序の弐

第10話




 空の太陽は中天に差しかかるまであと少し、通りがかったところにある電光掲示板の時計は正午まで一時間を切っていると示していた。ここは僕が住んでいる街の中心部近く、建物が密集して立ち並ぶ街路が今日の『狩場』だ。

 この街の中心市街地は特に面白味のない碁盤の目状の細い路地があるだけ。地方都市にはよくある事で、郊外のバイパス沿いの大型店舗に人が持っていかれて寂れた店が目立ち、ところどころ歯抜けのように空き地が目立つ地域である。

 中心市街地を南北に縦断する大きめの幹線道路から何本か通りを入ったところを僕が走り抜ける。その後ろを何匹もの界獣が追いかけて来る。現在の僕は絶賛追いかけっこ中なのだ。

 不意打ちで唐突に僕は後ろを振り返る。手には腰だめに構えたサイガショットガン。距離も近いので大して狙いもせずに引き金を引いた。


 走っているところを攻撃されたのだ。いきなり対応できる奴は少ない。界獣はいずれも犬タイプ。小型界獣の中ではポピュラーなタイプらしい。バリエーションも豊富で、強さの幅も広いとは『エンジェルブック』で収集した情報からだ。僕が見た情報だと小型界獣だからと言ってイコール雑魚ではなく、油断は禁物という警戒を促す内容だったが、少なくとも今回の相手は手強い種類ではなかったようだ。

 散弾をまともに浴びて前につんのめって倒れる奴、体のどこかに弾を受けて足を止める奴、運良く被弾しなかったものの仲間の被害を見て動きを止める奴と反応は様々だ。けれど一様に動きは止まる。しかも上手い具合にかたまっている。

 好機到来だ。僕のすぐ後ろ、足元の位置に自分が仕掛けたトラップのワイヤーがある。軽く足を後ろに引いてみれば数cm後ろでくるぶしの位置に感触があった。どんなトラップかは仕掛けた当人の僕が分かっている。この状況で使うに最適だと判断して、引いた足を持ち上げてワイヤーを思い切り踏みつけた。

 ワイヤーに引っ張られ、この周辺に仕掛けた複数のトラップが一斉に作動する。キンっと軽く甲高い金属音が幾つも周辺から聞こえて、小さな円筒形の物体が僕を含む界獣達を囲む位置取りで幾つも跳び上がってきた。それらを見て僕はスキルを使って備え、対する界獣たちは無防備だった。

 僕の準備から一秒未満、地面から約1.5m打ち上がった円筒が爆竹を何倍も強力にした爆音とともに破裂した。そこらじゅうに数十、数百の金属球や破片を撒き散らしながらだ。トラップを仕掛けた一帯は全て加害範囲で、界獣は例外無く殺傷される。


 跳躍地雷。従来の地雷とは異なり、作動すると空中に打ち上げられて爆発し広範囲を殺傷する対人地雷だ。第二次世界大戦のドイツで作られたSマインが代表的なもので、その後も世界各国で類似品が作られて運用されている。地雷に関する世界的な規制の対象ではあるが、批准している国は少なかったと記憶している。使ってみると分かる。低コストで効果の高い代物だからなコレ。批准しない国が多いのも納得だ。

 幾つもの跳躍地雷の金属球と破片で薙ぎ払われた後で無傷なのはスキルで防御していた僕しかいない。それなりの数がいた小型界獣のほとんどは体を粒子へと変えて散っていき、残った界獣も虫の息、脅威にならず止めを刺すばかりの状態だ。思惑が図に当たり、気分が上がってくる。


「――イエスっ!」


 気が付いたら高揚した声が口を突いて出てきて、手は拳を腰の位置で引いてガッツポーズを決めていた。

 スキルの『防御盾幕』を解除して、虫の息の界獣たちにサイガで止めを刺していく。このスキルはいわゆる防御スキルであり、警察で使っているポリカーボネイトの大型盾を思わせる透明なスクリーンを使用者の前面に展開する。それだけのスキルだが、スクリーンの大きさは大人一人が余裕で隠れるほどで、防御力は銃弾の直撃に難なく耐えられるくらいだ。地雷の破片なんかも余裕で防げているし、スキルの発動速度も早いので使い勝手は良いのかもしれないと思っている。

 小型界獣を処理し終え、サイガに新しいマガジンを差し込んで一息ついた。周囲に他の界獣は見当たらず、細い路地で密集した建物が並ぶ風景があるだけだ。地雷が破裂したせいで壁や窓に穴が空いているけれど、『フィールド』での出来事なので誰の迷惑にもならない。仮に現実で起こったら大騒動だろうな、と苦笑しつつ周辺の警戒を済ませた。

 他に現れる界獣の姿はない。どうやらこれで『取巻き』は全て片付けたらしい。これで本命に取り掛かれる。スマホを操作して装備を一部変更してサイガショットガンをストレージに収納、替わって別の長物が出現して僕の手に握られる。腰のマガジンポーチもそれに伴って変更されて腰にかかる重量感が若干変わった。

 手に現れた新しい武器の状態を素早く確認するとすぐに移動を始めるとした。この静けさからすると、向こうは動いていないのか? なら、射線が通るポイントに行ってみよう。


 移動するといっても大した距離はない。中心市街地の幹線道路と交差して東西に伸びる商店街の連なった通りがある。他所から来た僕では詳しく分からないが、それなりに歴史のある商店街らしく大きめな神社を中心に発展してきたらしい。先も言ったが、地方の商店街の例に漏れず客が郊外に吸われてシャッター通りになっている。天使と界獣以外動く者の無い『フィールド』だが、きっと元の世界に戻っても閑散とした通りになるのだろう。自治体の努力で道路脇の花壇や歩道が綺麗に整備され、お洒落な形のガス灯風の街灯が立っているが、それが余計に寒々しく見えるのは気のせいではないと思う。

 目標となる大型界獣は最初に確認した位置から動いていなかった。形状はさっきまで戦っていた犬タイプ界獣と差はなく、サイズが大型と呼べるくらいに巨大化している。最初に出会った時から察していたが、犬型界獣のボス的ポジションの界獣だと思われる。そんな界獣が商店街の中にある神社の前に陣取って、狛犬気取りでお座りしていた。巨大なサイズと界獣特有の非生物感で色々と台無しになっている光景だ。

 僕は商店街の屋根伝いに移動してきて大型界獣に約200mというところまで接近した。これ以上離れても射線が通る場所は無いし、近づき過ぎても気付かれる。ここの位置に来るまで幾つか仕込みも終わったので、いよいよ仕掛けるとする。


 銃を構えつつ、頭の中では色々と考えを巡らせる。狙撃に必要なデーターはもちろん、周囲に設置した仕込み、目標の動きを想定した対応のシミュレート、スコープの向こうに映る大型界獣を仕留めるために思考がぐるぐると大回転しているのが分かる。この感覚が最近の僕には心地よく感じられる。

 そういえば、有名な某狩りゲーを僕も良くプレイしていたけど、モンスターを狩猟する時は色々と罠にはめるのが好きだったな。アイテムの罠やフィールドのギミックを駆使して一方的にダメージを叩きつけるのが僕の好きなスタイルだった。そのスタイルを今度は『Angel War』でやろうとしているのに気付き、銃を構えながら苦笑してしまった。リアルでも狩りゲーをするのが僕という人間らしい。なんだか無性に笑えてくる。


 スコープの中で表示されているレティクルは一般的に見る十字線のクロスヘアの系統ではなく、レンジ・ファインダーが表示されている少し特殊な物だ。この系統は旧共産圏の狙撃銃に見られるもので、実際僕が構えている銃は旧ソビエトで開発された狙撃銃になる。

 VSS、日本のガンマニアにはコードネームの『ヴィントレス』の方が通りが良いだろう。さっきまで持っていたサイガと同じAKのファミリーに見えるシルエットだけど、内部機構はかなり異なり部品の互換性はない。一番の特徴は何と言っても銃身と一体化した大型の減音器サプレッサーを装備している点だろう。パッと見、極太の銃身をしたドラグノフ狙撃銃にも見えるその特徴は、この銃の使用目的を一番表している部分だ。

 サプレッサーと専用の弾薬を使って、離れた敵を気付かれる事なく銃撃する消音狙撃銃。それがヴィントレスという銃である。『Angel War』のショップで購入し、実践投入はこれで三回目、慣熟訓練もしているので扱いにも慣れてきた。

 レンジ・ファインダー付きのレティクルは目標への距離を大まかに算出できるようになっており、約200mという数字もこれで出てきたものだ。ヴィントレスは他の狙撃銃のようにシビアな狙撃は目的としていない。消音のために亜音速で調整された専用弾もあって想定された距離が400m以内だったりする。だからこの距離は狙撃銃としては近距離でもヴィントレスとしては適正距離なのだ。


 引き金を引き絞れば、軽い作動音と共に弾丸が撃ち出される。消音といってもフィクションのように音が無くなる訳ではない。サプレッサーを使っても発砲音は出るし、機関部分が動く音も出てしまう。それでもサイガを撃っている時よりもずっと音は小さく、標的の近くではより聞こえにくいはずだ。実際、標的の大型界獣は銃弾が当たるまで攻撃に気が付く事はなかった。

 弾丸が界獣の頭部に当たったのが反動で揺れるスコープ越しでも見えた。命中した瞬間に界獣の体がガクリと落ちるけれど、落ち切らずに持ち直した。やはりいくらライフル弾といっても銃弾一発程度では大型界獣は仕留め切れないか。界獣が首を巡らして撃ってきた敵を捉えようとしている。生き物臭さは無いくせに敵を探そうとしている意思はしっかりと分かるのは妙な感覚だ。

 まだこっちは発見されていない。なのでこの場を離れて射撃位置を変える。商店街の屋根の影から身を引いて、屈めて姿勢を低くしながら移動していく。取り巻きの小型界獣達は始末したので群れで索敵、攻撃される心配がなくなったので楽に攻略できそうだ。向こうは敵を堂々と待ち受けるボス敵みたいな姿勢だったようだけど、ゲームと違ってそれに付き合う義理は無い。

 位置を変えて再びヴィントレスを構える。レンジ・ファインダーから読み取れる距離は約150mほど。やはり屋根の影からの狙撃だ。引き金を引けば作動音が強い銃声が鳴る。着弾したのは界獣の胸の辺り。まともな生き物ならバイタル部分で、心臓やら肺がある辺りで弾丸が当たれば致命傷の部位だ。これまで戦ってきて界獣がまともな生き物とは思えないのは充分理解したが、その急所となる部分は普通の生き物と共通している事が多いのも分かっている。頭部を損壊すれば即死しやすいし、胸辺りに弾丸が当たれば死にやすい。生き物らしさが希薄なくせに生き物に近い。奇妙な在り方をしているのが界獣だ。


 今度はすぐに移動せずにさらに数発発砲する。先にも言ったがヴィントレスは厳密な狙撃をする銃ではない。だから精度は低めで、撃つたびに着弾部位は頭や前脚に散ってしまう。もちろん僕の腕が未熟というのもあるだろう。

 撃たれる界獣は弾丸が当たる度に大きく身をよじり、ダメージを受けている様子だ。けれどまだ仕留め切れない。結局マガジン一つ分の弾を使い切ってしまう。


「――チッ」


 舌打ちしながらマガジンを交換する。銃把から手を離して腰のポーチから新しいマガジンを取り出し、空になったマガジンと交換する。その間も界獣から目を離さないのだけど、銃撃が止んだタイミングで向こうが動きだした。

 何発も撃っているから流石にこちらの位置はバレている。犬型らしい動きで、しかし一般的な犬からはかけ離れた身体能力で僕の居る位置へと駆け寄って来る。100m以上あるはずの距離も数秒で縮めて至近の距離へ。勿論、僕は手を打っている。そもそもこの位置から撃ったのも仕込みがあるからだ。

 駆け寄ってくる大型界獣の足元、大きく躍動する四本足を引っ掛けるように細いテグスが何本か。その先にあるのはさっきこいつの取り巻きに使った跳躍地雷だ。大型界獣の周囲に打ち上がった数は三つ。ここまで破片が飛んでくるかもなので、念を入れてスキル発動、『防御盾幕』のスクリーンを張る。

 スキルの発動とほぼ同時に打ち上がった地雷が破裂。いくつかの金属球がスクリーンを叩いた。思ったよりも効果範囲が広い。


「――ッ!」


 大型界獣がダメージで悲鳴を上げている。見た目は超大型の犬だというのに鳴き声は犬とも猫ともつかない。ただの吼える声だ。そもそも生き物なのかも怪しい。

 界獣は傷を負っても血を流さないのでダメージを推し量るのは難しい。肉体が傷を負って、いくらか肉が削られて、苦しそうにしている反応を見ながら対応していく感じになる。今の攻撃はまだ浅い。僕の手応えが当たっていたようで、大型界獣はダメージからすぐに復帰して再度僕に狙いを定める。僕はマガジン交換を一時中止して、近くに置いていた物を手に取った。

 外見はコードの付いたホッチキス。女子の肉体になった今の僕の手でもすっぽりと納まる大きさのそれを手にして、安全装置を解除、ホッチキスに見える発火レバーをカチカチッと二回クリックした。

 腹に響くような爆発音、突進してくる界獣の前面が爆風に包まれ、まだ張っている防御スクリーンにも立ち昇った砂煙がかかる。最初の跳躍地雷よりも強力な威力が振りまかれたのだ。

 指向性対人地雷。僕が購入したものはその代表格『クレイモア』だ。ゲームや映画でもたびたび登場する四角い弁当箱みたいな地雷で、爆薬の破裂で仕込まれた無数の金属球を一定の方向に向けてばら撒くというもの。色々と使い勝手が良く、今の様に手動でスイッチを押して起爆したり、従来のようにトラップ運用も出来る優れものだ。

 クレイモアが起爆したのは突進してくる界獣の前面。界獣はばら撒かれる無数の金属球に突っ込む形になったのだ。そういう風になるよう仕込んだのは僕だけど、まさかここまで上手く嵌まるとは思わなかった。気持ち良くなるな、コレは。

 多数のベアリングに打ちのめされた界獣は突進した勢いのまま地面に倒れた。顔が潰れ、前脚が一本千切れてダメージが分かりやすくなった。明らかに瀕死、でもこれほどのダメージでもまだ生きている。大型界獣のしぶとさは油断できない。


「いい加減死んでくれよ。無駄にしぶといのは嫌われるぞー」


 界獣の生命力の高さにうんざりしてしまい、僕の口からおふざけ混じりで文句が出てくる。中断していたヴィントレスのマガジン交換をして、おもむろにその場で立ち上がって銃を構えなおした。商店街の屋根の上で膝撃ちの姿勢だったのを立射の姿勢になった。この方が撃ちやすい。

 手はヴィントレスのセレクターを操作して、セミオートからフルオートに切り替える。この銃、シビアな狙撃を目的としていないためフルオート機構が備わっているのだ。だいぶ接近されたため、僕が陣取った建物のすぐ下まで界獣は来ていた。なのでスコープで狙うまでもない。

 準備が終われば僕の指は早々に仕事を果たした。引き金が引かれて連続して銃弾がヴィントレスから吐き出されて界獣の息の根を止めていく。機関部から飛び出た幾つもの空薬莢が足場にしている屋根のトタンを叩いて、その音が銃声よりも耳に響く。撃っている間は何の感慨も湧かない。結構強い銃の反動に肩を叩かれながら上手く抑えて弾を集めよう、という程度にしか僕は考えない。

 数秒でヴィントレスの弾は全部撃ち尽くされて、撃たれた界獣は止めを刺されて倒れ伏し動かなくなった。これまでの経験だとここまでやったのなら撃破できるはずだけど、果たして……。


『界獣:ハウンド・ユニットを撃破――1000BP獲得――全ユニット撃破ボーナス500BP追加獲得』


 スマホに通知が来て、遅れて界獣の体が崩れだしたところで一息ついた。きちんと仕留め切れたようだ。もちろん周辺に別の界獣や漁夫の利狙いの性質の悪い天使が潜んでいる可能性を考えて、気を抜き過ぎずマガジンをすぐに新しいものに交換して軽く周囲を警戒するのを忘れない。武道における残身というやつだ。勝った瞬間こそ最大の隙が生まれる。結城花蓮の一件があって以来すっかりこの辺りの感覚が馴染んでしまった。

 今回狩った界獣は、名前で分かるとおり複数の小型の犬タイプとリーダー格の大型の犬タイプ一頭で構成される群体型の界獣になり、群れ全体で一個の界獣という扱いになるようだ。リーダー格を仕留めるだけの斬首戦法も有効だけど、僕がやったように群れ全部を狩って全滅させればボーナスが入るようになっているのも特徴だ。『エンジェルブック』とその裏も含めて情報収集してやれると踏んだので、数日の準備の後に狩りに出たのが事の経緯だ。


「ボーナス入れて1500BPか。トラップで消費した分を考えても充分過ぎる成果だけど……いかんなぁ」


 何がいかんかと言えば、金銭感覚がおかしくなりそうな自分の頭がいかんのだ。1500BP、日本円に換算すれば75万円だ。以前までの僕だったら何か月分の給料かと考えて戦々恐々となっていたのに、最近ではゲーム内ポイントと変わらない扱いになってきた。今回の狩りでも一個5BPの跳躍地雷や一個20BPのクレイモアを複数購入して躊躇いなく使った。命の保険料と考えれば安いものだけど、こうして狩りが終わって振り返れば複雑な気分になってしまう。

 他の天使達も『エンジェルブック』を見る限りではゲーム内通貨扱いだ。加えて言うなら僕のようなイレギュラーを除けば天使の多くは年若い少女だろう。学生バイトやお小遣いでやりくりの世界にコレだ。確実に金銭感覚が狂うだろう。結城花蓮はまだまともだったかも……ああ、別方面が狂っていたか。

 今後の課題は資金、資産の運用についてだろうか? などと考えながら商店の屋根を蹴って直下の地面に飛び降りる。二階建ての建物からのダイブだけど天使体の身体能力で何の問題も無く、痛くも痒くもなく普通に歩きだす。だいぶこの体にも慣れてきた。BPを相応に天使体の強化にも回しているので、人間離れした動きも出来るようになってきた。出来る事が増えるのは純粋に嬉しいしワクワクする。だから今後も『Angel War』を楽しみたいと思えるのだ。


 『フィールド』から現実世界に戻る。先程僕が見積もった通り、現実世界の商店街にも人通りは無い。時折車道を通っていく車両ぐらいしか違いがないように見えるが、『フィールド』では感じなかった微かな環境音がするし、空気に漂うニオイも濃く感じ取れる。今日まで『フィールド』と現実世界を何回も行き来してきたからか、こういう小さな違いが大きなものに思える。

 いつもの様に人目やカメラが無いのを確認してから、天使のキリンから冴えないアラサー男に戻った。思うところはあるけど、やはり金が手に入るのは嬉しい。ちょうど昼時だし、今日は少し奮発して新しい外食の店でも開拓しようか? などと軽く予定を考えながら商店街の道へ足を向ける。こんな僕の視界を横切っていく小さな何か。

 ヒラヒラと緩やかな速度で右に左にと軌道が揺れて落ちていくソレ。薄く紅がかった花びらだった。顔を上げてみると、商店街の道は車道を挟んだ左右の歩道に街路樹が植えてあり、その樹に花が咲いていた。桜の樹、見頃には程遠いが春を告げる幾つもの花がそこにはあって、僕は今年も季節が一つ進んだのだと実感した。


 僕が変わって最初の春が始まった。



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