第42話 ああ、あったけぇ・・・
先輩・・・琥珀さんの歓迎会として、みんなで昼食を食べた。
まぁ、挨拶の後、琥珀さんにあてがわれる部屋に行き、ストレージに入れてある荷物を次々と出し、人海戦術で設置をしたので、琥珀さんの部屋は昼にはある程度人が住める状態になった。
後は、ダンボールに入っている私物だけだが、
「それは時間を見て自分でやるから良いわ。」
と言われたので、開けていない。
テレビなんかの設置はしたが、洗濯機や冷蔵庫などはまだストレージに入れたままだ。
ちなみに、うちにはすでに洗濯機と冷蔵庫は二台設置されているので、これ以上設置するスペースは無い。
なぜ二台あるかというと、かすみさんがうちに来た時に使って欲しいと言われたからだ。
いずれは、家の裏手に大きめの倉庫でも建てて、そこに保管しておこうと思っている。
暁月と四之宮も昼食は食べていったのだが、何故か不機嫌そうに見えた。
理由はわからない。
勿論理由は聞いていない。
触らぬ神に祟り無し、だ。
昼食後は、簡単に家の中の説明を琥珀さんにする。
なぜか、暁月と四之宮まで一緒にそれを聞いていた。
なんで?
だが、そんな野暮な事は聞かない。
というか、聞けない。
そういう空気を醸し出していた。
「・・・あたしだけなら・・・いける・・・?」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?そんなのずるい!!絶対だめ!!」
なんか姉妹喧嘩をしていたけど、関わってはいけないのだ。
それが処世術。
うん、大事。
夕飯も食べ終わり、現在はみんな思い思いに過ごしている。
といっても、みんな居間にいるのだが。
暁月と四之宮は夕食前に帰って行った。
暁月はブツブツと何かを考えていて、それを四之宮が必死に止めていた。
ちなみに、舞さんはのほほんとテレビを見ていて、かすみさんはPCを使って何かやっている。
雪羅と夜夢は今風呂に行っていて、琥珀さんは小説を読んでいる。
受験勉強は良いの?
受験生だよね?
そう思って聞いてみたのだが、
「別に問題ないわよ?授業聞いているもの。」
斜め上の回答だった。
すげぇセリフだ。
俺も言ってみてぇ!
ああ、ちなみに俺は現在リビングで、片手で逆立ちして自重を使った腕立て伏せもどきをしている。
今回の件で、身体のキレが落ちているのが分かったから、少し身体を鍛え直そうと思ったからだ。
「零ちゃん凄いねぇ〜。曲芸みたい!」
いやいや、舞さん何言ってんスか!
これが曲芸?
曲芸ってのはこうやるんだ!!
「おおお〜〜〜〜っ!!」
「・・・あなたはどこへ向かっているのかしら・・・?」
俺がその状態で、更に片足を開いて近くにあった椅子をひっかけ、足の裏の上に椅子の足の内の一本を載せ、バランスを取る。
パチパチと拍手する舞さんと呆れた表情をした琥珀さん。
琥珀さん、そのリアクションは俺の求めていたリアクションじゃないっス。
「・・・また、零士がアホやっとるわ。」
「あっはっは!レージやるねぇ?ほいっと!!」
「うおっ!?」
風呂上がりの雪羅が呆れてそう言うのは良いんだが、夜夢の馬鹿がその椅子の上に飛び乗りやがった!!
いきなりの荷重に慌ててバランスを取り直す。
「・・・ありえない体幹してる。どんな訓練したらそんな事できる?謎・・・」
かすみさんの呟く声が聞こえる。
そりゃ簡単だぜ?
死にたくないから頑張ったってだけさ。
「アホやっとらんと風呂いけや。」
雪羅さん辛辣ぅ!!!!!
夜。
俺はベランダでぼ〜っと街の光を眺めていた。
何故か今日は誰も来なかった。
しめしめ!
予定通りだぜ!!
今日は休肝日ならぬ、休股間日だな!!
っと、どうやら来客みたいだ。
コンコンと窓をノックされる。
後ろを見ると、琥珀さんが寝巻き?パジャマ?いや、これ、ネグリジェってやつか?で、窓を開けてベランダに出てきた。
「こんばんわ。何を佇んでいるのかしら?」
「いや、特に理由はねぇさ。ぼ〜っと見てただけ。」
「そう。」
琥珀さんは俺と並んで無言で夜景を見る。
俺の家は裏手が山って事もあるけど、小高い所にあるから、街の景色が良く見える。
夜の空気と相まって、気分が良い。
俺は、夜の空気が好きなのだ。
「・・・色々、ありがとう。」
ポツリ、と琥珀さんが呟いた。
隣にいる琥珀さんをちらっと見る。
「別に良いっすよ。知らねぇ仲でもあるめぇし。俺にできることはこんな事しかねぇんすから。」
これは本心だ。
俺にできるのは、戦う事ってだけだ。
それは、どこに居ても変わらない。
異世界でも。
どうせ俺の手は血まみれなのだから。
自分の手を見ながらそんな風に思っていたら、突然手を握られた。
俺が顔を上げると、琥珀さんは潤んだ目で俺を見ていた。
悲しそうに表情を歪めている。
「・・・今、初めてあなたの心に触れられた。あなた、そんな風に考えていたの?」
・・・どうやら、少し気が緩んでいたようだ。
「ま、実際そうですからね。」
「違う!」
「っ!?」
ぎゅっと握る手に力が込められる。
「あなたの手は私にはとても暖かく、安心できる手よ?この手が私を守ってくれたの。お母さんの仇をとってくれたの!!だから、だからそんな風に悲しまないで!!」
悲しい・・・俺は悲しいのか?
たくさんの命を奪った。
あいつらはそれだけの事をしてきた。
だから俺は納得して命を奪った。
だが、悲しい、そう感じている、のか・・・?
「私、本当はあなたに抱かれに来たの。」
「へ?」
今、なんて言った?
「私には何も無いわ。あるのはせいぜい、色々な人が綺麗だって言ってくれるこの容姿だけ。だから、あなたに返せるものはそれしかないって思ってたから。でも・・・」
先輩は俺を見て微笑んだ。
「好きよ。あなたの事。いえ、違うわね。愛している、かしら。あなたの事、ずっと好きだったわ。でも、今回の事でよくわかった。好きなんて軽い気持ちじゃない。私はあなたを愛している。九重さんや八田さん、それに桐谷先輩や隠岐先生と同じように。」
先輩はそう告げる。
その瞳には嘘やまやかしなんか一切なかった。
「琥珀、さん・・・」
「でも、今日は何もしない。あなたは、もっと癒やされないといけないわ。だから一緒には寝るけれど、今日は何もしない。あなたがしたいって言うなら良いけど・・・でも、あなた自身がそれを望んでいないから。」
そうだ。
俺はそれを望んではいない。
本当は俺なんかで綺麗なみんなを汚したくない。
「大丈夫よ。この家にいる人達は、あなたから汚されたなんて思ってないわ。私だってそれは同じ。もし、してもそんな風に考えない。ちゃんと嬉しく感じるから。でも・・・」
先輩が手を引いて部屋の中へ俺を連れて行く。
そして、そのまま抱きかかえるようにベッドに倒れ込んだ。
「ぐっすり寝なさい?おやすみ、零士くん。」
温かい琥珀さんの胸の中でまどろむ。
心が暖かい・・・
「・・・おやすみ・・・琥珀さん・・・」
すぐに眠くなり、意識が無くなって行く。
だが、何故か琥珀さんと繋がっている感じがする。
ああ、あったけぇ・・・
これ、なんだ・・・?
『あなたへの私の愛よ。みんなからも感じたでしょう?』
頭の中に琥珀さんの声が響く。
ああ、そっか・・・これが愛、か・・・あったけぇなぁ・・・でも、なんで涙が出てくるんだろうな・・・
良いや。
おやすみ、琥珀さん・・・
****************
4章本編はこれで終わりです。
あとは閑話が数話あります。
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