第8話




 結城と出会って以来すっかりとお馴染みになった狩場、河川敷の自然公園の『フィールド』に僕達は来ている。そこでビーストプラントに次ぐ大型界獣、アーマーアリゲーターを狩るのが今日の目的なのだけれど、どうやら早々に目的を達成できそうな気配だった。

 理由は簡単。アーマーアリゲーターが弱い、のではなく結城が強い……もっと正しく表現するなら相性が良くて与しやすいのだろう。ここに来るまでに結城が自信のありそうな発言をしていたが、それも納得の状況になっていた。

 川から上陸してくる三頭のアーマーアリゲーターを相手取って大立ち回りを演じる結城。戦場になっている河川敷は彼女の独壇場になっている。


「キリン、援護お願い!」

「了解」


 もちろん僕も遊んでいる訳ではなく、結城の援護に回って彼女の隙を埋めるように立ち回る。

 結城の援護要請に応えて手榴弾を手にして素早くピンを抜いて、レバーが飛ぶのを横目に心の中でカウント。カウント2で大きく弧を描く軌道で投げた。手榴弾は僕が思ったとおりの軌道で三頭固まっているアーマーアリゲーターの頭上に飛んでいく。

 そして起爆。爆竹を数倍強烈にした爆音が鳴って、その爆音に押し潰されたかのようにアーマーアリゲーター三頭はその場でつっぷした。手榴弾の破片やベアリングは強固な鱗で防がれたようだが、爆風による衝撃までは防げなかったみたいだ。

 もちろん手榴弾起爆までに僕と結城は退避済み。現状、僕があの巨大ワニに有効な攻撃手段がこれしかないため援護=爆発で、結城も退避するタイミングが取りやすかっただろう。

 アーマーの名前は伊達ではなく、僕が持っているシグやスコーピオンではあのワニの装甲は貫けられない。遭遇してすぐ試しに撃ってみたけど、金属がぶつかる様な音を立てて弾かれてしまった。もはや巨大ワニの形をした装甲車と言っていいだろう。一応結城からは腹の部分が柔らかいと、弱点のアドバイスは受けている。それでも狙える位置にないし、ワニ達も柔らかい部分を隠す動きをしているので僕だけなら手詰まりだった。

 繰り返すけど、今回この場は結城の独壇場だ。ワニ達は程なく狩られる。それはほぼ確定した未来だ。


「はぁっ!」


 手榴弾の爆発で出来た隙を突いて結城が立ち昇る土煙に突撃して、気合の入った声とともにサーベルを振るう。すると銃弾が通らないほどに頑丈なはずのワニの肉体がスパッと綺麗に切断される。生き物臭さがない界獣の特性で血が出ることはなく、細長い口をもった巨大な首がゴロリと地面に転がった。

 結城は一頭を仕留めると、突撃の勢いを殺さず転がったワニの首を足場にして高く上へと跳び、爆発の衝撃から復帰できていない二頭目のワニに飛び掛かった。これも一刀のもとに斬り捨てて華麗に着地。

 ここでようやく三頭目のワニが爆発の影響から立ち直って動き出す。10m程はある巨体で銃弾も跳ね返す重装甲にふさわしく重々しいのっそりとした動きだ。その狙いは仲間二頭を仕留めた結城に向かう。長い口吻が結城に向けられて二つに割れて開かれる。結城はまだ着地姿勢のまま、しかし表情に焦りは無く余裕を感じさせる。


『牽制する』

『うん、お願い』


 聞き逃しからくるフレンドリーファイアを防ぐため、『通信』で結城に一声かけてから僕はスコーピオンを手にワニへ射撃を浴びせる。

 狙う個所はワニの顔、もっと言えば眼の辺り。こういう重装甲の敵に対する定番とも言える狙いどころだ。この距離でスコーピオンのような小型サブマシンガンで狙える場所ではないけど、牽制目的なら有効のはずだ。

 次々とワニの顔に当たる9mmショート弾。やはり威力があるようには見えないし、着弾による衝撃を与えるのも望み薄だ。けど、動きは鈍る。それで結城には充分だった。スックと姿勢を正してサーベルを構える結城。彼女の涼しげな容貌と相まって、映画のハイライトみたいだ。


「これで――おしまいっ!」


 剣戟一閃。動きの遅いワニでは結城の動きを捉えられず、一撃で決着がついた。頭を縦に両断されたワニは巨体を地面に沈めて絶命し、先に死んだ二頭の後を追った。

 そこまで見届けた僕はすぐに周囲の索敵を始める。他の界獣が戦いに乱入してきたり、決着がついたあとにも襲撃してきて連戦などという事がありえるからだ。

 とりあえず見える範囲に敵はいないと分かり、少しだけ気を緩めた。完全に気を緩めるのは『フィールド』の内部では禁物だけど、常時気を張り続けるのも無理だ。なので自分の中に幾つかの警戒レベルというものを作って、それを上げ下げすることで一定の緊張感を保つ。これも結城から教わった心構えの一種だ。


「あっけなかったですね」

「まあね。普通は熟練の天使でももう少し手間取る相手なんだけど、私の場合は固有スキルの相性が良くて狙いやすい相手なのよ」

「見た限りだと、分厚い装甲をものともせずに切っていましたから防御を無視するようなスキルですか?」

「正解。私の『絶対切断』のスキルはね、相手がどんなに硬くても剣を使えば必ず切れるようになるの。だから私にとってワニは動きが遅くて大きいだけの相手でしかないわ」


 僕の問いかけに自信たっぷりといった風に答える結城。なるほど、どんな装甲がある敵でもスパスパ切れてしまうとは強力なスキルだ。彼女にとってワニは稼ぎやすいカモでしかない。


「仕留めるのが私だけになりそうだから、予め分配を決めておいた方が良いわね。7対3でいいかしら?」

「そうですね。仕留めるのは全部結城まかせになりますけど、それ以外の部分で貢献します。牽制はさっきみたいな感じで良かったですか?」

「うん、充分よ。ワニの動きが鈍るだけでもこっちは動きやすくなるから」


 取り分の分配を決めて、連携の再確認、この数日で随分とこなれてきた感じだ。会話を交わしている間も周囲への警戒はするし、手は武器のチェックをして戦いに備える。結城が右を警戒すれば、僕は左を警戒する。結城が前へサーベルを向ければ、僕は後ろへ銃を向ける。段々と結城と組んだときの戦い方が形になってきた気がする。

 こういうのを息が合うとか言うのだろうか、などと思っているとスマホの画面に新たな界獣の出現が表示された。同時に川の方で水音がして水面が盛り上がるのが見えた。ワニの第二波が来たらしい。

 僕は手早く手榴弾を取り出す。今回多めに用意している手榴弾の残りはまだ余裕がある。


「水の中にいる内にやります」

「水中爆発だっけ。分かった、お願い」


 水中での爆発は地上での爆発と違って爆発の圧力がダイレクトに対象に伝わり、地上での爆発よりも何倍も殺傷力があると聞いたことがある。代表的な例で言えば機雷や魚雷、後は爆弾で破滅的な漁獲を上げるダイナマイト漁だろうか。

 だからワニが水中にいるなら手榴弾で効率良く攻撃が出来るだろうし、あわよくば仕留められるかもしれない。結城もこちらの狙いを察して頷いたので止める理由はない。さっそくワニのダイナマイト漁だ。

 手榴弾の安全ピンを抜く。安全レバーが飛ばないよう手の平に握りこんで、ワニの位置を確認する。少し、遠い。もう少し引きつけて…………いまっ!

 野球のピッチャーじみたモーションで手榴弾をワニのいる川へと投げ飛ばす。天使の身体能力で投げられた手榴弾は、プロ野球選手の投球じみた鋭い軌道を描いて水面へ突き刺さる。その位置は近づいて来るワニたちの鼻先。直後に起爆、川が大きく爆ぜて水柱が立った。


 ――■■■ーー!!


 言語化不可能の悲鳴をあげて水から追い出されたワニ達が川岸へと打ち上げられる。数は三体。巨体だけあって川岸に打ち上がる際に軽く地響きがした。川にはさらに一体残っているが、こちらは爆発があってから動く様子が見られない。これはもしかして仕留めたか? 念のため素早くスマートホンを出して確認を取る。


『界獣:アーマーアリゲーターを一体撃破――2000BP獲得』


 液晶画面に表示された通知に軽くガッツポーズしてしまう。あわよくばとは思っていたけど、実際に上手くいくと嬉しいものだ。しかし今は戦闘中。すぐに確認を終わらせてスマートホンをしまい、スコーピオンを手にする。爆発後に突撃を始めた結城の援護をしなくては。視界の端ではサーベルを抜いて例の滑らかな足取りでワニに向かっていく彼女の姿があった。

 水中爆発というものは僕が思っているよりも強力だったのか、あるいは『Angel War』で入手した手榴弾が一般的な軍隊で使われる物と違うのか、あるいはその両方か。爆発を受けたワニはかなりのダメージを受けたようで、川岸に上陸出来た三体は満足に動けない様子だった。このチャンスを結城は見逃さない。

 白刃がきらめくこと一閃、二閃、三閃……僕がスコーピオンで援護する必要はどこにもなく、決着は速やかについた。


「勝利、っと! これで六体。キリンも一体やれたじゃない」

「運良く水中爆発が効いただけです」

「謙遜が過ぎて嫌味になっちゃうわよ。もう少し素直に喜んだらどう?」


 僕のところまで戻ってきた結城が朗らかな笑顔を向けてくる。眩しい笑顔だ。眩し過ぎて僕くらいの人間だと目が潰れそうになる。さらには笑顔を勧めてきて「ほら、スマーイル」と僕の頬を引っ張ってくる。元の体とは違って、この若々しい体はどこもピチピチのプニプニで、引っ張られた頬も気持ちよく伸びてしまう。

 緊張を和らげるためなのか、単なる遊びなのか。何のつもりかはわからないけど僕の頬がおもちゃにされている。僕はどう反応したらいいか分からず棒立ちになって、されるがままだ。

 そのまま体感で数分。「良く伸びるわ。面白い」とつぶやく結城の背後にある川の水面が再び盛り上がる。第三波だ。


「ゆうひさん……うひろ、ひてまふ」

「分かっている。今日はやけに多いわ」


 ようやく解放された僕は結城と並んで川に相対する。手にはもう次の手榴弾を持っている。


「パターンはさっきと同じでお願い。水中爆発、アレかなり良いわ」

「分かりました」


 結城のリクエストでさっきと同じ攻撃パターンで戦うことになった。水中爆発でダメージを受けたワニの動きは通常よりもさらに鈍く、結城も楽が出来ているのが良かったようだ。

 ゲームで言うところのハメ技じみた感覚があっても、楽に勝てるならそれに越したことは無い。ハメ技、バグ技上等だ。楽にBPを稼がせてもらおう。

 分け前の配分から得られる今日の稼ぎを夢想しつつ、僕は手榴弾のピンを抜いた。




 □




「ふぅ……終わったのはいいけど、やはり多かったわね。妙だわ」

「妙ですか」

「ワニがこんなに集まるの初めてよ。界獣って、そこらの生き物よりもずっとシステマチックなの。だから必ず何かあるわ」

「……何か、ですか」


 あれから僕達は危うげなくワニを倒して、一息ついているところだ。結城はサーベルを鞘に納めながら厳しい表情で川を見つめてワニの大量発生に考えを巡らせている。

 ビーストプラントと比べてアーマーアリゲーターは群れる傾向がある大型界獣だと結城から聞いた。しかし、ここまでの数が集まっているのは異常だと彼女は言っている。


「前に言っていた巨大な界獣が近くにいるから、ですか?」

「そうかもしれないけど、もしそうだったら今まで探知にかからないのは変よ。体が大きいと探知はもちろん、私達の目でも捉えられるわ」

「……確かに」


 強大な界獣の近くに小型や大型の界獣が集まる性質を指摘してみたが、結城はそうなると探知にかからないのが妙だと言う。

 僕は口では彼女に頷いて見せたが、内心では何事にも例外とか規格外はあると思っている。探知を掻い潜る能力があるかも知れないし、光学迷彩で肉眼での目視が難しいかもしれない。あるいはもっとシンプルに『巨大ではない』のかもしれない。強さとサイズは連動している事が多い。けれどそれは絶対ではなく、この『Angel War』のような超常の中ならなおの事だと思う。

 降って湧いたような発想だけど、案外ありえそうに思えてきた。なので僕は結城にこの思いつきを言おうと口を開く。

 ――開こうとしていたタイミングでスマホに界獣の探知通知が入った。画面を見れば探知した先はこれまでのワニと同じく川の中。ただし、探知の反応がこれまでと比べて小さいものだ。

 結城も探知に気付いて川の方向に目をやる。『フィールド』内部の川は恐ろしく静かに流れる。水音は最小、意識していないと耳に入らないくらいだ。その水音に変化、魚が居ない『フィールド』ならば原因は界獣だけだ。


 穏やかに流れる川の水面がゆるりと盛り上がる。ワニよりも小さな盛り上がりは果たして、水面から現れたもののサイズと別物さを示していた。

 ワニの背中よりも丸い銀色の半球がプカリと顔を出す。程なく半球がさらに浮かび上がって真球に。そして川の流れや重力を無視して水面から空中へと浮上して、全貌を僕達の前に現した。

 目算直径2mくらいの銀色の球体。表面に目立った凹凸は一切無く、銀色も相まって表面は鏡のように周囲の光景を映している。水銀みたいな大玉が空中に浮かんでいた。

 これまで見た界獣も生き物の形はしていても『らしさ』は全く感じなかったが、これは形さえも生き物からかけ離れたものになっている。水から上がったそれを前に僕はこれも界獣なのだろうか? と考えて、近くの結城に聞こうと顔を向けた。

 結城の顔が強張っていた。手にはいつの間にか抜いていたサーベルを持ち、反対の手は剣帯に差し込まれている投擲用のナイフに伸びている。こんな彼女の様子は今まで見たことがない。声をかけるのも躊躇われる様子だけどここで言わないのも違う気がする。


「結城さん、あれは一体何ですか?」

「クイックシルバーよ……大きさこそ小さいけど、天使達の区分だと大型界獣に分類されているわ。大型が数多く群れていたのも納得だわ。強力な界獣、らしいの。私もネットでの知識しかないけど、情報が正しければ今の私達だと厳しい相手よ」

「クイックシルバー……」


 確か英語圏でのポルターガイスト現象でそういう名前のものがあったと記憶しているけど、それとは別に水銀の英語名もこれだったはず。名前の由来は見た通りだろう。

 そして強力な界獣というは結城の反応を見れば分かる。危険な敵。スリルを味わいたいから『Angel War』を始めた僕だけど、過ぎたるスリルはリスクになって身を滅ぼすものだ。だから真っ先に思い浮かぶのは逃げの一手、なのだが……。


「っ……来るわ! 走って!」

「……くっ」


 鏡のような表面が波打ちはじめ、映っていた鏡像が歪む。それを見た結城が僕に声をかけて身を低くして走り出した。それに倣って自分も身を低くして走り出す。

 体感わずか一秒後、地面が揺れて衝撃を感じたと思えば、僕達がいたところに銀色の杭が勢い良く撃ち込まれた。いや、杭じゃない。撃ち込まれた物は銀色の球体から直接伸ばされた触手めいたものだ。攻撃を外したと見るや地面に打ち込んだものを瞬く間に縮めて銀色の鏡面に収納して、またこちらに向けて鏡面を歪ませる。なんとなく分かった。これがこの界獣の攻撃体勢だ。

 攻撃を悟った僕はさらに身を低くして走る。すぐ頭上の空気を切って高速で触手が通過した。速い。今度は球体から目線を切らなかったのに攻撃したタイミングが掴めなかった。頭上を通過した触手は公園にある立ち木を軽々と貫通して、さらに射線上の二本目三本目の立ち木まで貫いていた。攻撃力が半端ない。下手な遮蔽物なんて無いも同然だろう。


 手に持ったスコーピオンの銃口を球体に向けてトリガーを引く。耳に馴染み始めた銃声と体に感じる反動に飛び散る空薬莢。距離があるし走りながらの発砲なので命中は期待していない。こんなヤバイ攻撃を少しでも緩められればと牽制の意味で撃ったのだ。

 すると球体は伸ばした触手を目にも止まらない速度で戻して、円形に傘を開いた。すると聞こえたのは金属が打ち合う鋭い音。触手を盾にしたのだろう。幾らパワーの低い弾とはいえこんな風に防がれるのは思ってもみなかった。あの触手は攻防自在の武器になるようだ。

 結城と一緒に川沿いから離れて自然公園の奥の方へ走る。球体は高度を変えず宙に浮かび、スルスルと音も無く追いかけて来る。こちらが速く走っても距離は変わらない。だから飛行速度は速いはずなのに音が無いせいで速さが分かりにくい。一種の錯覚めいた感覚を味わっている。


「結城さんっ、どこへ!?」

「林の奥の方! 木が密集しているところに行くわ! そこなら何とか戦えるはずっ」

「戦うしかないのか……」

「クイックシルバーは界獣の中でも速いから逃げられず、『フィールド』からの離脱が出来ないのが大抵と聞くわ。覚悟決めないと」

「分かった」


 音も無く追跡してくる銀色の球体を後ろに、僕達は走りながら話をする。方針は戦闘、しかないらしい。理由は球体の移動速度が速過ぎて逃げられないからだそうだ。

 『フィールド』からの離脱は言ってしまえばゲームの一時中断、スタンバイモードみたいなものだ。あるいは有名な狩りゲーで言う拠点への帰還だろうか。現実世界に戻れば界獣は襲ってこないし、『フィールド』で怪我を負っても損傷した装備も含めて元通りになる。『フィールド』への出入りは有用に使えばかなり便利なものになっている。ただし制限は当然存在する。

 幾つかある制限の内のひとつが、【探知範囲内に界獣が存在していると『フィールド』離脱は出来ない】だ。だから界獣と戦って負けそうになっても緊急離脱に使えないし、界獣の戦力を測る偵察で帰還用にも使えない。周囲に界獣が居ないと確認して上でしか使えず、純粋な帰還用になっている。だからこうして追いかけられると現実世界へ離脱できなくなってしまう。

 結城と並んで走って公園の雑木林に突撃していく。後ろをチラ見すると、さっきから変わらない距離でついて来る銀色の球体の表面が波立っている。攻撃だ。


「横に跳んでっ」


 結城の声に応えるように僕は横っ飛びで地面に転がる。地面に、近くの樹に、公園に設置された遊具に次々と銀色の触手槍が突き刺さる。だんだんと伸ばしてくる触手の数が多くなっている。命中精度は良くないが手数で補ってくるようだ。触手槍が何本まで伸ばせるかは解らないけど、これだといつかは捉えられてしまう。

 伸びてくる触手槍を避けつつ結城の様子を窺ってみると、そちらの方にも触手槍が伸ばされており結城はそれをサーベルで捌いていた。複数目標に同時攻撃可能、か。さらに触手槍は結城の振るうサーベルで切り飛ばされるも、すぐに再生して攻撃してくる。球体の方は触手を切られてもダメージを受けた様子はない。これで擬態能力なんてあった日には完全にT-1000型のターミネーターじゃないか。あ、飛行能力はなかったな。

 きりの無い防戦に結城は早々に見切りを付けたのか、一歩大きく後退する。そして下がり際に【通信】のスキルで『合図したら樹に隠れながら公園の管理事務所まで一緒に走るわ』と言ってきた。何か仕掛けるのだろう。そう察した僕はこちらにも伸びてくる触手槍をかわしながら『了解』と短く応えた。


 結城はサーベルを持っていない空いている手を腰に巻いている剣帯に持っていく。そこにはサーベルの鞘以外にも投擲用ナイフがガンベルトの弾薬みたいに数本並んで差し込まれている。そこから一本ナイフが抜き出されて、彼女の口元に運ばれる。形の良い唇が動いてこちらからは聞き取れない声が出されたようだ。するとナイフの刃が赤く光りだした。刃に沿って何本もの光のラインが走っているように見えるそれを、結城は構えた。ちなみにここまでの動きの中でも球体からの攻撃は続いていて、結城はそれらをサーベルと体捌きだけで避けながらこんなアクションをしていたのだ。半年と言う経験もあるのだろうが、才能というものもあるのかもしれない。きっとああいうのをセンスがあるというのだろう。

 回避で精一杯になりながらそのような事を思っていると、機は熟したのか結城からの合図が飛ぶ。


「今よ! まっすぐ行って!」

「っ!」


 思いの他大きな声に押されて僕は目的地の方向に足を向けて走り出す。結城は声を出すと同時に赤くなったナイフを思い切り振りかぶって球体へ投げ放った。天使の身体能力で投げられたナイフは強力な威力を持っているだろう。しかし球体は銃弾にも反応して防御してみせる。案の定触手を広げて盾にしてなんなく防いだ。そしてここから結城の仕込みが作動する。

 防がれたナイフは広げられた触手の盾に浅く刺さった状態で止まる。銃弾は弾いたのにナイフは突き立った。その突き立った刃から唐突に火が噴き出して発火、秒も経たずに触手の盾全体を炎に包んでしまう。

 当然球体は平気でいられない。攻撃のために出していた別の触手を引っ込め、火のついた触手盾をどうにかしようともがいて動きを止めている。この手のスライムみたいな外見から自切とかもしそうだけど、今のところその様子はみられない。こちらが動くチャンスが生まれた。


「仕切り直ししましょう、管理事務所へ」

「分かった」


 追撃できそうな感じだったけど、結城が選んだのは後退。僕は経験者の言葉には従う方なので、走り出した足をそのままに公園管理事務所へ向かい、結城も後ろから追走する。

 目的地に着くまでのわずかな時間、僕はここまでの短くも濃密な戦闘を想った。次から次へと飛んでくる触手槍。攻撃力は抜群で、僕達が今まで戦っていた場所は地面、樹木、ベンチなど人工物、自然物問わずに穴だらけになっている。人体に当たったら、想像したくない事になるだろう。しかも触手は守りにおいても優秀で、飛んでくる銃弾も簡単に防いでしまう。浮遊しているので地面の影響は受けず、移動速度も振り切れないくらいに速い。攻守に秀でて機動力まであってスキがない。正しく難敵といえる界獣だった。

 今までは小型のイヌ型、ネコ型、大型でもビーストプラントにアーマーアリゲーターと強くあっても型に嵌まれば一方的に倒せる『狩り』の感覚だった。ここにきて初めて『戦闘』と呼べるものを僕は経験している。スリルを楽しむよりも命のリスクが高まる状態なんだけど、こんな時でもスリルを楽しめてしまえる僕はイカレているのだろうか。

 自分が戦闘狂ではないかと疑いだした辺りで僕達は目的地に到着した。ログハウス風の平屋の建屋がこの自然公園の管理事務所になる。と言っても大都市の公園と違っていつも管理人や警備員がいるわけではなく、公園周辺のイベントで集会所になったり、公園整備の道具をしまう倉庫になっている。さらに今は『フィールド』の内部だ。人気はなく、掲示板に張られているすでに終了したイベントのポスターが寒々しさを感じさせた。


 ここまでかなり本気で走ったせいで上がっている息を整える。隣でも結城が膝に手をやって激しく息を吐いている。今の僕達は身体能力が相当上がっているはずだけど、全力で走った後は息が切れるし疲れもする。ふとここまで走ってきた方向を見やる。かなり本気で走って撤退したのだから向こうもこちらを見失っていないだろうか、などと淡い期待をしていたのだ。

 そんな期待をバッサリ切って捨てたのは息を整えた結城だ。


「――さあ、作戦会議しましょう。向こうがこちらに来るまでそう時間もないでしょうし」

「来ますか? さっきの様子だと見失っていてもおかしくないような気がしますけど」

「ネットの情報が正しければ来るでしょう。クイックシルバーの探知能力は高く、一度定めた標的をしつこく狙う執念深さもあるそうだし、ここまでやっておしまいってタイプじゃないそうよ」

「……そっか……分かりました覚悟決めます。結城さん、情報お願いします」

「んっ、じゃあ一通り私が知っている事を話すわ」


 この程度の攻撃ではクイックシルバーは諦めないし、まだこちらを見失ってはいないというのが結城の情報だ。スマホを見ても『フィールド』からの脱出は使えない。あの球っころがいまだにこちらを捕捉しているのでシステム上離脱できないらしい。

 こちらを捉えているなら素早さを活かしてさっさと攻撃に来そうなものだが、結城の炎を纏ったナイフ投擲を受けて慎重になったかもしてない。ただし、界獣全般が正体不明な何かであるため、一般的な生物の思考回路があるのかさえ不明だ。

 ともあれ、こうして時間が作れたので無駄にすることなく結城との作戦会議に臨む。避けられない戦いならいかにリスクを減らすかが重要だ。そのためには情報が物を言う。よく情報が大事とか聞くけど、今ほど強く実感する時はなかった。だから細大漏らさず聞き取り、それをいかに活かすかに頭脳を使う。

 不思議なことにこうも切迫した状況にも関わらず、心のどこかで状況を楽しんでいる自分がいるのを気付かされる。命の危機を前に頭を働かせるこの感覚がクセになりそうなくらい心地よい。変な脳内物質でも発現しているのかもしれないな、などと結城には分からないように薄く笑ってしまう。

 さて、これがゲームならこちらのターンだ。反撃させてもらう。



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