閑話 琥珀と舞(1)

「んじゃ、俺先に入ってるから。」


 私の目の前の彼、斬来くんが彼の家に入った。

 

 私は、先輩を見る。

 

 この先輩・・・私が人生で初めて勝てないと思い知らされたた女性ひと


 この女性ひとは怖い。

 

 心を読むとか読まないとかそう言うレベルでは無い。

 

 強いて言えば、




『心を読めたとしても知略で勝てない』




 これに尽きる。


 私は、それなりに優秀だと自負している。

 それでも、この女性ひとほどでは無い。


 一見はふわふわしているけれど、頼りになる女性ひと

 それでいて、突発的な事にも対処できる強さを持つ女性ひと


 でも、本質は多分違う。


 この女性ひとの本質は、


「うふふ。準備はできたみたいね〜?」


 ・・・これだわ。

 この全てを見透かしたような思考とその速度。


 これこそが、この人が普通の人とは隔絶している事を示している。


「・・・まさか、先輩が卒業されてまで縁があるとは思いませんでしたよ。」

「あは。そうだね〜。私だって結城ちゃんとこんな風になるとは思いもしなかったもの。もし、そうじゃなかったら、」










『こんな風に上下をしっかりと叩き込みむ必要が無かったのに』










 背筋に冷たいものが走る。

 私は、今先輩の心を読んで冷や汗が出た。


 この人は敢えて私に心を読ませている。


 なぜなら、これまで先輩の心を読むことは出来なかったからだ。


 それは単純に心を読めなかったわけではないわ。

 それなら、ただ警戒するだけで良いもの。


 この先輩の怖いところ、それは、


「心の声が多すぎる、でしょ〜?」



 っ!! 


 ギクリとする。

 図星だからだ。


 ああ、やっぱり、そうだ。

 この女性ひとはしっかりと私の思考を読み切っている。


 今先輩の言った通りなの。


 私は、先輩の在学中にも先輩の心を読もうとした。

 それも何度も。


 だけど、一度ですらしっかりと理解出来なかった。

 

 なぜなら、


「「「「「「◯☓▲□◇◎△▽●」」」」」」


 こんな感じに、いくつもの声が重なって聞こえてきて、何を考えているのかわからなかったから。


 おそらく、先輩は並行していくつもの事柄を思考しているんだと思う。

 だから、私には聞き取れない。


 怖いのは、私が心の声を読んでいる対策としてしているのでは無いという事。


 だから、多分先輩の頭の中では、それが普通なのよ。


 人間はコンピューターでは無いわ。

 だから、そんな風に思考を並行させて考えるなんてできない。

 できるわけがない。


 最初は戸惑ったわ。

 でも、それが理解できた時、私は凍りついた。


 この人には絶対に勝てない。


 敵に回してはいけない。


 そう、思った。


 勿論、物理的なものでは無いわ。

 

 もし1体1の戦闘になったら私が勝つもの。

 でも、多分そうはならない。


 いや、違うわね。

 

 そうならないように誘導する、これが正しいかしら。


 先輩にはそれができる。

 

 なにせ、心なんか読まなくても、この女性ひとは見透かせるから。


「・・・相変わらず、怖い人ですね。先輩は。」

「あっはっは!まぁ、それは気にしないで。なにせ、これからは同じ男を支える立場になるんだし?」


 あっけらかんとそう言い放つ先輩。


 その言葉から考える。


 いや、それはもうこれまで考えて来た。

 だから、


「・・・先輩、一つだけ良いですか?」


 そう尋ねる。


 だって、先輩はおそらく私の結論さえも予測している筈だから。

 

 だから、この儀式は、私が納得するだけのもの。

 彼のそばにいるために。


「勿論、良いよ?」


 私は深呼吸する。

 そして、大きく息を吐き出し、先輩を見る。


「彼は、私でも助けられるかしら?」

「勿論。だって、零ちゃんは変わったもの。私、そしてかすみちゃんの愛情を貰ってね。だから、あなたの心もきっと零ちゃんの傷を癒やす事ができる。いえ、次は貴方じゃなきゃだめなの。」


 先輩の言葉。

 その意味を考える。


 そして理解した。


「・・・次は、私が彼の心を癒やせば良いのですね?抱かれずに。」

「うふ。やっぱり結城ちゃんは賢いね〜?」


 ああ、やっぱり私は、いえ、私達凡人はこの女性の掌の上なのだろう。

 この女性の前では、優秀なだけでは霞んで見えるだけ。


 本当の天才とは、この女性の事を言うのでしょうね。

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