第2話 発禁そしてリーダー出現

近未来社会派小説


 「日本人がすべきこと」が発売され、ネット上に全文が掲載されると、世間は騒然となった。いい意味でも悪い意味でも大きな話題となったのである。

「今の腐敗政治を破るためには、これぐらいしなきゃだめだ」

という声がまず上がったが、

「政党がなくなったら、政治の素人が国会議員になってしまう。それこそタレント議員ばかりになるじゃないか」

「今みたいに、しがらみだらけの国会議員や国会を欠席しつづける議員よりいいじゃないか。反社会的な組織とグダグダの関係になっている政党や国会議員よりは、まだタレント議員の方がましだよ」

「それより総理大臣は国会議員から選ばれるのではなく、国民の直接選挙になるんだろ。それこそ、わけのわからないやつが総理大臣になってしまうんじゃないか」

「総理大臣や各大臣の権限は、限られてくるんじゃないの。国会議員や行政監査委員がにらみをきかせるわけだから、閣議で決定したからといって、実施できないこともあるわけだろ。いつぞやの国葬儀みたいなことはなくなるわけだよな」

というような国民の声が聞こえていた。

 これに大きく反応したのが、国会議員たちである。なにせ国会議員が100名となれば、ほとんどの国会議員は失職しなければならない。2世・3世議員の中には、家業が国会議員と意識をもっている者もいる。

 一部の国会議員が抗議の声をあげたため、出版元の北沢社長が国会に呼ばれることになった。

「北沢社長、この本の著者西郷隆志氏はどこにいるのですか?」

「私にはわかりません。わが社に原稿が送られてきたので、それを本にして出版しただけですから」

「ということは外国人かもしれない。そういう可能性がありますね」

「可能性としてはありますが、消印は都内でした」

「消印は関係ないですね。もし著者が外国人だったら、内政干渉にあたり外交問題に発展しますよ。今回のように身分を照会しないで、出版することはあるのですか」

「出版界ではよくあることです。ペンネームで書いている人がたくさんいますから・・」

「原稿料はどうしたんですか」

「本人が不要と一筆書いておりましたので、原稿料は出しておりません」

「ということは、著者は原稿料目的ではなく、本が世に出て、世間を騒がせたいという意図だったということですか」

「騒がせたいというより、日本人に政治への関心と問題意識をもってほしいという思いだと判断させていただきました」

「北沢社長、著者はあなたじゃないですか」

突拍子もない質問に北沢社長は絶句してしまった。

「仮にあなたではなくても、覆面ライターが世間を騒がせようとして書いた本となれば、騒乱罪のひとつとなりますね」

「騒乱罪なんて・・・そんなつもりで出版したのではありません」

「北沢社長にはなくても、著者にはあるかもしれませんね。歴史の偉人の名を一字変えただけのふざけた名前ですから」


 こういうやりとりが国会の委員会で行われ、後日「日本人がすべきこと」は発禁処分となった。書店にある在庫の本はすべて北沢出版に返本され、数日後、北沢社長は息をひきとった。自殺のようであったが、その死には疑問が残るものであった。


 本が発禁処分となったものの、すでに多くの本が販売されており、ネット上では全文を読むことができた。言論の自由という点から、政府もそれ以上強い規制はできなかった。

 この状態に憂いをもった数人のリーダーたちがいた。

 言い出したのは、革新系の大阪府知事の飯田だった。

「国会議員たちに自浄作用はないね。自分たちが批判されると、それを強権力で押し潰す。それも与野党そろってやるということは、どこかの強権国家と大して変わらん」

 与党寄りの宮城県知事も

「このままでは、日本の破滅につながっていく。どこかで改革していかないとダメだ。国会議員を入れ替えするぐらいの気概がないと無理かもしれない」

と、いずれも無所属の府県知事が声をあげ、ひいてはTVや新聞・雑誌も改革の必要性を盛んに訴えていた。その大きな声に太田首相は、衆議院の解散を決めた。

「改革が必要か否か」

が争点だった。急な解散で準備に時間がないと思われたが、改革派は無所属の会を組織して、選挙に立ち向かった。発起人代表は飯田だ。彼に賛同する府県知事20人が発起人に連なり、それぞれに立候補を果たしていた。

選挙戦は熾烈を極めた。与党勢力は、議席を守るべく必死になっていたが、先の選挙で反社会的な組織から支援を受けたといわれる候補者は厳しい戦いを強いられれていた。

 結果は与党が第一党になったものの過半数割れをし、第二党に無所属の会が進出した。比例区では圧倒的に無所属の会の勝利だった。投票率は70%を越し、今までにない国民の意識の高さが無所属の会を押し上げたのだ。

 首班指名では、野党を説得した飯田が勝利した。その言葉は、

「国民の総意をくみ取ってください。そうでなければ、結局あなた方は国民から見放されますよ。遅かれ早かれ、既成政党による政治は終わるのです。今後は、個々の力で国会を動かしていかなければならないのです。その力がない方は、自ら退場すべきなのです」


 飯田は、無所属の会の発起人を中心にした内閣を組織した。ただ外務大臣だけは留任とした。当初は、固辞していたが、これまでの外交を継続することが国益となると説得され、4年間という期限付きでの留任が決まった。

 外務大臣の村田は、即刻離党の手続きをした。「裏切り者」の汚名をかぶることになったが、外国との折衝交渉が中途のものが多く、外務省の役人からは

「わけの分からない大臣がくるよりはいい」

と歓迎ムードだった。


 飯田が着手したのは、経済対策と選挙制度改革だった。

 経済対策としては、消費税を廃止して物品税を導入することだった。この政策により、生活必需品の消費が増え、国内消費量が上がっていた。また、ガソリンや自動車税といった自動車関連の税金にも着手し、その結果物流が盛んになっていった。

 そして選挙制度改革だ。

 国会議員数は100名。その内地方選出が50名。各都道府県から1名と東京都・大阪府・北海道はプラス1名とした。全国から50名とし、全国区だけは最初の2年で改選とし、次回選挙後は4年の任期とした。

 行政の長の直接選挙は首相のみとした。首相の直接選挙は、1回目の投票で過半数を超す候補者がいない場合は、上位2名による決戦投票を1週間後に実施することにした。

 投票の義務は見送られた。前回の70%の投票率は特筆すべきものだったし、ネット投票に関しても、前提となるマイナンバーカードの普及やセキュリティがまだ脆弱ということで見送られたのだ。だが、首相を直接選挙で決定するということは国民に支持されたのである。

 

 選挙改正の法案が可決され、飯田は1年で国会の解散を実施した。衆議院・参議院ともにである。そして国会議事堂は国家遺産として保存されることになり、首相官邸を改装し、新国会議事堂を建築することとなった。セキュリティ強化と、地下に内閣と国会議員の宿泊施設が造られ、核攻撃にも耐えられる緊急避難施設および対策本部を作ることにしたのだ。


 選挙期間は10日間あったが、従来の選挙活動は行われなった。選挙カーで遊説することも立会演説会も行われない静かな選挙だ。もちろん街角の選挙ポスターもない。お金のかからない選挙を追求した結果だ。

 候補者が公約を発表できるのは、ネット配信だけであった。選挙管理委員会が作成した選挙公報には略歴が主で、主張は項目しかあげることができなかった。くわしくは各自のHPでの主張となった。多くの候補者が、工夫したHPの作成を行っていた。タレント議員が多く立候補したが、選挙期間中はTVやラジオに出演することはできなかった。再放送分は認められていたが、違反すれば即立候補取り消しの憂き目にあうことになっていた。

 国民の関心は、国会議員よりも首相の直接選挙にあった。初の直接選挙による首相選出になるからだ。泡沫候補も含めて50名ほどが立候補した、供託金が100万円だったのだが、10%の投票率を得ないと没収されてしまう。供託金の額が少ないという声もあったが、できるだけいろいろな人物に立候補してほしいという方針から、この金額に落ち着いた。もっともネット配信しかできないから、国民は関心のない候補者の演説は見聞きしなくていい。選挙に関心のない国民は、たまにTVニュースで、立候補者のHP視聴数が発表されるのを見聞きするだけだった。大変だったのは、初の試みをしている選挙管理委員会だった。

 有力な候補者は3人だった。

 前首相の飯田康一 

 元首相の太田卓蔵

 前東京都知事の大池真紀子

3人の選挙キャンペーンは

飯田が「貧富の差を少なくし、公正な税負担を」

太田が「日本を守り、秩序ある日本の構築」

大池が「自由を守り、皆が笑顔になれる日本を作ろう」

 飯田は1年間の実績を強調し、低所得者層から中間所得者層の支持を集め、太田は旧与党の支持者を中心に、高額所得者層や経営者層の支持を集めていた。飯田が当選すれば、税制の改革がますます進むと予想されたからである。大池は、東京都を中心に関東圏や都市部の者から支持を受けていた。結局は、浮動票、特に若者たちがどれだけ投票をするかに注目が集まっていた。


 投票日。今まで投票所に来ていた高齢者にもスマホ所持者が増え、ネット投票がほぼ9割に達していた。マイナンバーや事前に割り振られた個人番号で投票できるようになり、スマホが盗難されたり、スマホが売却されて別の人間が投票しようとしても特別なセキュリティシステムが作動してできないようになっていた。顔認証システムが発展したものである。

 投票率は前回を上回る75%に達した。ネット投票が普及し、若者が投票しやすくなったというのが大きな要因だった。

 1回目の投票の結果、飯田が30%・大池が25%・太田が20%・泡沫候補で25%となり、飯田と大池での決戦投票となった。この決戦投票ではTV討論が許されていた。キー局の数社がTV討論を企画し、2人は激論を交わしていた。大きな争点は税の負担であった。

「飯田さん、サラリーマンは収入が明確なので、税の負担額がわかりやすいですが、法人や個人経営者は難しいのでは?」

「マイナンバーや法人ナンバーが普及してきていますので、個々の収入は把握できると思いますが・・」

「問題は、今まで認められていた経費や設備投資費の控除になりますね。それはどのように考えていますか?」

「まずは、私の考えを聞くより、大池さんはどう考えておられますか。自分の考えを言わないで、人の意見をどうこう言うのはいかがなものでしょうか」

その言葉に大池は苦笑いしながらも、発言を続けた。

「私は、この点については混乱を招くのではないかと思っています。設備投資にも税がかけられるのでは、新規の事業ができにくくなり、日本経済が発展しなくなるのではないでしょうか」

「そういうご心配は一部理解できます。旧与党の方々は、そういう考えで法人税の見直しに、二の足をふんでこられました。ですが、会社の必要経費でスポーツカーを購入し、それを社長のボンボンが乗り回したり、往診をしないお医者さんが高級外車を経費で購入したりするという税金のがれが横行してきました。そういう現実を今後も続けるのですか? 大池さんはどう考えますか」

「中にはそういう不届き者もいましたが、多くの法人は善良な納税をしているのでは?」

「私が言いたいのはそこですよ。善良な納税をしている人たちが損をしたと思わない制度を作りたいのです」

「工場を新規に建てた場合、ほとんどは借金をして建てますよね。となると、その年度は赤字決算になります。そういう企業からも税金を徴収するのですか?」

「いい質問ですね。善良な企業は問題ないのですが、悪質な企業はわざと赤字にして、翌年にはその工場を処分し、その赤字分を補填している企業もあります。銀行にしても不良債権を作って、収支決算を赤字にしているところもあります。こういった税金逃れをなくしたいと私は考えています」

「それでは善良な企業が借金をして新規工場を建てた場合、納税はどうするのですか?」

「それは、今後国会で検討されるべきことですが、私の考えでは収支決算に税をかけるのではなく、売り上げに対して税をかけるべきだと思っています」

「そんな無茶な! それではこわくて新規工場が建てられません」

「新規工場に関しては、補助金を考えています。大事なことは無駄な新規事業を減らすことです。継続がのぞめない事業は就労者にとって悪です」

「全員に税をかけるということは、中小企業や個人経営の商店にも税をかけるということですよね。それも売り上げにかけるとなれば、儲けのほとんどは税金にもっていかれることになりませんか?」

「先ほども言いましたように、今後国会で検討されるべきですが、売り上げというのは、原材料費や給与を差し引いた儲けと考えていいのではないでしょうか? それに儲けが少ない零細企業や商店に関しては、税率1%ということも考えられます。要は所得を得た人全員が納税をするということが大事だと思うのですが、いかがでしょうか」

 1%という数字を聞いて、大池はそれ以上突っ込めなかった。税金以外の経済・教育・暮らしといった点については、さほどの違いがあるわけではないので、論点の違いはこの税金問題が中心となった。

 そして決戦投票。投票率は90%を大きく超えていた。大池は旧与党の支持者のほとんどを集め、4500万票を得た。投票数の過半数を超えたのではないかと思われた。しかし、飯田はそれを100万票上回る4600万票。浮動票のほとんどが、飯田に投票した結果だった。国民の

「金持ちが優遇されるのは、もう終わりだ」

という意識が勝ったのだ。

 しかし、飯田は浮かれていなかった。僅差での勝利ということは、国民が急激な変化を望んでいないという意志の表れ。改革は慎重に進めなければと心に誓っていた。

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