってみれば、そこには乗車券と冊子を持った少女が立っていた。


 ──あら、またとんでもなく美少女が来ましたわね。


 ルシエラは学友となるだろう少女をまじまじと凝視する。

 ピンク色の髪をしたその少女は、非の打ち所がないほど整った顔立ちに髪色が映える白い肌、容赦ない程圧倒的な美少女だった。あと胸がデカい、ルシエラも大きい方だが彼女は更に上を行く。


「…………」

「あら失礼、わたくしが席を独占しておりましたわね」


 少女も眠たげな無表情でじっと自らを見つめていることに気づき、ルシエラが慌てて席を横につめる。


「気にしないで。顔、見てただけだから」


 そう言って自らの席に座る少女を見てルシエラは小首を傾げる。

 はて、顔を見ていたとはどういう意味だろうか。言われてみればルシエラもどことなく彼女の顔には見覚えがある気がする。しかし、このレベルの美少女が村に来ていたら間違いなく覚えているはずだ。


「そうですの。わたくし、ルシエラと申しますわ。貴方、お名前は?」

「ミア、天宮ミア」

「そう、ミアさんと言いますの……ぬえっ!?」


 ──えっ、えっ、ミア? あま……みゃっ! ミア! あま、まままままあまっままあまっまあまっままあああみゃああ!?


 正に青天の霹靂。ルシエラたまらず脳内で絶叫。肉体も半狂乱になりかけるが、そこだけは辛うじて死守。外見上だけは平静を取り繕う。

 天宮ミア。彼女こそがかつてルシエラと激しく争った魔法少女アルカステラの正体。ミアはその類稀な魔力を見初められて魔法少女となり、ルシエラの悪事を挫き地球の平和を守る為に日夜戦っていた。

 対するルシエラも彼女を宿命のライバルと呼び、幾度となく魔法と刃を交えてきたが、その結果はルシエラの全戦全敗。

 オブラートに包まずそのまま言ってしまえば、毎回懲りずにミアへとちょっかいを出しては一方的にボッコボコにされて逃げ帰り、挙句の果てには元の世界からこの世界に容赦なく叩きこまれた。

 哀しき一方通行のライバル関係なのだ。

 そう言う訳で、ミアのライバルを自称しているルシエラではあるのだが、彼女と予期せぬ遭遇を果たしてしまえばこのざまである。


「どう、したの……?」

「いえ、少し珍しいお名前だなと思っただけですわ。でもよい名前だと思いますわ。おほほほほほ」


 ポーカーフェイスのまま不思議そうに首を傾げるミアに、ルシエラは愛想笑いしながらそう答える。


「そう、かも。少し遠い国の名前だから」

「海の向こうにある国ですの?」

「……もっと、遠く」


 もはや疑う余地がないと絶望しかける自らに、待て待て落ち着け冷静になれと脳内で必死に言い聞かせる。

 かつて戦った天宮ミアは表情豊かで明朗快活、加えて正義感の塊のような性格だった。不思議ちゃん系っぽい彼女とは性格も印象もまるで違う。そもそもアルカステラであるミアがこんな田舎の異界に現れる理由は多分ない。


 ──いえ、思い切りありましたわ。プリズムストーン。


 ルシエラの顔からさあっと血の気が引く。だが諦めるにはまだ早い、世界には同じ顔をした人間が三人は居るという、しかもここは違う世界なのだから倍の六人いても不思議はない。やはり同姓同名でよく似た別人なのだ。

 魔法少女の戦闘をサポートするマジカルペットのピョコミンでも出てこない限りは別人。やや欺瞞気味だがルシエラはそう自らを納得させた。


「よ、ミアちゃん。何の話してんの?」


 と、急に後ろから聞こえてくる馴れ馴れしい声。

 恐る恐る振り返ればそこに居たのは宙に浮くウサギのような生物。


「ピョコミン……」


 ──げえっマジカルペット! 本当に出ましたわ!


 見覚えのある珍妙な生物が登場したことでルシエラの逃げ場はついに全て塞がれてしまった。


「わ、わたくし吐きそうですわ……」


 既に頭の中では火急を告げるアラートがけたたましく鳴り響いている。ルシエラは今すぐにでも絶叫しながら列車を飛び降り、一目散に駆け去りたい衝動に駆られるがぐっと我慢する。

 村の皆が涙ながらに送り出し、餞別までくれたのだ。どうしてその善意と期待を裏切れようか。そもそも彼女の宿命のライバルを自称している以上、何かされる前から背を向けて敗走するなどあり得ない。そう有り得ないのだ。


「ねえねえ、ミアちゃん。あの子とお話してたペコ?」


 そんなルシエラの葛藤など一切察することなく、ピョコミンはミアの鞄を勝手にまさぐると、取り出したチョコレートをクッチャクッチャと下品に貪っていく。


「うん」

「へー」


 肘かけに座って足を組んだピョコミンは、値踏みでもするようにルシエラをまじまじと観察する。

 マジカルペットは相手の魔力を推し量ることに長けた生物だが問題ない。魔力はしっかりと偽装していて漏れ出ていない。今の自分は才能の無い一般人にしか見えないはず。

 こちらは策謀を張り巡らせて正体を割り出したからミアのことを知っているが、ミアはルシエラの顔を知らない。品行方正にしていれば何の問題もない。そう、何の問題もないはずなのだ。

 握っている座席表を緊張で握りつぶしながら、ルシエラは必死に自己暗示をかける。


「へー、いいじゃん、いいじゃん。見た目はパーフェクト、満点合格ペコ~。いい客寄せパンダになれるよ~、魔法少女に興味あるぅ? ピョコミンと魔法界のトップ目指してみないペコ~?」


 そんなルシエラの内心なぞつゆ知らず、ピョコミンはクチャクチャとチョコレート混じりの吐息を吐きながら、下卑た笑みを浮かべる。


 だが、


「んん、推定魔力指数5……? なんぁだ、動く生ゴミか。あ、さっきの言葉は忘れていいペコ。人間の価値は魔力の量で決まるんだペコ。お前じゃ魔法少女の前座のゴミ拾いにもなんねぇペコ。さっさと列車から飛び降りて線路にミンチぶちまけてろペコ」


 魔力計測をしたらしいピョコミンはペッとそう言い捨てて肘かけから浮かび上がった。

 無礼な態度は不快だがどうやら上手くやり過ごせたらしい。胸の奥に怒りの炎を燃やしつつも、ルシエラはピョコミンが興味を失ったことに安堵しほっと胸を撫で下ろす。


「ピョコミン。それ流石に失礼、だから」

「は、お前は何様ペコ? お前が変身できるのは誰のおかげペコ?」

「ん……」


 そんなピョコミンの態度を窘めるミアに、ピョコミンがふてぶてしく言い返し、萎縮したミアが逆に押し黙ってしまう。


「まあいいや。ピョコミンはお出かけしてくるから、ミアちゃんは余計なことせず大人しく座ってるペコ」

「ん、分かった……」


 結局、好き放題言ったピョコミンは車内のどこかへと飛び去り、浮かない表情のミアがそれを視線で見送った。


 ──あらま。なんだかわたくしが知らない間に妙なことになっていますのね。


 そんな二人のやり取りに、ルシエラは心の中ではてと首を傾げる。自らが知るミアならばピョコミンに言い返されて押し黙りはしなかったはずだ。しばらく見ないうちに彼女達の関係とパワーバランスは大きく変わっているようだ。

 今後、プリズムストーンを巡って彼女達とは再び対峙する可能性がある。それを考えれば今のうちにその辺りの関係も聞き出しておくべきだろう。


「ねえ、ミアさん……」


 そう思ったルシエラがミアに話しかけようとしたその時、だだっ広い草原を走っていた列車が大きく揺れて停止した。

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