第6話 労働大臣の暴走
近未来社会派小説
マスコミに情報をもらした近澤労働大臣の秘書は、当然のように退職させられた。国会議員時代からの第1秘書だったので、近澤は退職させることを渋ったが、総理の飯田から厳しく追求されて、クビを切らざるを得なかった。充分な退職金を与えたが、マスコミとのつながりは続き、マスコミは近澤の周辺を嗅ぎまわっていた。
そんな時、表面化したのがホームレス問題であった。ホームレス全員に職業を斡旋するために、一定の場所に隔離して職業訓練を実施するという話である。それはそれで善政のように感じられるが、問題は強制的に収容所に送られるということだった。それはまるで、戦後の浮浪児狩りの様相と重なったのである。
またもや、国会の国政審議会では荒れた論争が始まった。
「労働大臣、ホームレスを強制収容所に入れる計画があるそうですが、いかがですか?」
「強制収容所というのは誤解です。正確には職業訓練合宿所です」
「名前はともかく、出入りの自由のない施設には変わりないですよね」
「出入りの自由を認めたら、またホームレスに逆戻りになってしまう可能性があります」
「そうかもしれませんが、人権問題にあてはまるのでは?」
「人権問題には当然配慮していきます。しかし、衣食住の確保をして訓練をするのに人権問題を言われるのは心外です」
「確かに衣食住は足りるかもしれませんが、ホームレスの道を自ら選んだ人もいます。その人にとっては、自由が阻害されるわけですから、人権問題では・・?」
「C議員は、自ら望んだホームレスを野放しにせよというのですか?」
「それもやむなしかと」
「なんとばかなことを!」
「ばかとはなんだ!」
審議会は騒然となった。国会で「ばか」と発言すれば、国会侮辱罪の対象となる。議長は、即「休憩」の判断をした。
休憩中、近澤は飯田と官房長官の前田と話し合いをもった。
「近澤さん、国会議員相手にあの発言はまずいですよ」
官房長官はしかめっ面で、近澤を問い詰めた。
「申しわけないが、制御がきかなかった。ホームレスをなくす政策が無に帰するかもしれないと思ったら・・。ホームレスは社会から逃げ出した人たちのように思われていますが、実は日本社会が産み落としたものです。弱者を救わない強者の論理から産まれたものです。その人たちを救うためには、強制であっても国が援助しなければならないのです」
「その思いはわかりますが、・・これからどうするつもりですか?」
「やめます」
「やめるって、何を?」
「大臣をですよ。このままだと国会を混乱させることになるし、だいたいオレは大臣をやるガラじゃなかったんですよ。周りでワイワイやっている方が似合っているんです」
その言葉を聞いて、飯田が口を開いた。
「私は、あなたならやってくれると思っていたんですが・・」
「総理の心遣いは嬉しく思います。でも、人を使うことは性分に合わないんです。自分でやっていく方が合っているんです」
「仕方ないですね。それでは近澤さんが辞表を出したということで、休憩後は私が答弁します」
休憩後の国政審議会に近澤の姿はなかった。飯田が答弁に立った。
「近澤労働大臣は先ほど辞表を提出し、私はそれを受理しました」
「謝罪はなしですか」
「別な場で謝罪の会見をすると申しておりました」
「ホームレス対策も白紙ですか?」
「その件については、次の労働大臣が決まってからの検討課題になりますが、少なくとも強制ではないと考えております」
「それでいいんです。人権は何より優先です」
飯田をはじめ、その場にいた議員たちは人権優先でホームレスが増えることが、社会のためになるのか大いに疑問を抱いていた。飯田は、ホームレスを産まない社会を作る必要があるとあらためて感じていた。
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