1話 田舎発、魔法少女行き超特急2

「おーい、ルシちゃん。こんな昼下がりから魔物退治だなんて精が出るねぇ!」


 村に戻ったルシエラがお世話になっている宿屋兼酒場に帰って来ると、さっそく馴染みの客が声をかけてくる。


「あら、ローズさん。天気もいいのに真昼間から酒盛りなんて感心しませんわね。お目付け役のバドさんまで一緒になってどうしますの」


 連れの大男と一緒に飲んだくれている女性に気付いたルシエラは、呆れ顔をしながら空になったグラスを片付けていく。


「なぁに、魔法使いなんて口八丁。お酒で口の滑りを良くした方がいい仕事ができるってもんさぁ。あっはっはっ」


 ローズはからりと笑ってテーブルに置かれた魔法書をバンバンと叩く。

 モノクルをつけたこの女性はこの村によく出入りしている馴染みの魔法学者。自称都会では有名な学者だそうで、未だに魔物や神秘が色濃く残るこの近辺を調査する為にしばしばやって来るのだ。

 ルシエラは小遣い稼ぎで何度もその手伝いをしていて、二人とはすっかり顔馴染みになっていた。


「そうですの。わたくしは魔法使いでないからわかりませんわ」


 ルシエラは白々しくそう言って、洗い終えた空のグラスをカウンターの奥へと片付ける。

 ここでのルシエラは魔法が使えないという設定で押し通している。一度ローズが持っている魔法書を読んだことがあるが、ルシエラの学んだ魔法とはまるで別物でまだまだ未発達なものだった。

 それも無理からぬ話、魔法の国ことグランマギアは魔法少女達が住まう地球の科学文明以上の発展をしている魔法先進世界。そして、ルシエラはその女王として幼少から英才教育を受けて来たのだ。

 ここでその魔法を気軽に使ってしまえば、この世界の発展に悪影響を与えてしまうかもしれない。

 それはこの村、ひいてはこの世界に愛着を持ち始めたルシエラにとって不本意なこと。

 そして、それゆえにルシエラは一つの気掛かりがあった。


「ルシちゃんったらつれないなぁ。せっかく君が頼んでたものの手掛かりを持って来てあげたってのに」

「ほ、本当ですの!?」


 カウンターでグラスを洗う手を止め、ルシエラは慌ててローズの所へと駆け寄っていく。

 ローズはそれを手で制すると、にんまりと笑みを浮かべてコンコンコンとテーブルを指で叩いた。


「……はぁ、本当にのん兵衛さんですわねぇ」


 ルシエラは呆れ顔でわざと大きなため息をつくと、カウンターに戻って一番安い酒をグラスへ注ぐ。


「いやぁ魚心あれば水心。洞察力は魔法使いの必須要素、ルシちゃんは私みたいにいい魔法使いになれるよ」


 ローズは受け取った酒をキュッと煽りつつ、テーブルに並べられた料理に舌鼓を打つ。


「バドさん、この方いい魔法使いなのですかしら? わたくしには真似してはいけないダメな大人に見えますけれど」

「ノーコメントとさせてくれ……」


 ルシエラに冷たい視線を向けられ、終始無言で酒を飲み続けていたバドはバツが悪そうな顔で小さく首を横に振った。


「とにかく、渡すべきものは渡したのですから本題ですわ。本当にプリズムストーンがありましたの?」


 プリズムストーン。魔法の国の至宝であるその魔石はルシエラにとって母親の形見にあたるもの。

 歴代女王によって蓄積された莫大な魔力を秘めているその魔石は、邪な使い方をすればネガティブビーストという影の異形を産みだしてしまう。

 その強大さと危険性は魔法少女との戦いで使っていたルシエラが一番よく知っている。あれはこの世界に放置していい代物ではない。

 ゆえに五年前に紛失してしまったプリズムストーンの所在は、ルシエラにとって目下最大の気掛かりだった。


「厳密にはそれっぽい石だけどね。ルシちゃんの伝聞だけじゃ完全に判断はできないもん」

「それは仕方ありませんわ。説明するわたくしが魔法の素人なのですもの」


 ルシエラはプリズムストーンについてあまり突っ込んだ話はしていない。

 ローズが悪人ではないとルシエラも知っているが、過ぎた力は人に歪んだ願いを抱かせることも知っているからだ。そう、かつての自分がそうだったように。


「しっかしねぇ、そんな魔法の素人さんが凄い力を持った魔石を手に入れてどうするつもりなんだか」

「どうもしませんわ。その石は亡き母の所有物だったもの、悪用されない場所にあると確かめることが出来ればそれでいいのですわ」


 その言葉は半分本音であり、半分嘘だ。

 勿論、悪用はされたくないし今更悪用をする気もない。ただ、この村で他人の優しさに触れられたからこそ、亡き母も同じ優しさを自分に向けていたと気づけたからこそ、今度こそ母の形見であるプリズムストーンを人々の役に立てたいと思っている。

 きっと母もそれを願ってプリズムストーンを託したのだろうし、そうしてこそ自分がしてきた悪行の禊となると思うのだ。


「ふぅん、そっかそっか。でもさ、私が安全な場所にあるよって言っても、やっぱルシちゃんは自分の目で確かめたいよね?」

「う……。申し訳ないですけれどそうですわね。でも別にローズさんを信頼していない訳ではありませんのよ」

「じゃさ、そこは文句言わないから一つだけ教えてよ。これは前々から不思議だったんだけど、ルシちゃんってどことなくやんごとない雰囲気持ってるよね、何か訳アリで目立たないように田舎に引っ込んでるの?」


 ローズはルシエラの心の内を見透かしたように、真剣な眼差しでそう尋ねる。


「……べ、別に訳ありではないですわ。天涯孤独で流れ着いたわたくしを温かく迎えてくれたのがこの村でしたの。それだけのことですわ」


 僅かに視線を逸らしつつもルシエラはそう返答した。


「そっかー。うーん……ま、本人がそう言ってるならいいか」


 ローズは少しだけ考えこんだ後、悪戯っぽくにまっと笑って一つの封筒を取り出した。

 封蝋によって厳重に封印が施された封筒を手渡され、ルシエラは不思議そうに小首を傾げる。


「ローズさん、ただのお手紙という訳ではなさそうですけれど、これ開けていいものですの?」

「あ、ダメダメダメ。それ一応正式な書類で推薦状だから開けないで」

「はい? 推薦状とは一体なんのお話ですの」


 何故プリズムストーンの所在から推薦状へと話が移っているのだろうか、ルシエラは更に大きく首を捻った。


「ルシちゃんの言ってるプリズムストーンらしき物は今度アルマテニア王立魔法学校にやって来る予定なんだ。勿論部外者は気軽に立ち入れない場所、だからさ……ついでになっちゃおうよ、魔法学校の生徒に」

「おい、ローズ!」


 黙々と二人の会話を聞いていたバドが慌てて横槍を入れようとし、ローズがそれを手で制止した。


「君に魔法使いの素質があるって言ったのは私の本音。そしてこの国は優秀な魔法使いや魔法学者を山ほど求めてる。君の将来を考えたらこれはいい提案だと思うよ?」


 ローズはテーブルに両肘をつくと、先程と同じく見透かしたような目でルシエラを見据えた。


「で……でもわたくしは魔法の素人ですし」


 突然のことに目をしばたたかせつつ、しどろもどろになってルシエラが答える。

 ローズの見立ては正しい。ルシエラは齢八にして魔法の国グランマギアの魔法体系全てを極め、有史以来の天才とさえ呼ばれていた身。

 宿命のライバルであるアルカステラ以外に後れを取ったことなど一度もない。


 ──まあ、アルカステラに負けた回数は優に三桁を超えておりますけれど。


 自ら情けないオチをつけてしまったルシエラだが、この世界の魔法水準を考えれば容易に頷けないのは変わらない。


「大丈夫、魔力ってのは大なり小なり誰にでもあるし、魔法学校ってのはずぶの素人だって入れる学科だってあるんだよ」

「それに宿屋のおじ様とおば様にもお世話になった御恩を返しておりませんわ……」

「それも大丈夫。実はね、君の養父さん達には既に話は通してあるんだよ。君みたいな子がくすぶるにはここは田舎過ぎるってのが私達の共通見解だからね」

「そうじゃよ、ルシエラちゃん。既にワシ等は十分に恩返しして貰った。後はお前さんが天高く羽ばたいてくれるのが村の皆の望みじゃよ」


 ローズに賛同するように、カウンターに居た養父と養母がやって来てルシエラの手をがっちりと握った。 


 ──ふぁああっ、なんですと!? こ、困りましたわ。外堀が完全に埋められているではありませんの。元よりイエス以外の選択肢がありませんわ!


 まさかの養父母の参戦にルシエラが内心で慌てふためく。

 そもそも推薦状なんて物が準備されている以上、ローズも養父達も最初からこうするつもりだったのは間違いない。出来レースも甚だしい。


「ええい、ままよ! この不肖ルシエラ、ならば魔法学校に入学させていただきます!」


 どうせプリズムストーンを確保しなければならないのだ、ならば入学する以外に元より道はない。そう自らを納得させてルシエラは大きく胸を叩く。

 この世界に流れ着いて五年、すっかりまっすぐに成長したルシエラは人の厚意を無下にできなくなっていた。


「そうか! そうか! それがいい! さあ、さっそく準備をしよう。さあ婆さん、今夜は出立の宴じゃ!」


 養父は涙ながらにルシエラの手を取ってぶんぶんと振ると、そのまま引っ張って村の広場へと連れ出していく。


「たははぁ、この村は相変わらず大袈裟だねぇ。そこがいいとこでもあるんだけども」


 ローズは苦笑いしながらそれを見送ると、グラスに残った酒を名残惜し気に飲み干した。


「念のためもう一度聞いておくが……いいのか、ローズ」


 いつも通り陽気なままのローズの様子を見て、静かに酒を煽っていたバドは心配そうにそう尋ねた。


「んー、どれが? その問い方をされちゃうと今の私にゃいくつも心当たりがあってね。質問は的確に頼むよ、バド君」

「確かに素人でも通える魔法学校は沢山あるが、アルマテニア王立魔法学校は才能無い素人が何とかなる魔法学校じゃない。彼女に才能はあるのか?」

「あっはっはー、よりにもよってそれかぁ。見る目がないねぇバド君、君は戦士としては一流だけど魔法使いには向かないや。彼女と何度も行動してるんだから気づいて欲しかったなぁ。彼女は魔法が使えるよ、それこそ私よりもよっぽどね」

「なんだと……?」


 その言葉に目を丸くするバド。


「考えてもみなよ、彼女は君のように筋骨隆々な体つきじゃない。普通、棍棒でゴーレムなんて倒せやしないよね。それが魔法とわからないほど自然に魔力で強化してるんだよ」

「む、言われてみれば……」

「……それに件のプリズムストーンとやらがとんでもなくヤバそうな代物でさぁ。おまけに周囲には魔法少女とか言う所属不明の魔法使いまで確認されちゃってる。

 そんな状況下、彼女が推薦状一枚で尽力してくれるってんなら、私としても正直助かるってわけ」


 ちゃらんぽらんな先程までとは違い、至って真剣な表情でローズが言う。


「なら、尚更大丈夫なのか。お前以上の魔法使いにそんな危険な代物を任せて悪用でもされたら……」

「たははは。その愚問は流石に私の想定外。いくら君が心配性だからってそりゃあないよ!

 一番大切な物は口先に踊らされずに自分で確かめる。これは魔法学校で最初に教えることだよ。さて、君はその二つの眼で今まで彼女をどう見ていたんだい?」

「……悪事を行う人間には見えんな」

「そそ、そう言うわけ。それに彼女のことを心配してるのも本当だよ? だから大人の悪巧みはここまで、私達もルシちゃんの栄えある未来を願って乾杯と行こうか!」


 それだけ言うと、ローズは真剣な表情を飲んだくれの顔に戻して飲み始めるのだった。

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