第10話 最低賃金引上げ
近未来社会派小説
近澤労働大臣が辞職し、後任にはこれまた労組出身の久保真紀を任命した。女性初の労組トップを経験した人物である。その久保が、飯田が困惑する政策を打ち出してきた。
「総理、国会に最低賃金引き上げを提案しようと思っています」
「それは私も考えていました。それで、いくらにするんですか? 1300円ぐらいですか」
「そんな場当たり的な金額ではありません。思い切って2000円にします。それも全国一律で」
「全国一律で2000円とは無茶な!」
「無茶とは何ですか。アメリカやオーストラリアは、それよりも高いんですよ。ワーキングホリデーを利用して出稼ぎをしている日本人が増えていることも事実なのです。それに全国一律にすれば、地域格差がなくなり、都会集中が減ります」
「地方の零細業者が支払いできるのかね?」
「経営が厳しい零細業者には返済期間を定めない無利子貸し付けを行います。当初は厳しくても、実状に応じた経営をすれば雇う人数も確定してくると思います」
「非正規雇用がかえって増えてくるのでは?」
「正規雇用の給与をアップした方が、経営者のプラスになるような仕組みにするのです」
「それはどういうことですか?」
「パートのシェア制度です」
「シェア制度?」
「複数の企業がパートさんをシェアするのです。例えば、月・火はA企業、水は休み、木・金はB企業、土は休み、日はC企業というようにシフト制をとればパートさんは、正規雇用と同じような給与を得ることができます。経営者も忙しい時に労働者を確保できるのでプラスになります。経費をおさえたいのであれば、正規の社員にすればいいのです。それに、今まで見られた派遣切りやパート切りに関しては、企業側には罰金を科します。派遣社員やパートをやめさせる場合は、別の勤務先を見つけないと2000時間分の時給を退職金として支払わせます」
「2000時間分だと400万円! ほぼ年収ですね。これでは派遣切りはメリットなしだ」
「そうすれば、正社員で雇用した方がいいという発想になりますね」
そこに官房長官の前田が疑問を発した。
「それともうひとつ。給与が増えれば、法人が納める税金が減るのではないですか?」
「官房長官は法人税をたくさん取りたいのですか? 社員の給与が増えれば所得税が増えますからプラスマイナスゼロでは?」
「これは久保さんの勝ちだね」
飯田は、苦笑いしながら二人を見ていた。
この法案は、国会の審議を経て一部修正をして可決された。修正された箇所は、罰金を最低200万円とすることに決まったことだ。久保大臣は、苦虫をかんだ顔を見せていたが、後に飯田と話をした時は、
「ほぼ満点ですよ」
と笑みを浮かべていた。
「さては、ふっかけましたね」
と、飯田が言うと久保は謎の笑いを見せるだけだった。
この最低賃金法可決により、就労者が格段に増えた。国の補助が得られる看護・介護事業には、より多くの就労者があり、人手不足はある程度解消されていったのである。経営者側は最低賃金引上げに抵抗を示していたが、人手不足の解消や法人税の減額に結びつくので、反対の声は少なくなっていった。
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