第一話~怪異狩りに目覚めちゃった日①

「じいちゃ〜ん!」

 それはとても懐かしい夢だった。まだ小さく幼い少年が『じいちゃん』と呼ばれた男の元へ駆け寄る夢。少年が自分に駆け寄るのを確認すると、男は優しく抱きしめ、頭を撫でてあげた。少年は嬉しそうに微笑むとあることに気づいた。

 男の左肩には、まるで獣に引き裂かれたかのような大きな傷跡があった───

「じいちゃん、これ……痛くない?」

 心配そうに傷跡を見つめる少年に男は先程より強い力で抱きしめた。

「大丈夫だよ、流架……」

「じい……ちゃん……」



 七月初旬。梅雨が明け直後の日差しが強く、暑さを感じるが、空気が清々しい夏の朝。


 魄桜市はくおうし───古い建造物が多く残っているレトロな雰囲気の観光地で、千年を超える長い歴史を持つ自然に覆われたのどかな街だ。

 周囲を山林に囲まれたつゆり神社は旧家『櫻木家』が代々宮司をしており、魄桜市の中心街である『希星地区きせきちく』から離れているものの魄桜市のほぼ中央に建つ歴史ある神社だ。

 境内の奥にある本宅の隣には年季の入った木造二階建ての一回り小さな家があり、ここには二人の男が暮らしていた。


 ピピピピピッ!!


 目覚まし時計によりつゆり神社の宮司、櫻木流架さくらぎるかは強制的に目を覚ました。

 短い茶髪に銀色の瞳を持つ、齢四十を過ぎた男だ。

「……夢か……」

 目を擦り、ポツリと呟くと、むくりと起き上がった。

「懐かしい夢だったな……」

「流架〜起きてるか〜?」

 幼なじみの男に名前を呼ばれ、流架は「今行く」と返事をした。

 階段を降り、洗面所で歯磨きと洗顔を済まして茶の間へ向かうと、台所からエプロン姿の男性ができたてのサラダを食卓に運んでいた。

 外側に跳ねた黒髪に、赤水晶のような瞳を持つ流架の幼なじみであり家族のような存在、五十鈴輝いすずあきら。小学生の頃、家族が不慮の事故で亡くなってから親戚中たらい回しされていたところ、櫻木家に引き取られた過去を持つが、今となっては悲しみが癒えている。

「おはよう、輝」

「おはよう、流架。朝ごはんもう少しできるから待ってろ〜」

「わかった」

 流架はテーブルの前に座ると朝食を待つことにした。今日のメニューはトースト、輝特製のオムレツとウィンナーにサラダだ。

「お待たせ。おいら特製のオムレツ〜」

「ありがとう、いただきます」

 料理が盛られた皿を受け取ると、流架は早速オムレツを頬張る。ふわふわしていておいしい。

「今日夢でじいちゃん出てきたんだよね」

「夢?」

「ああ。小さい頃、じいちゃんに抱きしめられて、頭を撫でられる夢」

「そっか、良かったな」

 輝は自分と流架の分のコーヒーを淹れながら笑顔で答える。そういえば、と輝は流架に尋ねることにした。

「明日っておまえのじいちゃんの命日だったもんな」

「そうなんだよ。それを伝えるために出てきたかも」

 コーヒーの香りを楽しみながら流架は思い出す。流架の祖父であり、先代宮司であった櫻木流星さくらぎりゅうせいが亡くなってから今年で二十五年になる。

 流架にとって流星は赤ん坊の頃から多忙な両親の代わりに面倒を見てくれたもう一人の父親みたいな存在の人で、いつも笑顔で優しくて暖かくて大好きだった───

「昨日出流から花買うように言われたから行くか」

「ああ」

 輝は即答すると、コーヒーを飲み終えた。

「「ごちそうさま」」

 そんな他愛もない会話を交わしながら、流架と輝は朝食を終えた。



 ***



「流架ちゃん、輝ちゃん、おはよう」

 街では、流架と輝はちょっとした人気者だった。

「おはよう」

「おはよう」

「この間、荷物を運んでくれてありがとな〜」

 彼らの姿を見かけるなり、あちこちから声が飛んでくる。二人は笑顔で手を振り、挨拶を返した。

 流架はつゆり神社の宮司であることを皆知っているし、それに彼にはある特性があった。

「流架さん、ちょっといいですか?」

 十代後半くらいの一人の若い男に呼ばれ、流架たちは足を止め、振り向く。

「どうした?」

「実はこの間友達と心霊スポットに行ってから肩がすごく重くって……んで見たら痣が出ていて……」

 男は、不安げな表情でシャツの第二ボタンまで開けて右肩を見せてきた。確かに誰かに掴まれたかのような痣がくっきりと浮かんでいる。

「あぁ〜これは間違いなく、霊に掴まれた跡だな。後ろに髪の長い女性の霊がいるし」

「ええ、やっぱり俺幽霊に取り憑かれていたんですか!?」

「大丈夫、すぐ治るから。兄ちゃんに任せなさい」

 そう言うと、流架は男の肩を優しく撫でる。すると青年の肩の痣は徐々に薄くなり、最後は綺麗に消えてしまった。同時に女の霊も恨めしげにこちらを見つめながら消えていった。

「えっ! 消えた!? それに肩軽くなってる!」

「な、言っただろ?」

「ほ、本当だ……ありがとうございます、流架さん!」

 男はお礼を言い、その場を去った。流架は軽くため息を吐いた。

 実は流架含む櫻木家の人間は生まれつき霊感と霊力を持つ家系なのだ。しかし霊感と霊力の強さはバラバラで流架の場合、霊感と霊力どちらとも強い。

 おかげでこんなふうに、簡単な除霊とかを頼まれることも少なくない。

「流架、相変わらず霊の扱い上手だな」

「まあ……じいちゃんに叩き込まれたからな……」

 輝に褒められ、流架は照れくさそうに返答する。

「おまえのじいちゃん、本当にすごいよな。人柄もいいし、すごく尊敬できる人だよ」

「当たり前だろ、俺の自慢のじいちゃんだ」

 流架は満面の笑みで答えると、輝もつられたように笑った。

 花屋に着くと、店員の女が親切に花の種類や花束の説明を読み上げてくれる。流架は菊の花と黄色いカーネーションを選ぶと店員に代金を支払い、花を受け取った。

「ありがとうございました〜」

 流架たちは店員に見送られ、花屋を後にした。袋には、先程買った菊の花束と黄色いカーネーションが入っている。

「暑っつぅ……早く帰ろう。このままだと溶ける」

「だなぁ。なぁ、本宅まで競走しないか?」

「はぁ? この暑い中、やるわけねーだろ」

「ははっ、冗談だよ……なんて、スキあり!!」

「あっ! ずりぃ! 待てよ!!」

 走り出した輝を、流架は慌てて追いかける。その様子を見ていた人々が微笑み合い、暑い夏の日差しが少し和らいだ気がした。

 そんな彼らを離れた木の上から、キラリと光を放つ双眼鏡を覗いた人物がいた。

「───あいつらがマスターが言ってた櫻木家の人間か……お手並み拝見といこうか」

 夜闇色のマントに身を包み、顔はフードを深く被っていて見えなかったが、口元に弧を描くと空気に溶け込むように消えていった。

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