ダークプリンセスはそれでも魔法少女に勝てない

文月なご

第一章 魔法少女アルカステラ

1話 田舎発、魔法少女行き超特急1

 ビル立ち並ぶ街並みの遥か上、星煌めく宇宙と青空の合間に浮かぶ城一つ。

 おとぎの国からそのまま持ち出したような天空城の窓からは、虹色の輝きが代わる代わる放たれていた。


「魔法の国の悪しき女王、いいえ……闇の魔法少女ダークプリンセス! 人の弱さを弄んだ悪行の数々も今日でおしまいよ! 覚悟しなさい!」


 その輝きの中心である天空城の大広間。

 黒い影に道化の仮面をつけた異形が崩れ落ちる横、異形の仮面を叩き割った杖を相対する少女へと向け、ピンク髪の少女が勇ましく啖呵を切る。

 その姿は天使のような意匠が施された白いフリルの衣装。その背からは莫大な魔力が黄金の翼となって迸っていた。


「笑止ですわ! 我が宿命のライバル、魔法少女アルカステラ……いいえ、天宮ミア! たかがネガティブビースト一体倒しただけで何を勝った気になっているのですかしら!」


 それと相対するのはダークプリンセスことルシエラ。

 艶やかな黒い長髪に黒いゴシックドレスを身にまとったルシエラは、ミアの言葉を嘲笑うと手にした虹色の玉石を輝かせる。

 途端、その輝きに照らされた影から道化の仮面をつけた影の異形が次々と湧き出していく。


「わたくしの手にこのプリズムストーンある限り、人に心の闇ある限り、心の闇から産まれるネガティブビーストが尽きることはありませんのよ!」


 ルシエラがそう言い終えるや否や、ネガティブビーストが一斉にミアへと襲いかかる。

 だがミアは動じない。凛然とルシエラを見据えたまま、手にした杖で瞬く間にネガティブビーストを叩き伏せてしまう。


「それでも私は諦めない。皆の心にプリズムストーンよりも眩しい輝きがある限り! 天で皆を照らして守る一番星! それが私、魔法少女アルカステラだからっ!」


 そのままミアは杖の先端をルシエラに向けると、魔力の翼を更に激しく吹き上がらせてルシエラへと一気に駆け迫る。


「口先だけですわ! そんな半端な輝きで、孤独の闇を照らせるものですか!」


 ルシエラは自らの影から漆黒剣を引き抜くと、勢いよく振り下ろされたミアの杖を受け止める。

 眩く輝く杖と漆黒の剣が激しくぶつかり合い、大広間が白に黒に黄金にと目まぐるしく塗り替わっていく。

 そして、競り負けたミアが壁まで弾き飛ばされて膝をついた。


「うぐっ……!」


 杖をついてよろよろと立ち上がるミア。

 ルシエラは追い討ちをかけることなく、それが至極当然だと言った表情で鼻を鳴らす。


「フン、やはり口先だけですわね。しかし、それも無理からぬこと。この魔法の国において歴代最強の女王であるわたくしに勝てる道理などありませんもの」


 深紅の絨毯の上を悠然と歩き、ルシエラは得意げな顔でミアに語る。


「人は誰しもが孤独の闇の中。魔法の国の民だって己のことばかりを考え、お母様を失ったわたくしの孤独を見向きもせずに自分を照らせ照らせと主張するだけ……」


 ルシエラは左手でミアの眼前に剣の切っ先を向け、右手でプリズムストーンを天に掲げる。

 たちまち大広間の床に天空城の下にある街並みが映し出される。

 天空城の中には無数のネガティブビーストが闊歩し、それと対峙するミアの仲間である二人の魔法少女が苦戦していた。


「だから望み通り照らしてやるだけのこと! お母様より受け継いだこの魔石、プリズムストーンの輝きで! 己の闇がネガティブビーストとなって這い出るほどの眩さで! さあ、天宮ミア! 貴方も照らしてあげましょう、這い出た己の闇に絶望なさい!」


 言うと同時、広間がプリズムストーンから放たれる眩い光に包まれる。

 だが、そこにネガティブビーストは現れない。


「どうしてですの!? どうしてネガティブビーストが現れませんの!?」


 予想外の事態に狼狽するルシエラ。


「孤独の闇の中に籠ったままじゃわからないわ。言ったはずよ、皆の心にはプリズムストーンよりも眩しい輝きがあるって! その輝きはそんな石にも心の闇にも負けはしないっ!」


 ミアはレースの手袋で顔を拭うと、笑顔を作って漆黒剣を弾き飛ばす。


「そうペコ! ピョコミン達もついてるペコ!」


 その闘志に呼応し、何処からともなくウサギのような小動物が空を飛んでくる。


「ピョコミン!」

「ピョコミンだけじゃないペコ! 二人も一緒ペコ!」


 そう言うピョコミンの後には、ネガティブビーストを倒し終えた二人の魔法少女も立っていた。


「ソル! ルナ! ありがとう、皆が居れば怖くない!」


 武器を構えてミアに並び立つ二人の魔法少女。

 対するルシエラは狼狽の表情のまま大きく飛び退いて間合いを取った。


「人の心の輝きなんて……まがい物ですわ。そうですわ、ならば孤独の世界に送ってさしあげます!

 貴方の故郷である地球でも、この魔法の国でもない異界の辺境でわたくしの言葉が正しいと思い知るがいいですわ!」


 プリズムストーンの光が強力な力場となって大広間を揺らし、更には空間をも歪めていく。


「そんな必要ない! 例えどんな所でも! 思いは通じるんだから!」


 それに対抗するようにミアの魔力が再び翼となって吹き上がり、翼から放たれる黄金の羽根が歪んだ空間を弾き飛ばしていく。


「嘘ですわ……。さっきよりも強い! どこにまだそんな力がありましたのっ!?」


 舞い踊る黄金の羽根がルシエラを襲い、プリズムストーンが彼女の手から空間の歪みへと転がり落ちる。

 その隙を衝いてミアがルシエラの頭上に杖を振り下ろし、ルシエラが辛うじて拾い上げた漆黒剣でそれを受け止めた。


「つうっ!」


 再度の衝突。

 だが、今度は膝をついたのはルシエラの方だった。


「何故ですの……。何故わたくしはただの一度も勝てませんの!?」

「覚えておきなさい、ダークプリンセス! 人の心は無限大! たとえ傷つき倒れても、皆が居れば立ち上がる度に強くなれるのっ! だから私は諦めないっ!」


 杖の先端に眩い光が宿り、ミアが杖を大きく振りかぶる。


「ヒャッハー! 負け犬はどんなにイキっても負け犬ペコォ! さあミアちゃん! あの高慢ちきな女王を見るも無残な肉塊に変えてやるペコ! フゥーーー! 生皮剥いで塩水に浸けろおぉぉおぉ! レッツデストロオオオオオィ!」


 ピョコミンが横から下品なヤジを飛ばす中、


「人の心の願い星! 闇を切り裂く流れ星! 輝く想いの一等星! アルカステラ、流星の如く今成敗!」


 流星のように光をたなびかせた杖がルシエラの腹部へと直撃。


「うっごごごごっ!!」


 ルシエラは声にならない鈍いうめき声をあげながら、輝き共々盛大に吹き飛んでいく。

 そのまま空間の歪みに突っ込み、周囲の風景が歪みながら目まぐるしく切り替わる。

 そして、くの字になったまま地面へと突き刺さった。


「……痛い。またも敗北し、天空城を壊した上に国の至宝であるプリズムストーンも無くしてしまった。もう魔法の国には帰れませんの。終わりましたわ。この年齢でわたくしの人生完全終了ですわ」


 泥と草に埋もれながら見知らぬ空を見上げて絶望するルシエラ。

 その瞳にはじんわりと涙が浮かんでいた。


「あんれまぁ。子供がそんな顔してからに」


 そんなルシエラの傍、どこからともなく呑気な言葉が聞こえ、涙でぼやけたルシエラの視界に鍬を担いだ老人がひょっこりと顔を出した。


「その珍妙な恰好。都会からの迷子だかね」

「え……」

「とにかく、こんな所で寝てると風邪ひくだ。うちにでも来て茶でも飲みねえ。芋ふかしてやっからよ」


 老人は身をかがめて土を掘ると、掘り起こした芋をルシエラにほいと投げ渡す。


「ふへ、お芋……ですの?」


 ルシエラは芋を手にしたまま涙を拭うと、むくりと体を起こす。

 そこは畑、それに山。その右も左も前も後ろも畑に山々。そこは地球とも魔法の国とも違う一面の大自然。

 それが今から五年前の出来事だった。



  第一話 田舎発、魔法少女行き超特急



 大陸最大の国、アルマテニア王国は魔法文明により隆盛を極めた国である。魔法動力による鉄道はついに大陸を横断するまでに達し、人の往来が盛んとなった都市では様々な文化が芽吹き花咲いていると伝え聞く。

 しかし、そんな大国の威厳も辺境のド田舎までは届いていない。辺境は未だに神秘や魔物が数多く残り、剣と魔法のファンタジーのような風景がそこかしこで見て取れる。

 魔法の国グランマギアの元女王。元闇の魔法少女ダークプリンセス。仰々しい肩書を持つルシエラの目の前に広がっている景色もその一部だ。


「ちぇすとおおおっですわっ!」


 見渡す限りの田園風景を突っ切る街道のど真ん中、ルシエラは盛大に掛け声をあげ、自らを取り囲んでいる泥人形のような魔物であるゴーレムに棍棒を叩き込む。

 腰の入ったスイングを叩きこまれたゴーレムは上半身と下半身に分断され、その体から紫色に輝く魔石を露出させる。

 ルシエラがそれをすかさずむしり取ると、ゴーレムの体はただの土塊となってザラザラと崩れ落ちていく。それを周囲に居るゴーレムの数だけ繰り返す。

 最後に土塊だらけになった街道を大ぶりのスコップで整備すると、ルシエラはスコップを地面に突き刺し、黒髪についた土埃を払って水筒の薬草茶を一気に飲み干した。


「ふぅ、これでよしですわ。魔物の駆除が終わりましたわよホンプキンさん」


 水筒片手に汗を拭きながら、ルシエラは街道の脇にある畑で野良作業をする老人に声をかける。


「おお、助かったよルシエラちゃん。あの土畜生共、野菜ごと畑の土を自分の体にしちまうからほとほと困ってたんだ」


 老人は手に持った鎌で野菜を収穫すると、そのままルシエラに投げ渡す。


「あら、もう春野菜が取れますのね。丁度ホンプキンさんのキャベツが恋しかった所ですわ」

「カッハッハッ! ここに来たときゃ野菜何ぞ食べられねぇって言ってた嬢ちゃんも変わるもんだ!」

「んもう、それは言わない約束ですわ!」

「おっとそりゃ失礼!」


 ルシエラはわざとらしく頬を膨らめると、スコップや棍棒の入った籠に野菜を入れ、見送る老人に手を振って田舎道を歩き始める。


「おーう、ルシエラちゃん。また一段とべっぴんさんになったなぁ。儂も後五十年早けりゃほっとかなかったんだがのう」

「ごきげんよう。そんなこと言っていいんですの? スージーさんに言いつけますわよ」

「ひえっ! それだけは堪忍してけろ! またおっ母にぶん殴られる! おっ母の前では山の大猪だって慌てて逃げちまうだよ!」


 おどける様に言って足早に畑に戻っていく男。


「あら、この前の子ヤギがこんなにも大きくなったんですのね」

「今年は暖かくてすくすく育ってくれたからねぇ。そういやルシちゃん、今日も宿屋に学者先生が来てたよ」

「あら、そうですの? またアルバイトができそうですわね」

「酒場にチーズを届けたら真昼間だってのにさっそく一杯やり始めたよ。あれで本当に偉い学者先生なのかねぇ」


 ヤギを引き連れて歩く女性。 

 すれ違う人々と談笑しながらルシエラはのんびりと村への帰路につく。素朴な田舎道にはのんびりとした人々がゆるりと往来し、風が山から春の息吹を運んできている。

 途中、ルシエラは一度だけ立ち止まって青々とした空を見上げる。

 この青空も周囲の風景も、既にルシエラにとって馴染み深いものになっていた。


「ふぅ、あの頃は若かったですわ。皆の善意や優しさにも気付かず孤独を気取っていたなんて」


 ルシエラが魔法少女に敗れこの世界に流れ着いてから早五年、母を失ったことで自らを孤独だと思い込み、魔法少女との戦いに明け暮れたダークプリンセスはもう居ない。

 かつて絶大な魔力で世界を脅かした魔法の国の女王は、純朴な村人達との交流を経てすっかり健全健康な田舎娘になっていたのだった。

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