閑話 乙女心 隠岐かすみの場合

 私があの男・・・斬来零士に抱く感情はとても複雑だ。


 恐ろしい

 殺したいほど憎い

 あの強さの秘密を知りたい

 あの男が気になる

 もっと私を気にして欲しい

 etc・・・


 そして何より、私はあの男と出会い変質させられた。


 それもこれも、あの男との出会いとその後のせいだ。



 最初にあの男に気がついたのは、入学式の時だ。


 私はこの学校に来て3年目。

 教員という仕事にも慣れ、追手に対する対策も万全となり、あの何を考えているかわからない化け物『桐谷』が卒業した後、危険視するのは異能を有する結城ただ一人となっていた。


 結城さえ卒業してしまえば、ほぼ安泰だろうという状況であの男を見つけたのだ。


 新入生の中にまぎれこむ猛獣。

 一目見て異常性に気がついた。


 勿論、本人が周囲に力を見せつけているわけでは無い。


 気がつけたのは、隠遁を得意とする忍びの中でも、最上位にいるであろう私だからこそ気がつけた。

 

 ふとした動きの中に見え隠れする動きのキレ。

 だるそうにしているように見えて、何が起きても対処できるように構えている目の動き。

 何より、あの男を観察している私の視線・・・いや、正確にはまだ私だと気がついていないだろうが、誰かに見られている事には気がついているであろう勘の良さ。


 最初、追っ手かと思った。


 だから調査した。


 勿論、最大限に配慮して。

 それこそ、忍びの里に潜入する位の警戒をして行った。


 すると、いくつかの事実が判明した。


 まず、あの男は女と二人暮らしをしているようだ。

 その女はうちの学校の制服を来ているが、あんなに目立つ生徒を見たことが無かった。

 調べてみたところ、二年の転入生だということがわかった。


 そして、その女が人外のモノだという事も。

 しかし、その力はとるに足らない、そう思った。

 使用人として働いているところを見るに、どうも使役しているようだ。 

 

 しかし、人外を使役できるほどの力。

 あの男は危険だ。


 危険は排除しなければならない。


 私は、隙を伺うべく、調査を続けた。


 だが、一ヶ月が過ぎた頃だった。


 あの男が普段と違う動きを見せた。


 すぐに後を追う。


 放課後にも関わらず、あの男は学校から少し離れた山の中に向かっていた。

 

『ヤツの秘密がわかるかもしれない』


 気が付かれていない今こそチャンスだ。

 そう考えた私はヤツの後を追った。


 しかし、それは悪手だった。


「さて、ここで良いかねぇ。こそこそと俺を探って何しようとしているんだ?悪いが逃さねぇぞ?」


 罠だった。


 あれ以来、最大限の警戒をして調査していたので、まさか気が付かれていると思わなかった。


 すぐに逃走しようとしたが、何やら結界が張られていた。

 どうやら、ヤツの使役するあの女が妖気を使って異界を作り上げたようだ。


 あの女のような人外は、大きな力を持てば持つほど、世界に干渉する力が強くなる。

 この異界は強力だ。


 どうやら、あの女も力を上手く隠していたらしい。


 しかし、焦る事はない。

 

 そこそこやると言ってもまだ高校生になったばかりの小僧だ。

 天才と謳われ、里の追っ手すら退けている私に敵うはずがない。


「お?やる気か?」


 私の殺気に反応したのか、そう言って私が隠れている方向を向くあの男。


 幸い、ヤツはある程度開けた場所で仕掛けて来たものの、これだけの森の中で忍びに敵うわけがない。


 アドバンテージはこちらにある。


 私はすぐに遠距離から苦無を飛ばした。







 結果を言えば、相手にならなかった。


 我々忍びには『気力』と呼ばれる生命力を使用し、超常現象を起こす事が出来る。

 俗に言う、【忍術】だ。

 

 それは多岐に分かれる。


 身体能力の向上

 火遁、水遁など、自然現象を起こすもの

 分身などの並列存在を作るもの


 などなどだ。


 だが、


「へぇ?珍しいな〜。魔法じゃねぇし、なんなんだろうなコレ?」


 何一つ通じなかった。


 火遁や雷遁などは全て拳で叩き潰され、苦無は避けられるか弾かれる。

 近接戦闘は熟練の技で、こちらの身体強化を上回るほどの身体能力を見せ、有効打は一切与えられない。


 それだけではない。


 明らかに向こうからの攻撃は私に痛みを与えていたものの、その後に打撃痕は一切無く、混乱する。

 

 私は体力の続く限り戦闘を続けたが、一時間もしないうちに心が折れていた。


 無傷にも関わらず、動けなくなる恐怖。

 あの男が甘いとも思わなかった。


 なにせ、






 向こうは殺そうと思えばいつでも殺すことができたのだから。



 





 あの男の視線がそれを物語っていた。


「貴様・・・一体、何者だ・・・?」


 震える声でなんとか問いかける。

 その時には、忍び装束で隠していた私の素顔もあらわになっていた。


「何者って・・・ただの高校生だけど?」



 ふざけるな!と思った。

 ただの高校生が、この私をここまで圧倒できるわけがない。


「そういうあんたは・・・先生、だな?見たことあるな。いつも隠れているけど。」

「・・・」


 正体もばれた。

 もう、どうしようもない。


 そう観念した。


 殺されるのも、手籠めにされるのも仕方がない。

 そう思っていたのだが・・・


「よし!勝者として要求させてもらうぜ?まずは名前を教えて貰おうか。」

「・・・隠岐だ。隠岐かすみ。」

「そうか。じゃ、俺の要望を伝えるぜ?俺が要求するのは・・・」


 ごくりっと喉がなる。

 

「不干渉だ。」

「は?」


 結局、あの男からの要求はそれだけだった。


 正直、かなり驚いた。

 

 なにせ、その時の私の格好は、怪我こそ無いものの衣服はすでにボロボロで、普段隠している大きすぎる胸もわかる状態になっていたし、長い髪で隠している顔も見えていただろうからだ。


 これでも、里一番の器量良しで通っていたからな。

 肉体もくノ一として申し分ないとの評価も貰っていた。

 何度私の身体を狙って里の男に襲われたかわからんくらいには優れていた。


 もっとも、全て撃退していたがな。 


 だが、あの男の要求は本当にそれだけだった。


 あの男は、


「じゃ、よろしく!隠岐せんせ?」

 

 そう言って振り向かずに立ち去っていった。


 あの男が祓魔師だというのはその後の調査で分かった。

 そしてその偉業も。


 その後も何度もあの男の行状を見た。


 普段のダラけた態度を隠れ蓑に、困った者がいる時、その者にバレぬように助けたり、手伝ったりしている姿を。


 祓魔師の常識を覆す程の強さを有する得体のしれない者。

 普段は面倒がっているが、それでもなんだかんだとこそこそ誰かを助ける優しき者。


 初めての敗北に心を乱されていた私の心は、更にぐちゃぐちゃになった。


 だが、一番驚いたのは・・・










 


 私は、やはり忍びの末裔なのだろう。

 はじめて心から仕えたいと思った。


 恨みがあり、妬みもあり、憧れもあり、そして・・・女としては・・・




 だが、あの男からの要求は不干渉だ。

 だから敗者として私から声をかけるわけにはいかなかった。


 私は、結城や九重、そして一年後には八田と親交を深める所を眺めている事しかできなかったのだ。


 しかし、転機が訪れた。


 あの男・・・斬来から私に話しかけてきたのだ。


 それも、今後積極的に接することができるポジションに就くことが条件の話を持ちかけてきた。


 これは好機だ。


 斬来に私の有用性をしっかりと理解させ・・・いずれは斬来の手で・・・






 

 心の底から屈服させられ、この肉体を貪って欲しい。


 その状況を妄想する。



 ゾクゾクッ!


 ああ・・・なんと甘美な・・・私にこのような面があったとは・・・


 

 斬来、私はお前だけのくノ一になりたい。


 そのためであれば・・・私はなんでもしよう。

 すぐに隷属するのをお前は望むまい。

 だから、基本的なスタンスとしては、お前に屈していないフリをしよう。

 なにせ、お前は九重と八田に傅かれるのを嫌がっているように見えるからな。


 だから当面の間は私の言動はお前に敵対するままだ。

 この心を悟られぬように。


 しかし、いずれは私を支配してもらう。

 お前の望むままに。

 

 だから・・・お前の心は私が癒やしてやろう。

 女の愛を知らぬお前に私がそれを教えてやる。

 待っているがいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る