SLに揺られて
能依 小豆
SLに揺られて
——帰りたい
SLに揺られながらそんなことを願ってしまったのは恋人を置いて遠方へ旅立った者は皆思うことなのだろうか。私は駅で見た彼の姿を思い出していた。
『離れていても心はずっとお前のそばにいるから。』
別れ間際に私に伝えた言葉。思い出すだけど頬が紅潮してくるのがわかる。
「ちゃんと想いを伝えられていましたか。」
もうずっと後ろの駅にいた彼に問いかける。私は、彼がくれたバスケットにそっと触れる。「冷たっ」と小さくこぼせば、向かい側に座っていた老夫婦が可愛いものを見るように笑う。
このバスケットは彼が『お昼に食べてね』とくれたものだ。もうそろそろお昼時なのでバスケットの上に被せられた布を取ると、どうやら中身はサンドウィッチのようだった。夏場なので腐らないように氷も入れてくれたようだ。今冷凍技術の衰退で氷は高いのに。不器用な彼が作ったサンドウィッチは、形は歪で、挟まれている具材ははみ出ている。それでも、彼の私に対する愛情が感じられる。
「不器用じゃの。君の彼氏は。」
サンドウィッチを眺めていると向かいの老夫婦の男性が話しかけてきた。
「そうですね。でも、作って、持ってきてくれたという、そんなことでも嬉しいんです。」
「いいこねぇ。私もこの人が戦争に行く時料理なんてほとんどやったことがなかったのにおにぎりを作ってやったかねぇ。」
女性は昔のことを思い出しながら懐かしそうに語ってくれた。
「おじいさんは戦争に行かれたんですか?」
「ええ。もう四十年も前のことですけどね。ほら。」
そういうと男性はジャケットを脱いで左腕をこちらに向けた。向けられた腕の先には手首から先がなかった。
「えっ……」
「戦場で運悪く隣で突撃していった奴が地雷を踏んでね。どうにか直撃は免れたが爆風で左手が吹き飛んでしまったんだよ。」
「そんな……生活は苦労しないんですか?」
「それは苦労の連続だよ。手紙一つ書くのも大変だし、ご飯を食べるのもお茶碗を持って食べられないからね。それでも利き手の右手を失うよりは生活には支障はないよ。それにもう慣れたしね。」
そんなことを話していると、私が降りる駅が近いと、車掌さんが言っていた。
「すみません。私は次の駅で降りるのでそろそろ失礼します。貴重なお話ありがとうございました。」
汽車を降りると私は手の中に布を被せたままのバスケットがあることに気づいた。どうやら話すのに夢中でサンドウィッチを食べ損ねたようだ。
「迎えの車が来るまで少し時間があるから食べようかしら。」
私はそう呟いて、近くのベンチに座り、バスケットの中のサンドウィッチを頬張った。
「美味しい……ちゃんと野菜と、ハムのバランス、マヨネーズが混ざっているわ。」
食べ終わって少し待っていると大きなエンジン音を立てて迎えの車がやってきた。
「おーい!」
そう言いながら車から身を乗り出して手を振っているのは私の叔母だ。今回大学に通うために居候させてもらうことになっている。
その日の夜、居候させてもらっている叔母の家に、彼から電話が来た。
『どうだい?そっちの生活にはもう慣れた?僕は君がいないから心にポッカリと穴が空いた感じだよ。』
と彼は悲しそうに語る。
「私もよ。いつでもあなたに会いたいわ。でも、心はいつもあなたのそばで寄り添っているわ。」
『僕もだよ!辛かったらいつでも戻っておいで。僕はいつでも待ってるから。あっ、ご飯だって。ごめん、また電話するね。おやすみ。』
そういうと彼は電話を切った。私も受話器を置いて、叔母にお礼を言うと、「好きに使っていいよ」と言われている部屋に入った。誰もいないことを確認すると、枕に顔を押し付けるようにして、泣いた。そのまま泣き疲れて気づくと朝になっていた。
私の旅は、まだ始まったばかりだった。
END
SLに揺られて 能依 小豆 @azukiman
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