第66話 首を洗って待ってなさい!!!

「・・・ぐっ・・・」

「・・・あ、す、すみません先生・・・


 痛みにしゃがみこむ先生を慌てて支える。

 まさか、制約のブレスレットを着用して負けるだなんて思わなかった。

 それほど先生は強く、鬼気迫る勢いだった。

 己の命よりも優先しているように見える位に。


 私は、その覚悟に負けたんだ。

 あ〜あ・・・これでも、父様以外に負けた事無かったのになぁ・・・

 

 でも、これで先生の言葉を聞かなければいけないわね。

 この後に及んで逃げようとは思わないわ。


 本当は聞きたく無かった。

 なぜかはわからないけれど、きっと先生の話を聞けば、私は・・・


「だ、大丈夫だ。それよりも今は一刻を争う。聞け、暁月。」


 一刻を争う?

 どういう事?

 何があったの?


「ええ、これ以上逃げません。」

「よし。今、零士は意識を無くして倒れている。呪いによるものだそうだ。」

「え!?」


 その言葉に頭が真っ白になる。


 嘘!?

 あの零士が!?

 

 私は、今の零士の本当の強さを知らない。

 でも、上級を超える妖魔を使い魔にし、伝説の大妖を倒したっていうあいつが呪いで倒れるなんて想像が出来ない。


 それに、あそこには極東の天才って言われる桐谷さんがいるし、なんとでもなりそうな気がするんだけれど・・・


「その呪いは、大妖【千年妖樹】によるものらしい。」

「なんですって!?」


 千年妖樹。

 ヨーロッパにまで伝わる伝説の大妖。

 それは、私が居た国でさえ聞いたことがある、大きな力を持つ大妖の名前。


 だから、零士がかの大妖を祓ったって聞いた時はかなり驚いた。

 そして、あの落ちこぼれと呼ばれていた零士がそれほどの力をつけていた事に驚き、努力が身を結んだ事が嬉しかったんだ。


 でも、それ千年妖樹の呪い?

 そんな化け物の呪いを零士が受けている?

 どんな冗談なの!?


 しかし、真剣な隠岐先生の顔に嘘は無い。

 その事実が、私の心を焦らせる。

 

「今、零士は呪いにより内面世界に堕ち、修羅の地獄の中に居るそうだ。」

「修羅の・・・地獄・・・零士が・・・?」


 血の気が引くのが自覚できた。

 修羅の地獄というのは闘争のみで構成された地獄の筈。

 憎しみと争いと絶えない敵しかおらず、一時たりとも気が休まることがない無限地獄。

 そんなところに零士が・・・?

 私がグダグダとやっている間に?


 そんなの絶対に許せない!!

 千年妖樹も!私自身も!!


「なんとかならないの!?」

「今、雪羅も、夜夢も、舞も、琥珀も、そして、おそらく美奈と、美奈と零士と共に異世界を救ったという異世界の聖女も、零士を助けようとしている。」


 ・・・異世界の聖女?

 いえ、それはどうでも良いわね。

 

 それよりも、


「なんとかなりそうなのね?」

「いや、私は詳しい内容を聞く前にお前の捜索に出たので詳細は分からない。だが、舞が考えた方法は異世界の女神のお墨付きだそうだ。ただし、」

「但し?」


 私はごくりと喉を鳴らす。

 異世界の女神のお墨付きを得たというのも気になるけれど、そんなのは後だ。

 今はそれよりも零士が助かるかどうか、よ! 


「それにはお前が必要だ。お前の強い心が。」


 その言葉に息を呑む。


 私が強い?

 私の心が?

 

 こんな風に逃げるようにここを去るつもりだった私が?

 そんなのありえない。

 私では力不足だわ。


「残念だけど、私では・・・」


 そこまで言葉にした時だった。

 隠岐先生から両肩をガシッと掴まれた。

 そして、


「違う!お前の心は私たちの中で誰よりも強い!頼む!お前が必要なんだ!!どうか零士を・・・零士を助ける手助けをして欲しい・・・」


 涙が潤む目で私を見て懇願する。


 ああ、この人も零士の事を愛しているのね。

 だけど、あいつの前から去ろうとした私にはその資格は・・・


「あいつの心は私では癒せなかった・・・」

「それも違う!!あいつの心は個々では救えなかった!雪羅も!夜夢も!舞も!琥珀も!美奈だって、私だってそうだ!!ようやくここまで、零士が私達の愛情を感じられるまで来たんだ!!後は・・・後はお前が必要なんだよ暁月!!お前の、真っ直ぐに零士を愛する、お前の心が必要なんだ!!」


 正面から強い視線で見つめられる。

 そこには、嘘偽りは一切無い。


 ・・・そっか。

 みんなで癒やしてたんだ・・・あいつの心を。

 美奈だけ受け取って貰ったわけじゃ無かったのね・・・

 そっか・・・


「お前だって、あいつを愛しているんだろう!?」

「当たり前でしょうっ!?」


 その叫びに、私の心はカッと燃え上がる。


 ええ、そうよ。

 私のあいつを想う心はあなた達に負けていない。

 それどころかきっと勝っているわ!

 年季が違うもの!


 私は、あいつの為に強くなろうと決意したんだ。

 その為には、死ぬほど嫌でもあいつの側を離れるのを決めたんだ!!


 そのあいつが、今、苦しんでいるって?


 だったら、だったらっっ!!


「行きましょう!あいつは必ず助ける!!絶対にそんな所に一人で居させないんだからっ!!」

「っ!!ああ、行こう!」


 隠岐先生がすぐにどこかに電話した。

 話の感じ的に、おそらく八田さんだろう。


 零士。

 私の最愛の人。


 絶対に助けてあげるから。

 だから待ってなさいよ?

 死んでたら、許さないから。

 そのときは地獄まで行ってぶっとばしてやって、無理やりこっちに引きずり上げてやるから!!


 首を洗って待ってなさい!!!

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