第5話 徴兵制採用か?

近未来社会派小説


 内閣支持率が回復したのもつかの間、各社週刊誌に

「徴兵制採用か?」

という見出しのついた憶測記事が流れた。政府は徴兵制を導入するために18才の国民全員を強制的に軍事訓練をさせる計画があるという内容だった。

 飯田はすごい剣幕で官房長官の前田を呼び出した。

「官房長官! これはどういうことだ? 訓練の話は限られた者しか知らないはずだ!」

「先ほど、労働大臣から秘書の友人がマスコミにいて、そこから漏れたようだ。と報告がありました」

「すぐに記者会見だ。このままでは憶測が真実になってしまう」


 翌日、記者会見が開かれ、徴兵制は検討していないこと。軍事訓練も予定していないことを明言した。しかし、記者団は火のないところには煙はたたないと思っているらしく、納得のいかない顔をしていた。とりあえず記者会見は終わった。その後、飯田は官房長官・防衛大臣・労働大臣・教育大臣を召集して今後の対策を話し合った。

 翌日の国会の国政審議会では、このことが話題になった。急先鋒のA議員が、

「総理、労働省の内部では、18才の若者に訓練を行う計画があると噂されていますが、これは軍事訓練ですか?」

「A議員は噂を信じていらっしゃるのですか?」

「信じるも何も、それを確かめるのが私たちの仕事です。議員の質問に答えるのは総理の仕事では?」

「確かにA議員の言うとおりです。実は訓練の計画はあります」

との総理の発言に、審議会のメンバーから驚きの声があがった。まさか総理が認めるとは誰も思っていなかったからだ。

「訓練と言っても、軍事訓練ではありません。いわば職業選択訓練というものです。詳しい内容は労働大臣が説明いたします」

 議長から促されて近澤労働大臣が答弁に立った。

「訓練の正式名称は決まっていませんが、18才になった4月1日から3ケ月間、宿泊を伴った訓練を行います。これは若者の職業とのミスマッチを少なくするために、希望する職業の適応性を見定めるために行う訓練です。それで総理は、職業選択訓練と言ったのだと思います」

「それは強制ですか?」

「事情があれば猶予はできますが、一度は参加する義務を負うというように考えております」

「障害者もですか?」

「もちろんです。その人にあった職業を選択するための訓練ですから療養中の人も含みます」

「病人もですか?」

「病院はもともと宿泊を伴う施設ですから、それぞれの事情に応じた訓練ができると思っています」

「費用はどうするのですか?」

「全て国費です。訓練生には相応の手当を支給する予定です」

 A議員の質問が終わったので、議長は次のB議員を指名した。B議員は事情通で知られている。

「私のところには、訓練地が防衛隊の基地になるという情報が入っています。防衛大臣、この件は本当ですか?」

 防衛大臣の浅川は(待ってました)という顔をして、答弁に立った。

「労働大臣から訓練場所の問い合わせがあり、防衛隊の基地を使えることができるかということでした。私は使えると答えました」

「やはり政府は軍事訓練をする気があるのでは?」

 浅川がさっと下がったので、飯田総理から促されて労働大臣の近澤が答弁に立った。

「B議員は勘違いされているようですね。対象は、100万人近くになります。まさかホテルに泊めて訓練するとは思っていないと思いますが、宿泊設備のある合宿所は限られています。その点では防衛隊の基地はそん色ない施設と言えます」

「訓練は防衛隊のマニュアルにそってやるということは?」

「職業選択の訓練ですから、職業の種類によって変わります。ただ、6時起床、10時消灯は共通にしたいと考えています。土日はもちろん自由です。自宅に帰ることも旅行にも行けます」

「まるで、小・中学校の合宿ですね」

「そのイメージはずれていないと思います。大事なのは社会性を身につけ、自分に合う職業を選ぶことです」

「大学進学を予定している者は休学するのですか?」

 そこで教育大臣の小嶋が手を挙げ、答弁に立った。

「教育省としては、大学入学を9月からとすることを検討しています。訓練を終えた者が大学進学を希望する場合、7月に入学試験を行い、9月入学とすれば問題は少なく、海外からの留学生の受け入れもスムーズに行えます」

「最初に選んだ職業が合わないと判断した場合、訓練はキャンセルできるんですか?」

 またまた近澤労働大臣が答弁に立った。これも想定内の質問だった。

「不適応な人は出てくると思います。その場合は、別の施設でサポート訓練を受けることになります」

「この訓練はいつから始まるのですか?」 

 この質問には、近澤は当惑を示した。そこで、飯田が手を挙げ、答弁に立った。

「まだ検討段階ですので、さだかではありませんが、早くても来年度に法案を提出し、1年間準備し、3年後に実施という方向で考えています。スムーズに運べば、今の高校1年生が卒業の段階で実施になると思います」


 翌日の新聞には「高校1年生、卒業時に強制的な3ケ月間の職業選択訓練」という文字が躍った。当の高校生は自由がなくなると抵抗を示したが、自分の将来を決める大事な3ケ月間になるということが分かると、反対の声は少なくなった。社会からは若者の離職率が下がるだろうということで、好意的に捉えられた。

 防衛大臣の浅川は、自分が言い出したことが一歩前進したことで、ほくそ笑んでいた。4回に分けてするということはできなかったが、たるんでいる若者に規律ある生活をさせるというねらいは達成できるのである。これだけでも、上々だった。あとは基地利用者に防衛隊の意義と魅力を見せれば、予備防衛官につながる。特に、訓練で特殊な資格を得る職業選択をした人には、防衛隊に入隊すれば優先的に資格取得ができるというメリットがあるのだ。これで防衛隊の人員不足は解消につながるとふんでいた。おおっぴらには言えないことだが・・・。


 

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