第6章 夢限の呪い

第55話 追憶〜幼き雪女〜

「レージ!!どうしたの!?レージ!!」

「零士くん!?心の声も聞こえないわ!!なんなのかしらこれ!?」


 眼の前で零士が倒れとる。

 顔色はかなり悪い。

 こんな零士見るの初めてや。


 声を出そうにも、でぇへん。


 ウチはそんな零士と、焦っている夜夢と琥珀を呆然と見とるだけ。

 頭が回らへん。


 回ら・・・へん。


「・・・あ・・・れい・・・じ・・・?」


 何故か、急速に、視界が、暗く、息も、荒く・・・


「いけない!!」

「雪羅ちゃん!?しっかり!!」


 聖女とかいう女と、舞の、声が、だんだん、聞こえなく・・・


『雪羅っちまでどうしたの!?』

『多分零ちゃんが倒れたのを見てショック受けているんだと思う!雪羅ちゃん!気をしっかり持って!!』


 夜夢の声と舞の声が・・・聞こえ・・・

































「お前ら親子はほんっとうに役立たずだねぇ!!」

「・・・ごめんなさい、姉さん・・・」

「・・・」


 ああ、これは夢や。


 まだ、ウチがこまい小さい頃の夢。

 

 あの、地獄。

 雪女の長・・・叔母がおる頃の。


 あの頃、本当に地獄やった。


 ウチのかあ様はとても優しいあやかしやった。

 いや、今でも優しいわ。


 人間を殺さんと、気絶させて少しだけ精気をもらう。

 そんなあやかしやったんや。


 ウチはそんな優しい母様が大好きやった。


 せやけど、それは雪女としては恥と捉えられた。

 

 里では、母様も、そしてウチもそれは酷い扱いやった。

 率先して里の長であるあのクソババアがいじめよったから。


 雪女の力は、精気をどれだけ奪ったかで決まる。

 ウチら親子の力は底辺やったんや。


 でも、ウチはまだ良かった。

 母様が身体を張って守ってくれとったから。


 母様とほそぼそと暮らす毎日。

 それでもウチは満足やった。


 せやけど、それは突然の事やった。


「あんたらみたいなのはこの里にはいらん。せいぜい野垂れ死ね。」

「姉さん!お願い!許して姉さん!せめてこの子だけでも!!」

「うるさいわ!この出来損ない共!!雪女の恥晒しめ!!」


 ウチ等は突然里を追い出された。


 全ては、クソババアの気まぐれやった。

 それでも、長の決めた決まり事は絶対やった。


 なんとか許しを乞おうとした母様は、里の雪女に甚振いたぶられ、そして、ウチらは追い出される事になったんや。


 里を追い出された雪女は、周囲のすべてが敵になる。


 あやかしは、他のあやかしを喰らっても強うなるから、あやかしから狙われ、また、人間の中にもあやかしを退治する祓魔師がおるから。


 安息の場所はもう無い。

 

 一箇所に留まる事は危険や。

 せやからウチ等は、放浪する事になった。


 なんとか食い扶持を得る為に、人間の服をかっぱらって人間にまみれ、時に母様は人間のように働き、小銭を稼ぎ、そして小動物や、時に酔っ払いでその辺で寝てまっとる人間から少しだけ精気を貰う日々。

 まぁ、精気ゆうてもいやらしいのとちゃう。

 手をかざせばそれで終わりや。


 多分、二年くらいはそんな生活をしていたと思う。

 

 そんなウチ等の前に現れたんが零士やった。







「・・・雪女を退治して欲しいって依頼だったんだが・・・なんとも、やりづれぇなぁこれ・・・」

「子供の祓魔師・・・?でもこの子・・・なんて・・・」

「・・・」


 それは、巨大な霊力を秘めた子供やった。

 

 一目見ただけでわかる。


 怖い。

 ガタガタと震える。

 こいつ化け物や。

 今から殺されるんやってな。


 後から聞いた話なんやけど、どうも母様に惚れよったどこぞの人間が、フラれた腹いせに母様をストーキングしよったところ、ウチらがネズミなんかの小動物から精気を吸っておったんを見たらしくて、言いふらしよったんや。


 母様は雪女の中でも美人やった。

 それこそ、あのクソババアが嫉妬する位に。

 惚れてまうのは仕方がないとはいえ、厄介な事してくれよったもんや。


 ウチらは逃げたんやけど、どうにもその噂が回ってもうたらしく、その土地の管理者が祓魔師に連絡したらしい。

 

 母様は優しいから、あやかしの自分と居ても幸せになれへんって思ってフッただけやのに・・・


 まぁ、それはええ。



 子供の霊力の巨大さ。 

 母様もそれは分かっておったんやろ。


 震えながら、ウチの前に立ちはだかり、そして、


「・・・お願いします。どうか、この子だけでも見逃して貰えないでしょうか・・・ウチはどうなっても構いません・・・どうか・・・この子は、誓って人間を殺めたりはしてません・・・お願いします・・・お願いしますっ!!」


 涙を流しながら土下座して許しを乞うたんや。


「あ・・・あ・・・かあ・・・さま・・・お願い・・・母様・・・殺さんといてぇ・・・」


 ガタガタと震えるまま、震える声でウチもなんとか声を出した。


 子供は、ウチ等を見て無言やった。

 どれくらい時間が経ったかは覚えてへん。 


 子供は頭をガリガリとかく。

 そして、


「・・・あ”〜!もう!こんなん見たら無理だろ!!」


 そう叫んだ。

 

 ウチも、母様もその叫び声でビクッとして言葉を止めた。


 子供はウチらを見た。

 そこには、最初に相対した時の無表情は形を潜め、苦笑する年相応の子供がいた。


「・・・見逃すしかねぇか・・・いや、それじゃ不味いか・・・ん〜・・・なぁ、あんたら、この先、人間に危害を加えねえって誓えるか?」


 そう言った。

 

「勿論・・・と、言いたいところですが、ウチらは雪女ですので・・・」


 馬鹿正直、と言うんやろうな。

 母様は、そう包み隠さず言った。


 生き物から精気を吸うのは避けられへん。

 いくら小動物で賄っても、やはり定期的に人から吸う必要があるからや。


「・・・だよなぁ。まぁ、でもそうやって正直なのは良いな。うん!俺、あんたら気に入ったわ!なら、こうしねぇか?俺に使役・・・つーのも違うな。俺に雇われねぇか?」


 子供は驚くべき提案をした。


「と、言いますと?」

「あんたら親子は俺に雇われる。俺は対価として、俺の霊力を分け与える。霊力だけじゃキツけりゃ精気も良い。どうだ?まぁ、そんかし、俺と一緒に暮らしてもらう事にはなるかもだけど。」


 その言葉に、母様は目を丸くした。

 きっとウチもそうやったと思う。


 母様は勢いよく子供を見たけど、すぐに俯いた。


「大変、嬉しい申し出ではあります。せやけど・・・ウチら親子は雪女の半端者です・・・力はとても弱く、祓魔の仕事では力になれそうにもなく・・・」


 力なくそういう母様。

 ほとんど精気を吸ってこなかったウチ等の力はしれていた。


 でも、


「ん?祓魔の仕事?いや、そんなん頼まねぇぞ?」


 キョトンとしてそういう子供。

  

 ウチ等は唖然とした。

 ウチも、てっきりそういう仕事やと思ってたから。

 

「俺が頼むのは、家事とかそういうんだよ。俺、訳あって一人で暮らしてんだ。母ちゃんはもう死んじまってるし、クソ親父は家に寄り付かねぇからさぁ。正直、家ん中ぐちゃぐちゃなんだよなぁ・・・だから、家政婦って感じになんのか?それでも良ければだけど。・・・やっぱだめかこれじゃ?」


 残念そうに言う子供。

 しかし、それは誰かを傷つけたくない弱いウチと母様にとっては蜘蛛の糸に見えたんや。


「・・・いえ、いいえ!むしろ大変ありがたい仕事です!!どうか末永くよろしくお願い致します!!このこの御恩は決して忘れません!!」


 そう言って母様は涙を流しながら土下座した。

 

「や、やめてくれって!そんな土下座とかすんなって!!むしろ、こっちこそ助かるんだからさ。!これからよろしくな!!っと、俺、斬来零士ってんだ!」


 慌ててそう言って駆け寄る子供・・・そう、零士。


 母様を立たせて、二カッと笑った。

 

「ウチは・・・雪織ゆきをと言います。これからよろしくお願いします。主様。」

「主様とかも良いって!零士で良いだろ別に。」

「そう言うわけにも行きませんよ。さぁ、挨拶なさい?」


 母様は微笑んでウチにも挨拶を促す。


「・・・雪羅。どうぞよろしゅう。」

「お?お前、俺と同じくらいじゃね?年いくつ?」

「・・・11。」

「なんだ一個上か。よろしくな!」

「・・・よろ、しく・・・」


 ・・・ああ、なつかしなぁ・・・笑顔でそう言って手を差し出す零士。

 ウチはその笑顔を見て・・・惚れてもうたんや。


 まぁ、


「・・・あ!?冷てぇ!?何すんだ!?」

「こ、こら雪羅!!何をしているの!!す、すみません主様!!お許し下さい!!雪羅!!やめなさい!!雪羅!!」

「・・・」


 ウチは照れくさくて、素直になれへんかったんやけど・・・




 なんや、まだ夢続くんか。

 この後は見たないんやけどなぁ・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る