第69話 あ、あれが・・・本当の零士?

「零士!!しっかりとせいっ!!」

「そうだよ!レージ!!聞こえてるっ!?なんでそこに冥王竜がいるの!?一緒に戦うからここ開けて!!早くっ!!」


 視界の端に、九重先輩と八田さんが凄い力で壁・・・結界?かわからないけど、透明な私達と零士達がいるところを遮っているモノを拳で叩きつけながら叫んでいる。


 壁はまったく揺るぎが無い。


 私は、愕然として見ている。

 どうしても、私が知っている零士と乖離がある。

 零士があんな顔して、あんな化け物を殴り飛ばして・・・?


「なんで・・・魔王ジアゴボルがここに・・・?私達が倒したのに・・・?どうして、零士さんと戦って・・・」


 美奈の呟きが耳に入る。

 魔王?

 それって、あそこの真っ黒で角があって、明らかに人じゃない化け物の事?

 今、零士を剣で斬りつけている? 


「何・・・あれ・・・なんて化け物相手にしているのよ・・・あんな・・・あんな大きな・・・竜・・・それに、あそこに居るのは、あの時の私を攫った奴らのボスじゃ・・・」


 結城先輩を攫った・・・それって、あそこにいる明らかにこちらの世界の悪そうな顔をしているサングラスでドレッドヘアの男の事?

 今も零士に向かって炎を放っている・・・あの男?


「これほどとは・・・なんという数のあやかし共だ・・・それに、何人か人の姿も・・・明らかに力が劣るのに凄まじい形相で零士に殴りかかったり、噛みつこうとしたり・・・」


 先生が驚愕の表情でそう呟いた。


 そう、人。

 人が、いるのよ。

 さっきの結城先輩が言ったのと同じ、数え切れない位に人もいるの。

 それはつまり・・・


「・・・暁月ちゃん。気持ちはわからないでも無いが、呆然としている暇は無いよ。見てみると良い。零ちゃんの姿を。」


 桐谷さんの言葉に、零士をしっかりと見る。


 すごく怖い表情で周囲を囲む化け物や人、それに竜みたいなのを殴り、蹴り、引きちぎっている。


 あ、あれが・・・本当の零士?

 私が知っている零士は、あんな風じゃ・・・


 身体の奥から震えが来る。

 

 怖いんだ。

 私は、零士が怖いんだ。

 

 明らかに私よりも強い力を持った化け物や、人を簡単に殺して回っている零士が。

 そんな、そんなの・・・


「暁月ちゃん!良く見て!!」


 肩を揺さぶられて意識をもう一度桐谷さんに向ける。


 そこにあるのは、いつもほんわりした桐谷さんでは無く、鬼気迫る顔を見せている。


「零ちゃんが怖い?それは当然だ!彼の力は、私達を、遥かに越えている!!だが、もっと良く見てくれ!!本当に、君はそれだけしか感じないのか!?」


 そう言われ、恐る恐るもう一度零士を見てみる。


 ・・・零士は今、あの魔王とかい言うのを斬り飛ばして・・・あ!?また、すぐに復活してる!?いえ、それよりも・・・


 「笑って、る・・・?」


 零士の口元に笑みが見える。

 なんで笑って・・・


「零ちゃんはもう壊れかけているんだ!!」

「「「「!?」」」」


 その叫びに、壁を叩いていた九重先輩も、八田さんも、美奈も、結城先輩も、先生も驚いて振り向いた。

 

「彼の思考がもうトレース出来ない!!おそらく、ここは時間の流れがおかしいんだ!!もうどれくらいここでああしているのかわからない。終わることの無い闘争の中で、零ちゃんの心はもう限界に来ている!!もう一度良く見て!!零ちゃんを!!」


 桐谷さんはそう言って涙を決壊させた。


 私達はもう一度零士を見る。


 さっきと同じようにとても怖い表情。

 それでいて、口元には笑み。


 叫び声上げている筈なのにこちら側には声は届かない。

 でも、何か叫び声を上げているのはわかる。


 そして、その格好。


 ボロボロで、上半身にはもう何も着ていない。

 ズボンも、そこら中に斬り傷や破れ、そして、そこからも見える・・・血。


 零士は傷まみれで、血まみれだ。


「・・・泣いている?いや、泣いていた?」


 ポツリ、と九重先輩が呟いた。

 零士の目元を見る。


「・・・涙の、跡・・・?」


 もう乾いているのか、筋が入っているのが見えるだけ。

 それでも、何故かそれが零士の涙の跡だと分かった。

 分かってしまった。


「分かるかい?零ちゃんはもう理解しているんだ。ここに終わりが無い事を。私達に会えないかもしれないことを。」


 その言葉に自然と零士を見る。

 

 すると、すとんと腑に落ちた。

 あれは、暴れているだけだ。


 駄々っ子のように、暴れまわっているだけだ。


 思い通りに出来なくて。

 好きなことが出来なくて。

 

 お母さんやお父さんが恋しくて暴れる子供のように。


「ここに放り込まれた状況などから零ちゃんの最後の思考がなんとかトレース出来た。正確かどうかは本人に聞かないと分からないが、零ちゃんの事はこれまでずっと見てきたんだ。かなり正確だろう。みんなにも伝えるよ?」


 私達は、もう一度桐谷さんを見る。

 桐谷さんは泣いていた。


 涙を隠さず、悔しそうにしていた。


「『ああ、こりゃ無理だ。なんか、壁みてぇのがあって俺の本気でも穴開きやしねぇし。』」


 ・・・この零士の力でも、壁壊せないの?


 視界に、それを聞いて膝から崩れ落ちる九重先輩、八田さん、それに美奈と結城先輩が見えた。

 壊せない壁に絶望してしまったんだ。

 先生も上を見上げ、涙を流している。


「『折角、大事なもんがいっぱい出来たのになぁ・・・すまねぇな雪羅、夜夢、舞さん、琥珀さんとかすみさん、それに美奈に・・・暁月。みんなは幸せになってくれ。コイツの目的が何かは知らねぇけど、ぜってー碌な事じゃねぇだろうし。もし、俺の身体から出る事が目的なら・・・どれだけの命が消えるのかわかんねぇし。そのためには・・・コイツをなんとか滅ぼすしかねぇな。関係ねぇ普通の人の幸せが消えるなんて事があっちゃならねぇし。まぁ、俺ごと消えれば、なんとかなるだろ。あいつらに幸せになって貰うには、こんな事ぐれぇしかねぇし、なんとかするか。もう、あんまり頭働かねぇけど・・・別れの挨拶も出来なくて、ごめんなみんな。』」


 ・・・なによ。

 やっぱり変わって無いじゃない。


 弱くても、それでも優しかった零士。

 その辺りに転がっていそうな幸せのために、自分を犠牲にできるほど優しい零士。


 私が大好きだった零士と。


 そこまで言って、舞さんは私を見つめる。


「『まーちゃん。』」


 そう、口にした。

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