第64話 逃さない

 どこだ?

 どこにいる?


 暁月の自宅からの痕跡は微弱だ。

 おそらく、私を警戒しての事だろう。

 

 暁月は直情的ではあるが、馬鹿では無い。

 むしろ、頭の回転が早いタイプだ。


 ならば、居なくなった暁月を私が探しに来る事も予想の内なのだろう。


 焦る心を無理やり押さえつけ、冷静に暁月の足取りを追う。


 いくら訓練を受けていても、焦りは無くならない。 

 それはそうだろう。

 

 一生の主として、そして愛すべき男である零士が、あのような姿を見せているのに、焦らない訳がない。

 

 私も調べて見た範囲でしか知らないが、千年妖樹というのは、大昔では神であったらしい。

 それが魔に堕ち、大妖と化した。

 

 当然、人間にどうこうできるレベルでは無い。

 

 連綿と続く人の歴史の中で、周期的にあの大妖が目覚めるのは災害として扱われて来た。

 それを屠ったのが零士だ。


 零士の本当の本気は、私では計り知れないだろう。


 そして、それはかの大妖も同じだ。

 そんな大妖がかけた【呪い】

 生半可な事では解けるはずもない。


 ましてや、単独では無理だろう。


 私は、このあとの事は聞かずに捜索に出たので詳細はわからないが、おそらくそれぞれができる事をして零士を助けようとしているだろう。

 

 そして、暁月はその為に重要なポジションにいる筈だ。

 でなければ、あの天才が血相を変えるわけが無い。


「・・・忍法『朧霞おぼろがすみ』」


 私は気力を振り絞り、少し高めのビルの上で忍術を使う。

 この『朧霞』は、本来霧状の結界を張り、相手の視界を奪い、術の使用者の位置を誤認させ、不意を打つ為に使用する術だ。

 

 霧状を化した薄く伸ばされた気力を周囲に充満させる事で、私の本体の気配を分かりづらくさせる事ができる。

 ただし、この術を使用中は、私自身も霧の中にいるため、相手を把握する必要がある。

 それは気配であったり、特殊な力であったりを自らの気力の霧で把握するのだ。


 そう、今回の場合のように暁月の霊力のような力を。


 効果範囲は霧の届く範囲。


 だから、


「・・・っ!!」


 薄く、薄く、もっと薄く!

 額から汗が流れ落ちる。


 もう、これでこの術を使用するのは4度目だ。


 もともとこの術の難度は高い。

 その上で、今回のように範囲を広げるためにカスタマイズするのであれば、最高難度の術の一つとなるだろう。


 もともと、この術の範囲は未熟な者が使用するのであれば5mほど。

 熟練の忍びであれば50mほどだ。


 だが、それでは話にならない。


「〜〜〜〜ぐぅっ!!もっと!もっとだ!!」


 私は更に霧を薄く薄く伸ばす。

 視界にはすでに霧の影響はまったくない。

 

 それもそうだろう。

 

 現在の効果範囲は・・・


「っ!!見つけた!!」


 術の範囲のギリギリのところ。


 ここからおおむね500mほどの所で、暁月の霊力が引っかかった!!


 私は術を解き、すぐに動き出す。


 暁月。


 お前は、心が強い。


 私のように、心を殺す事で得る強さとは別物の強さ。

 

 雪羅のように、夜夢のように、琥珀のように依存するのでは無く、

 私のように支配されたいのでは無く、

 舞のように超然とした心を持つのでは無く、


 人として強い。


 私がそれに気がついたのは、部室で零士が居ない時に、お前の過去の話をお前自身が話た時の事だ。

 それぞれが簡略化した話をしたが、お前の話だけは別だった。


 そう、自らの意思で、零士の為に距離をおいてでも強くなろうと決意したというもの。


 雪羅は親と種族の事で零士と離れ、夜夢と美奈は召喚による別れ、舞は零士との関係を危惧する母親によるもので、琥珀は零士では無いが、両親と死別によるものでそれぞれが別れを経験した。


 かくいう私も、両親は既に任務で死去している。

 

 その誰もが自分から望んで親しい者と別れたわけでは無い。

 

 だが、暁月は違う。

 切っ掛けは親からの勧めであったのであろうが、最終的な決断は暁月自身がしている。


 今回の件だってそうだ。


 おそらく、お前は美奈と零士の仲が進展したのを目撃したのだろう?

 だから、お前は妹の為に身を引こうとした。


 一見心が弱く見えるがそうではない。


 お前は、その身が焦がれるような零士への愛情を、妹の為に押し殺し、一人去ろうとしたのだろう。


 だが、そうはさせない。


 我々にも、零士にもお前は必要だ。

 だから逃さない。


 たとえ、お前と・・・


「・・・暁月、待て。」

「っ!?これほど早く・・・流石ですね隠岐先生。忍者は伊達じゃ無いんですね。」


 私は暁月の前に立ちふさがる。

 

 どうやら、暁月は私たちに行く先が分からぬように、この大きめの森林公園を徒歩で抜け隣街で一晩過ごし、その後に空港に向かうつもりだったようだ。


 周囲に人気も無い。


「暁月、実は」

「隠岐先生が何をおっしゃろうと、私はもう決めたんです。だから、もし行く手を阻むのであれば・・・」


 っ!!

 暁月が霊剣を具現化させた。


「聞け!今零士が」

「問答無用!!」


 っち!

 

 鋭い突き。

 飛び退いて躱す。

 

「やめろ!今はそれどころじゃ・・・むっ!?」


 暁月の手首から異質な霊力を感じる。


「先生?私には零士と再会してあいつを取り巻く環境を知った時、時間をかけて考えて決めていた事がありました。」


 暁月からの凄まじい殺気。

 

「もし零士の心を癒せるような誰かと共に居られるのであれば・・・素直に身を引き、その幸せを祈る、と。そのためには、もう二度と会わない、そう決めていたんです。だから・・・」


 暁月は剣を構えたまま、逆の手首を見せた。

 そこには銀に輝くブレスレットが。


「これは制約のブレスレットです。自分の心に誓った事を強制的に守らせるもの。残念ですが、今私に何かを問いかけても、私の心には届きません。心変わりをするような言葉が聞こえなくなりますから。そして、」


 暁月の霊力が爆発的に膨れ上がる。


「これを着用時には、私は常に限界まで霊力を纏っていられます。お覚悟を。」


 ・・・強い。

 これが若き天才と名高い、暁月真奈か。

 だが、


「残念だが、負けられない。暁月、そのブレスレットを壊したら話を聞くか?」

「その時は私の負けですからね。」

「分かった。」


 私にも負けられない理由がある。

 

 今この瞬間もおそらくそれぞれ頑張っている筈だ。

 だから私は暁月を・・・生徒を傷つけてでも話を聞いて貰う!!

 

 暁月の捜索で気力はかなり減っているし、体力もそこそこ減っている。

 相手は生徒で、愛する男の大事な存在と来た。

 大きな怪我はさせられないし、言葉での説得は無理。


 そして、分野は違えど肌で感じる強さは私とそれほど変わらない。


 ・・・これが女神の采配によるものであれば恨むぞ!

 

 まぁ、その女神にしてもここまでは予見できていないと思うが、な。

 まさか自らにそのような制約を課すとは・・・心が強すぎるというのも問題なのかもしれん。

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