第13話 またもや国難 西日本大震災

近未来社会派小説


 飯田内閣は4年目を迎えていた。飯田内閣の柱である防衛・経済・教育はある程度の成果を示してきていた。支持率は60%台をキープしている。当初の支持率を維持しているのは、今までの歴代の内閣では見られなかったことである。飯田内閣は、このまま任期を終えて、2期目に入ると思われていた。ところが、天災は忘れたころにやってくる。その日がやってきた。

 6月12日(月)早朝5時30分。高知沖を震源とする大地震が発生した。

 東京は震度5弱。飯田は目を覚ましていたので、即TVをつけた。

「震源はどこだ!」

 隣室にいた第2秘書の武田が寝間着がわりのトレーニングウェア姿で飛び込んできた。柔道4段、剣道2段の武闘派の秘書で、どちらかというとガードマンの役割を果たしていた。タブレットを手にし、ネットで情報を調べている。

「震源地がでました。高知沖です。M9です」

「なに! M9! 南海トラフか!」

「震度がでました。高知震度7・徳島・和歌山・大阪震度6強」

「武田くん、防災会議のメンバーを召集だ。地下の防災対策室にすぐに集まれと連絡しろ!」

 飯田はすぐに着替えて、地下の防災対策室に向かった。その時間15分。対策室に入ると、官房長官の前田が既に来ていた。

「さすがに早いな」

「私の部屋は地下ですから・・」

「原発はどうなってる?」

「原発の画面を見ると、全て緊急停止をしています」

「冷却水の供給は?」

「グリーンランプがついていますので、問題はないかと」

「今のところ大丈夫だな。電源確保の情報を確認しておいてくれ」

「はい、原発担当のメンバーには何かあったらすぐに報告するようにと伝えてあります」

「津波がくるとなるとそろそろだな」

そこに秘書の武田の叫び声が響きわたった。

「総理! 高知に津波の一波がきました。映像がでます」

そこには2mほどの津波が映し出されていた。

「こんなもんじゃない。この波が引いた第2波の方が大きい。堤防を越えてくるぞ」

 そこに防衛大臣の浅川が駆け込んできた。浅川は、東日本大震災の時の宮城県知事だった。

「10mの津波がくるかもしれませんよ。それと川を遡上するので、川沿いの町にも警報を出してください」

「ただの警報では足りません。川沿いの人たちも高いところに避難するように言ってください。堤防決壊や橋に倒木などが引っかかって、そこからあふれてくるんです。大川小学校がそうでした」

「各放送局にテロップやアナウンスで流すように伝えます」

武田がまた大声で叫んだ。

「総理! 大阪で火災発生です!」

「ナニ! どこだ」

「映像がでます!」

 大阪湾の埋め立て地で火災が発生していた。どこかの倉庫から出火したようだ。消防車は来ていない。地震の影響だろうか? それとも他の場所でも火災が発生しているためだろうか?

「これはあかんぞ」

「総理、関西弁でしゃべっている場合じゃないですよ。大阪府知事から電話が入っています」

「矢野さんからか!」

 矢野は飯田の後任の大阪府知事で、飯田シンパだった。

「総理、大阪が大変です。道路が寸断され、各地で火災が発生しています。緊急事態です。防衛隊の出動をお願いします」

「矢野さん、分かった。早速、防衛隊を出す。それまで消防・警察で耐えてくれ!」

「分かりました。何とか頑張ります」

またまた武田が叫んだ。

「総理! 和歌山と徳島の知事からも電話が入っています」

「よっしゃ、すぐに出る」

2県とも大阪と同様の依頼だった。広範囲に被害が広がっていることは明白だった。

「武田くん、高知県からの連絡はないのか?」

「電話が通じません」

「電源が落ちたのかもしれない。自家発電に切り替わればいいのだが・・無線は?」

「担当が呼びかけていますが、応答がありません」

「総理、知事の依頼はありませんが、偵察機を飛ばします」

「浅川さん、頼みます。高知県知事は旧与党派だけど、そんなことは言ってられない。緊急事態だ!」

「各防衛隊に、災害出動を命じました」

「浅川さん、被災地の近くで航空機が着陸できるところはありますか?」

「防衛隊奈良基地が近くにありますが、ここはヘリ専用です。飛行機となると、高松空港が使えるかと・・」

「前田さん、早速連絡してくれ」

「了解しました」

「浅川大臣、防衛省から連絡が入っています!」

 浅川は、しばし電話でやりとりをしていた。

「総理、基地司令の一部から職業選択訓練を中止してほしい。と要望が出ています。指導にあたっている隊員も非常時には災害出動にあたることになっているのです」

浅川大臣の話を聞いた前田官房長官は顔を紅潮させて、

「総理、職業選択訓練は今年始まったばかりです。それを中途で終えることは、汚点を残すことになります」

「ですが、指導員の多くが訓練現場を離れます。自主訓練をさせるのですか」

「職業選択訓練は飯田内閣の政策の目玉のひとつです。指導員を確保して災害出動はできないのですか?」

「何をバカなことを! 訓練は指導員だけでなく基地のスタッフ全員が関わっています。厨房担当の隊員や、救護室の医師や看護師も被災地に行くのです。そんな基地で訓練ができますか? それに災害出動マニュアルは隊員全員が出動という原則になります。それを変更することは、迅速な対応ができないということですよ」

浅川大臣の剣幕に、前田官房長官は返す言葉がなかった。二人のやりとりを聞いていた飯田が口を開いた。

「分かった。浅川さんの言うとおりだ。訓練は中止だ。6月中に災害出動が終わるとは思えない。事実上解散だな」

「残念です」

前田や首相側近の職業選択訓練を推進していたメンバーは一様に肩を落としていた。

 そこに武田の叫び声が響く。

「偵察機からの映像が入ります。高知が大変です!」

 そこにメンバー全員が、大型モニターに見入った。高知平野と思われるところが、水びたしになっている。

「高知県庁は?」

「画面の上部です」

「周りは水びたしじゃないか! 建物も崩れている。海から10kmは離れているところだぞ」

「川沿いにあるからですね。あふれたんですよ」

浅川大臣が自身の体験から話した。

 そこに無線が通じたという連絡が入った。

「総理、高知県知事は自宅が崩壊し、亡くなったそうです。今、副知事が無線に出ています」

「わかった。すぐに出よう」

 飯田は、お悔やみを伝えた後、防衛隊の災害出動を伝えた。高知には海からの災害救助隊を派遣するのが最善と思われた。大型ホバークラフトを駆使する海上防衛隊の部隊だ。


 地震から6時間が過ぎた。原発は問題ない。福島での経験が活かされているようだ。防衛隊の各部隊は災害出動に出発し始めた。そこに、またもや防衛省から浅川に電話が入った。

「総理、訓練生から自分たちも被災地に行きたい。との申し出が出ています」

「訓練生が!」

「訓練生が行ってくれるなら、人員は倍以上になります」

「大きな戦力になるな。これも訓練の一環とすれば問題ないか」

「早速、各基地に伝えます」

「浅川さん、あくまでも希望者だけにしてくださいよ」

「その分の手当がでるなら希望者は多数ですよ」

「予算はとってありますから大丈夫ですよ。前田さん、防衛隊以外の施設で訓練している訓練生にも希望者を募ってください。不公平になっては困りますからね」

「了解しました。早速、連絡します」

職業選択訓練をしている若者たちが、被災地に行ってくれることは大きな収穫だった。それこそ職業選択訓練だけでなく、人間教育からも大きな意味があるからだ。関係先への連絡が終わって、一息ついたところで飯田は浅川に話しかけた。

「浅川さん、偵察機に私が乗ることはできますか?」

「本来の業務に差し支えないのは2名までです」

「分かりました。現場には総理と言わずに乗せてください。武田くんと二人で乗ります。前田さんは、ここをお願いします」

「了解しました。現場には取材で乗ると言っておきます」

「そうしてください」

と言うと、飯田と武田は早速ヘリに乗り込み、朝霞基地に向かった。


 夕方の防災対策室には、防災会議のメンバーが集まってきていた。全員が、飯田総理が乗る偵察機の映像に見入っている。和歌山の串本あたりから津波の被害が大きい。地形もだいぶ変わっているようだった。和歌山に近づくと、火災が多く見られ、防衛隊のヘリが散水をしている。しかし、焼け石に水の状態としか思えなかった。大阪も同様だ。大阪城は半分崩れている。海沿いは壊滅状態だ。

 神戸は比較的被害は少ない。阪神淡路大震災の経験が活かされ、火を出さない意識が住民たちにあったのだろう。高松も被害は少ない。空港も機能している。ただ、周辺は停電だ。空港は自家発電で誘導灯をつけているらしかった。

 四国山地を越えると、悲惨な状況が待っていた。高台以外は水びたしだ。多くの建物が崩れている。

「すさまじいな。モニターで見るよりひどいな」

「そうですね。こんなに広がっているとは・・・」

 3時間ほどで、偵察機は朝霞基地に戻ってきた。降りる時、パイロットが

「総理、お世話さまです。我々の業務をご覧いただき、ありがとうございます」

それを聞いて、飯田は一瞬ためらったが、

「ご苦労さんでした。激務の中、こちらこそありがとう。今回の視察、無駄にはしません」

「そう言っていただくと、疲れもふきとびます」

と言って、パイロットは最敬礼で飯田と武田を見送った。


「武田くん、今回は総理というのは内緒ではなかったのか?」

「浅川大臣は内密に手配したのでしょうが、乗ってきたヘリが官邸専用ですし、総理の顔は皆知っていますよ」

「確かにそうだな」

と言いながら、官邸専用のヘリに乗り込んでいった。


 官邸地下の災害対策室に戻ると、対策メンバーがそろっていたので、全体会を開催した。進行役は前田官房長官だ。

「では、まず初めに浅川大臣から現段階での状況を報告願います。よろしくお願いします」

「防衛隊は、災害出動マニュアルにのっとって活動を始めています。津波があったところは波がひいた時点で活動を始めます」

「現在の課題は?」

「訓練生も被災地に入っているので、その割り振りです。マニュアルにないことなので、各部隊で調整中です」

「皆さんも現状報告と課題を言ってください。それでは次に国土交通大臣お願いします」

「被災地の国道・高速道路は使用不可能です。防衛隊にがれきの撤去を依頼しています」

「時間がかかりますね。次に原発担当者お願いします」

「原発は全て停止しています。冷却水の循環のための緊急電源は正常に稼働しています。津波を受けた原発はありません」

「油断をしないで、監視を続けてください。フクシマの二の舞はまっぴらご免です。次は自治大臣お願いします」

「避難所の確保を手配中です。自治体に連絡がつかないところがあり、避難所設置がどこまでいっているか不明です」

この報告を受けて、飯田が声をやや荒げて

「対応が遅い! これから夜になります。早急に緊急発電で避難所を設置しないと行き場のない人たちが出てきます。無線が通じない自治体にはヘリを飛ばして、確認してください。何ならヘリが着陸できるところを避難所にしてください」

「了解しました。早速対応します」

「ここで、地震学会の米川教授から今回の地震について説明があります」

「まだデータを解析中なので、はっきりしたことは言えませんが、今のところ想定していた南海トラフの震源地とは違っています。もしかすると、南海トラフの前兆かもしれません」

それを聞いて、全員が呆気にとられた。

「この被害で前兆とは? では本当の南海トラフが起きたらどうなりますか?」

「想定では、この倍。地域も四国全域と静岡から鹿児島までの太平洋側が被害にあうと考えています」

「それはいつのことですか?」

「データでは10年以内。もしかしたら明日かもしれません」

「神のみぞ知るだな」

と飯田はポツリと言った。


 震災から18日が過ぎ、6月末日となった。小さな余震は続いたが、震度4を超す余震はなく、比較的安定した日々が過ぎていた。津波を受けた地域も水が引き、防衛隊や訓練隊の献身的な活動で、がれきはほぼ撤去されていた。避難物資も各地から運び込まれ、仮設住宅の建築も始まっていた。

 亡くなった方は、1万8000名を越えた。行方不明も5000名以上。東日本大震災とほぼ同様の被害者数だ。復興するまでには、10年はかかると思われ、飯田は閣議で次のように話した。

「この先10年は復興に集中するぞ。スポーツの国際大会や国際的イベントの招致は今後10年間なしだ。東日本の復興がオリンピックの影響で長引いたことを思うと、やってられん」

「それでは以前あった札幌でのオリンピック誘致は白紙ですね」

「だれが考えても無理だろ。北海道知事も消極的だった。やりたいのは、どこぞの妖怪だけだ」


 災害出動の解散式を奈良基地で開催することになった。飯田は、前田とともにヘリで向かった。そこには泥にまみれた防衛隊や訓練隊の隊員がいた。この解散式の様子は、TVやネットで全国に中継されている。そこで、飯田が壇上に立って挨拶を行った。

「皆さん、よくやった! お疲れさん!」

 飯田は、そこで拍手をした。すると、そこにいた面々が次々と拍手を始めた。拍手があらかた収まったところで、飯田が口を開いた。

「そして、この大震災で亡くなった方々の冥福をあらためて祈りたい」

と言って、頭を下げて目を閉じ、祈りを捧げた。前田は総理の原稿を事前に読んでいたが、シナリオにないこの総理の行動に驚いていた。(これが飯田流なんだよな。一瞬で人の心をつかむ技、それがわざとらしくない。オレには無理だな)

 1分ほどで祈りが終わると、

「日本はまたもや復興の日々を迎えることになりました。しかし、その一歩目に皆さんの大きな力がありました。私だけでなく、国民のだれもが感謝の念を抱きました。ありがとう」

一言一言を大事に話していた。と、その時訓練生の一人が手をあげた。

「一言話をさせていただけますか」

と大きな声をあげた。訓練隊の指導員たちが制止しようとしたが、

「いいでしょう。どうぞ」

と飯田は優しく声をかけた。

「訓練生の柴田といいます。この3ケ月、最初は集団生活がいやでした。でも、何の夢もなかった私に、いろいろな職業の訓練をしてくださって、自分なりにやりたいことが少しずつ見えてきました。そして、この大震災。とても大変でした。でも、喜びもありました。行く先々で感謝されることは、とても貴重な体験でした。この先、まだ職業は決めていませんが、金儲けや生活のための仕事ではなく、人のためになる職業につきたいと思っています。夢のなかった私に夢をもつことを教えてくださった飯田総理や訓練隊の指導員の皆さんに感謝申し上げます」

 麟とした声はマイクなしでも周りの人たちに聞こえた。中継したTV局も音を拾うことができたのである。すると、訓練生の中から大きな拍手がわき起こった。それが、防衛隊の隊員まで広がるのに時間はかからなかった。

 飯田は、目頭が熱くなっていた。そして、半分涙声で

「こちらこそ、ありがとう」

と言って、壇を降りた。その後、ハンカチで目をぬぐっているところがTVに映っていた。そのTV中継を見ていた防衛大臣の浅川は、

「飯田さん、よかったですね。これが私たちがめざした日本再生なんですよね。いいスタートが切れました」


 飯田内閣が1期目を終えようとして、来週からまた選挙戦が始まるという時、1通の手紙が飯田宛で届いた。

「総理、住所が書いていない不審な封書です。ただ、名前は西郷隆志となっています」

「西郷隆志? あの本の著者か?」

「私があけてよろしいですか?」

「うむ、頼む」

 武田は、慎重にペーパーナイフを入れた。時々、封書の中にはカッターナイフの刃が入っていたりすることがあるのだ。だが、今回はA4の紙1枚だけであった。武田はさっと目を通すと、それを飯田に渡した。

「問題ありません。どうぞ」

「ありがとう」

そこには

「飯田総理、この5年間お疲れさまでした。まさに、日本の変革の日々でした。私が書いた本のとおりではありませんでしたが、日本の良さを見つめ直し、日本の良さを取りもどす日々だったと感じています。国民の一人として、心より感謝申し上げます。今は震災後の復興の日々です。ぜひ、今後も国民のために汗を流していただければと思います。影ながら応援しています。追伸、私の本を出版したことで北沢社長が亡くなられたことに胸を痛めております。今後、私が本を出すことはないと思います。    西郷隆志」

「ありがたいことだ。もしかしたら、この人がいたから今の日本があるのかもしれんな」

「そうかもしれませんね」

 飯田は新たな日々に向けて初心に戻る決意を強くした。

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