第58話 追憶〜別れ

 あれは、ウチと母様が買い物にでかけた時の事や。


 ウチらが零士と一緒に住んでいた所は、ここらと比べてど田舎やった。

 せやから気がつけたんやろな。


 漂ってくる懐かしい妖気に。


 母様とウチは、その妖気に気が付き、自分たちを誘っとるのが分かった。


 道をそれ、山の奥に進むと、そこには三人の雪女がおった。


「よくもまぁ、こんな人間臭い所に住める事。流石は落ちこぼれどもだ。」


 開口一番に、その雪女の内リーダー格だと思われる雪女が顔を顰めてそう言いよった。


「・・・何か御用でしょうか?」


 母様がそう言うと、その雪女はフンと鼻で息をついた後、


「長がお呼びや。なんでも、あんたらが人間と一緒に住んどる事にご立腹らしいわ。恥晒しを極刑にするからさっさと連れて来いってさ。めんどうかけさせよって腹ただしい!!」


 汚らわしそうにそう言い切った。


 後から知ったんやけど、零士が千年妖樹を祓った事で、一緒に居ったウチらの存在があちら妖怪側にもバレてもうたらしい。

 それを知った叔母が追手を放ったんや。


 ウチ等がどうなっとるかも知れへんと、のんきにな。


 こちらを見て、イヤラシそう嗤う二人。


「ほんま、雪女って名乗ってほしゅう無いわ。クズどもが。」

「せやね。人間に媚び売ってまで生き延びようなんて、意地汚いにも程があるわ。ウチなら恥ずかしゅうて自決しとるわぇ。」

「「あははははは」」


 そう言って嗤う二人。

 そして、それを止めもしないリーダー格。


 自然と視線がきつうなるのはしゃあない。


「・・・はぁ?なんやのこのガキ。生意気な目ぇよこしてからに。」

「まったくやわ。連れてく前に消してまうか。」


 そんな事をのたまった。


 せやからウチは隠してる力を開放して、この馬鹿共に思い知らせてやろうと思った、けど、


「・・・やめなさい雪羅。わかりました。いつ頃伺えば?」


 母様にそう止められた。

 ウチは納得行かずにすぐに母様を見た。


「・・・はん!今すぐに決まってるやろ!」

「・・・しかし、今の主様に一言いわないと・・・」

「人間なんぞどうやってええやろうが!!」


 リーダー格が怒鳴り散らす。

 

「・・・それはできません。」

「なんやて!?このクズ風情が舐めた口を、」

「主様に受けた御恩はウチ等の大事な宝物です。せやから、きちんと事情を言って」

「やかましいわこの恥晒しが!!」


 そん時やった。


「おい、ここで何してやがる?」


 子供の声。


「なんや人間のガキ・・・ひっ!?」

「「あ・・・あ・・・」」


 詰め寄ろうとした三人の背後から零士が来た。

 

 零士の声に振り返った三人は、すぐに零士の巨大な力に気がついて微塵も動けなくなっていた。


「おい、てめぇ。雪緒さんと雪羅に今なんつった?」


 怒気をそのままに、零士は静かに距離を詰める。


「な、なんやのこのバケモンみたいな人間のガキ!?く、来るな!来るなぁ!!」

「あああぁぁぁぁ!?」

「ひぃぃぃぃぃ!?」


 腰砕けになり、涙やらなんやら垂れ流しながら後退りする三人。


「主様、ここはウチらが・・・」


 母様が覚悟を決めた表情でそう言った。

 せやけど、


「わりぃ雪緒さん。俺、こいつら許せねぇわ。俺の大事な二人に、事もあろうにクズだとか恥晒しだとか・・・二人の足元にも届かねぇ分際でよくも言いやがったな。」


 そう言って零士は倒れこんでいる三人を見下ろした。


 そして、


「あ・・・」「げ・・・」

「・・・ひ、ひぃぃぃぃ!?」


 一瞬で取り巻き二人を殴って消し飛ばし、涙ながらに逃げようともがくリーダーの胸ぐらを掴み顔を寄せる。


「おい、てめぇらの長に伝えろ。俺が今からお前らの所に乗り込んで、ぶっ潰してや・・・」

「お待ち下さい主様!」

「・・・雪緒さん。」


 そう凄む零士に母様は待ったをかけた。

 

「お怒りをお沈め下さい。元はと言えば、ウチ等母子が招いた事です。・・・自分で決着をつけさせて下さい。」

「・・・」


 真剣に零士を見る母様。

 零士は無言でそんな母様を見つめる。


「雪緒さん。だが、そうなれば・・・」

「はい。ウチは姉の代わりに長にならねばならなくなるでしょう。」


 基本、雪女は世襲制ではなく、力のある雪女が後を継ぐ形なんや。

 そして、雪女の里を覆う結界を自らの力で発動するため、その地から離れられなくなってまう。

 つまり、


「・・・主様、本当にこれまでありがとうございました。あなたに救われた御恩は、一生忘れません。あなたを生涯において支えられないのは、申し訳なく思います・・・おいとまさせて下さい。」


 悲痛な表情でそう告げたんや。


 それを聞いた零士も少し寂しそうな表情をした。

 やけど、


「・・・そっか。俺も、感謝してるよ。ありがとうな雪緒さん。」


 そう、笑った。

 寂しさの残る表情で。


 せやから、ウチは反抗した。

 零士から離れる、そんなの認められない。

 認めたくないから。


「母様!ウチは嫌や!!そんな里ほっとけばええやろ!!ウチらをいじめた奴らなんか勝手に野垂れ死ねばええやん!!」

「・・・雪羅。」


 ウチは泣き喚いた。

 そんな奴ら知ったこっちゃないやろって。


 でも、


「・・・雪羅。姉さんはきっとまた追手を放ってくるでしょう。主様にこれ以上ご迷惑をおかけする事は許せへん。それに、里のすべての雪女が消え去る事をウチは良しとできません。」

「せやけどっ!!」

「雪羅、どうかわかってちょうだい。」

「いやや!やったらウチはここに残る!!」

「雪羅・・・」


 激しく拒絶した。

 絶対に嫌やったから。

 母様と会えんようになっても。


 でも、


「なぁ、雪羅。」

「零・・・士・・・」


 零士が近寄って、ウチの肩に手を乗せた。

 ウチは零士を見る。


「お前の母ちゃん・・・雪緒さんだってお前と離れるのはきっと寂しい筈だ。だって、お前の母ちゃんなんだから。お前は俺みてぇに母ちゃんがいないわけじゃねぇ。だから、母ちゃんにも寂しい想い、させんじゃねぇよ。」

「やけど・・・せやけど・・・」

「もう二度と会えなくなるわけじゃねぇだろ?まあ、俺がもっとでかくなったら、俺からお前らの里にお邪魔させてもらうとするさ。それまで、元気で母ちゃんと仲良くな?」

「・・・零士・・・」


 零士の笑顔が、ウチの頭から離れなかった。

 母様からもすすり泣く声が聞こえた。


 ウチは、そんな母様と零士を見て覚悟を決めた。


「・・・約束守ってや。次は会ったら、覚悟しぃ・・・」

「おう!ぜってー守るぜ!だから、雪緒さんを助けてやれよな!・・・つ〜か、怖えこと言うなよ!覚悟ってなんの覚悟だよまったく・・・」


 そんなん決まっとるやろ。

 一生ウチと一緒に居る覚悟や。

 

 逃さへん。

 一生な。


 そんなウチを見て、母様は微笑んだ。

 母様にはバレバレやったやろうな。


 こうして、ウチら母子は零士の家を出た。


 決着をつける為に。










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