第2話 芹菜ちゃんは妹

 帯解おびとけに、本の表紙のイラストを提出した。

「あのさあ、帯解。医学とか生物学とかのイラストなら、アメリカに専門の学校があるらしいから、そこに求人出したほうがいいよ」

「ちっ…」「うん?」

 今、舌打ちが聞こえたような…。立派な机の天板の上で、指を組んであごを乗せている。視線は、壁際。

「あのね、めいちゃん? そもそも画家とイラストレーターって、別種の案件を扱っているんだよ? まあ、画家も依頼されて何かを描くことはあるけどさ。後者のほうが、制約が厳しくて、なおかつそこでどうやってクライアントを驚かせてやるかというのが、腕の見せどころでね?」

 涙目である。何だか、最近、母親に似てきたようすの帯解である。

「解ってるよ。京終きょうばてが細密画を描く類いの画家じゃないくらい」

 ようやくこちらを向く。ほっと胸をなでおろす。

「仙台の芹菜せりなちゃんに、京終は使えないって手紙に書くだけだから平気だよ」

 満面の笑み。明ちゃん、こんな子ではなかったはずなのに…。居たたまれず、窓を開けて、外を眺める。

「あっ、雨だ。なあ、帯解さあ。 前から気になってたんだけど」

「ん?」

 帯解が振り返る気配がする。

「芹菜ちゃんって、帯解の何なの? 友達? 仙台なんて遠いところ…」

「いや…」がっと、肩を掴まれる。「逆に、何で、お前が知らない?」

 ああ、山の霧が室内を満たしていくなあ…。

「京終の妹でもあるだろ?」

「いも…うと?」

 ゆっくり首を傾げる。

「いや、いませんけど?」

 眉根を寄せる。

「だから…」

 帯解はホワイトボードの前に立つ。

望月もちづき夫妻がいて、長女がすばる。長男がさかえ

 ちらっと、こちらを見る。うん。頷く。

「で、次実つぐみ博士から卵子提供されて、京終が生まれただろう」

「うん、知ってる」

 字を書く帯解。

「ちなみに、統が僕の母」

 うんうん。こくこく頷く。帯解が再度振り返る。

「で、京終の妹が芹菜ちゃんだよ」

「待って、説明ぶっとばしてるから!」

 帯解は面倒そうな顔をした。

「だから、京終が生まれた時の残りだって」

「ええっ、普通、廃棄しない? そういうの? だって、僕が生まれたのに!?」

 そこで、僕は恐ろしい事実に気付いた。

「ああ…。うちの親…」

 言わずもがな、京終蒼きょうばてあおである。ああ、うーん…。そうだよなあ…。僕が生まれたからって、残りをポイするような人じゃないよな、あの人は。何せ、望月次実博士の狂信者だから…。散々、溜息を吐いたり、部屋をぐるぐるしてから思い至った。

「え? だったら、芹菜ちゃんって帯解の叔母さんなの?」

「そうなるね。父親は同じだから、姉にもなるけれど」

「うわあ…。昔の貴族みたい…」

 政治やら何やらで、「青き血」を守るために、スペインの幼い王子や王女って、早死にだったんだよなあ…。有名な肖像画が何枚も残っている。どこか、病弱らしい芹菜ちゃんと重なる。

「つまるところ、芹菜ちゃんとは何を目的に生まれてきたのかな?」

「だから、育ての親がね、親友のためにってやったことらしいよ」

 帯解の育ての親とは、真実、僕の血の繋がった父親のことである。また、京終蒼なのか…。

「まあ、ミガクさんのことは好きだから、そのことは良かったなと思うんだけどさ。好きな人の子供が欲しいって」

 ミガクさん? どこかで聞いたことがあるような気もするけど…。うちの父親と同じく、望月次実博士のことが好きだったのかな。

「ふうん…。でもさ、芹菜ちゃんを産んだ人っているはずだよね?」

 そこで、帯解は肩をすくめた。

「自分が生まれる前の話なんて、知るよしもないよ」

「ですよね」

 僕は、窓を閉じた。




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