第6話
大金が手に入ったらどういう行動をするか。豪快に使ってしまう? 貯金して将来の出費に備える? あるいは資産運用で株を始める人もいるかもしれない。何にせよ、お金の使い方一つとっても人によって異なり、それがその人の性格を表す鏡のようなものだと僕は考える。
小難しい前振りをしてしまったが、要するに多額の金を前にしてどうしたものかと頭を悩ませているのだ。50万円、もといそうなる可能性がある1000BP程度で悩む辺りに僕の小市民っぷりが出ている。
50万円、あるいは1000BP、どちらにしても使う気になればあっという間になくなってしまう額だというのは理解出来ている。その程度の社会経験は積んできたつもりだ。いくら現金に換金し、いくらBPとして残して強化に回すか、悩むポイントはそこだ。
『Angel War』のメイン画面が表示されたスマートホンを手にあれこれと思考を回す。今の僕はアプリを起動していても天使にはなっていない。これも結城から教えてもらった実践的な小技の一つで、これで変身せずに『Angel War』のステータス確認や専用SNS『エンジェルブック』の閲覧が出来るようになった。
そして確認している場は、僕の職場である工場の生産ラインの一画だ。サボっているわけではない、するべき仕事がないのだ。具体的に言うとラインの一部でトラブルがあって生産ライン全体が止まってしまったのだ。流れ作業でやる生産ラインではままある状況で、復旧に関わる作業員以外の手が止まって暇になってしまうのだ。
こういう時は短時間ならそのまま待機だが、長時間になるなら別のラインへの一時的なヘルプに入るのがこの工場での慣例だ。けれど今はどこのラインも作業員で不足はなく、手が空いた作業員達は持ち場で手持無沙汰な時間を過ごしている。隣の外国人はずっと同国の作業員と陽気にお喋りしているし、さらにその向こうでは生産ラインの品質管理を担当している正社員が暇そうにスマートホンを弄っている。ラインが動かなければ正社員にも仕事が無いようだ。
そしてその向こうでは、ラインのリーダーが一人の派遣社員の作業者を叱っているのが見える。この生産ラインが止まったのは彼のミスが原因のようで、派遣社員の作業者は申し訳なさそうに頭を下げている。その横顔には深いシワが刻まれて、作業帽から出ている髪は白髪が目立っており、外見から窺える歳は50代ぐらいと思えた。対してリーダーは確か20代後半と聞いたことがある。親ほどの年齢の作業員を叱らなくてはいけない状況で、見るからにやり難そうな表情をしている。
あれを見て僕は薄ら寒い感覚が背中を通って行くのを感じる。あの派遣社員の姿は未来の自分になる可能性だってあるからだ。このまま何者にもなれずパッとしない時間を過ごしていけば簡単にああなってしまだろう。学校を卒業してからは時間の流れは早く感じる。あの未来は思ったより早く来るかもしれない。
そんな未来を回避するには金が要る。身も蓋もないが世の中は金が無ければ話にならない。かといって今の労働で貰える給金では全く足りない。副業でバイトをしようにも交代勤で夜勤がある今の勤め先では、他のバイトのシフトにも入りにくく難しいだろうし時間も削られる。真っ当な方法では現状を変えるのは厳しいのが現実だった。
――だった、過去形だ。現状を突破出来るかもしれないものが僕の手にはある。『Angel War』に僕はそんな期待を持ち始めている。
何しろ界獣一匹倒して1000BPだ。しかも結城の発言からするとあのビーストプラントより上位の存在は沢山あるし、1000BPをポンと惜しげもなくプレゼントしてくれた様子からするとこの程度の稼ぎは普通のようだ。
何のことはない、真っ当な方法が厳しいなら真っ当ではない方法にするだけだ。僕の中ではすでにこの『Angel War』を金稼ぎの一手段と考えるようになっていた。
リスクはとっくの昔に承知している。むしろそのリスクは僕にとってスリルと紙一重で、楽しみの一要素になっている。楽しみながら金が稼げるとは、今までの人生では無かった事なので嬉しくさえある。少なくともこの職場のように毎日毎日同じ作業の繰り返しでウンザリするのは無いだろう。
「今日もお誘いがあったし、仕事もこの分では早めに切り上げだろう……なら、今日も楽しみますか」
自分だけに聞こえる音量でポツリとつぶやく。工場の中の騒音を考えれば普通に言っても周囲に聞こえないが念のためだ。
結城からメールがあり、今日も彼女からの実践授業と界獣狩りのお誘いがあった。待ち合わせも前回と同様だ。今回もあの近辺で狩りをするらしい。
生産ラインがこの様子で、終業時間までの時間を考えると残業は無さそうだ。その分後日にしわ寄せがいくだろうが、その時はその時に予定を組めば良いだけだ。
この1000BPにしても早々に考えをまとめた。半分は換金、半分は強化に回そう。稼ぐ手段をケチっても良い事は無いし、投資と考えれば納得できる。今後は結城と組んで界獣狩りだ。このぐらいのBPを手にする機会なんて幾らでもあると思う。その時になって彼女の足を引っ張らないよう強化は必須だ。
それに半額の25万円でも僕にとっては十分に大金だしな。今月の給与明細を思い浮かべつつ苦笑い。偶々僕に目を向けていた隣の外国人が不思議そうな顔をしているが無視、思いはせるのは終業後の界獣とのスリリングなひと時だ。
□
『結城さん、後退に合わせて援護します』
『お願い!』
脳内に響く結城の声に応じて僕は銃の照準を界獣に合わせ短連射、弱点である頭部辺りに弾を散らして足止めして結城の後退を助ける。
ゲームを始めてデフォルトで存在するスキル『通信』を使ったやり取りだ。端的に説明すると天使同士でテレパシーが使えるスキルで、今まで相手が居なくて使う機会が無かったけど、こうして結城とやり取りをしてみると普通に声で言葉を交わすよりもずっと良いものだと分かる。通信圏内なら離れていてもクリアに聞こえるし、周囲の雑音にかき消される心配もない。音を立てたくない時のやりとりにだって使えるしかなり便利だ。
結城からこの『通信』を使った連携を提案されて大した考えずにそれを承諾した僕だったが、こうして効果を実感すると凄いやら恐ろしいやら不思議なのやらで感情が複雑に入り混じってくる。今更だが、どんどん人間離れしていくなぁ、と思ってしまうのだ。
結城と組んで今日で三日目、僕の天使学習は順調でコンビもまた順調だ。少なくともこうして連携の形になる位には共闘できている。
結城が切り込んで突っ込み、僕はそれを援護する。彼女が後退する時も同様。僕の援護で結城は安全に突進と後退ができるようになった。逆に僕が狙われた場合は結城が護りに回り、僕の後退を助ける殿しんがりになる。まだ三日目で、各個に狙われた場合などの対応など詰めの甘い部分が多いけど一応様にはなっているはずだ。
結城が後退すると足止めされた界獣とは別個体の界獣が別の方向から結城に向かって突進してきた。狙いはあくまで結城、脅威になる天使を優先的に狙う思考を持っているみたいだ。
この別個体も足止めしようと僕はそいつに銃口を向けて短連射。最初の界獣よりも距離があるせいで弾の集まりが悪く、さらに弱点の頭を無数の蔦で守っているので効いた様子は見られない。サブマシンガンのスコーピオンでは複数のビーストプラントを相手取るのに火力不足みたいだ。なら、別の手を使うまで。
複数の敵を相手にするなら範囲攻撃は有効な手だ。ジャケットの裏に手を入れて目的の物を取り出す。ゲームとは違って範囲攻撃に敵味方を識別する都合の良い能力や機能は無い。味方を巻き込まないよう一声かけるのは必須になる。
『結城さん、グレネード使います。合図したら大きく離れて』
『分かったわ』
火力が足りなければもっと火力を。頭の悪い方法だけど真理だったりする。
天使体の手にも収まる丸っこい物体に付属しているリングに指をかけて力を込めて一気にピンを引き抜く。安全ピンの固定は意外と固く、戦争映画のように歯で引き抜くのは難しい。だから普通は両手を使う必要があって、僕はスコーピオンを一時的に腰のホルスターに入れた。無防備になる瞬間だからか手の内側が汗ばんできた。握った物体、手榴弾を汗で滑らせて落とさないかひやひやする。
ピンを抜くとバネの力で安全レバーも弾け飛ぶため本体の握り方にも注意が必要だ。事前にネットからそういった知識を仕入れているけど、いざ実践となれば体が思うように動かない。今は余裕があるから手元を確認できるけど慌ててしまうと思わぬ事故になってしまう。これもスコーピオンと一緒で要訓練だ。
『投げます!』
結城に『通信』で合図を出して腕を大きく振りかぶって本体を投げた。空中で本体から安全レバーが分離、大きく弧を描いて複数いるビーストプラントの中心部に向かって落ちていく。
僕自身は投げた勢いをそのままにその場で地面に身を伏せる。これもネット動画の米軍の訓練風景を参考にやってみた動きだ。本場の兵士と違って付け焼刃もいいところだけど、飛んでくる破片から身を守るには必要な動きだ。
合図を受けた結城はビーストプラントから目を外さずに後ろに大きく跳んだ。助走もなしにおよそ10mのバックステップ。天使の身体能力は桁外れで、見ているとコミックやゲームの世界みたいで現実味が薄くなる。とにかく、結城は文字通り一足跳びで危険域から脱した。
退いた結城を追おうと界獣が足を踏み出すが、その鼻先に僕が投げた球体が落ちる。うん、なかなかベストなところに落ちた。でもって、ボン!
信管の発火時間も一応考えてゆるく投げてみたのが上手くいったらしく、界獣が目の前の手榴弾に気を取られてすぐに爆発が起きた。
これも映画やアニメと違って派手な爆炎が上がったりすることはなく、爆竹の爆発が幾らか強くなった程度にしか見えない。けれど効果は絶大だ。
爆発に巻き込まれた界獣三匹の内二匹がその場で倒れて、残る一匹も立ってはいるけど損傷が激しく動きが鈍くなった。メディアに出てくるように爆発で吹き飛んだりはしないけど一発で複数の界獣を無力化するほどに強力な威力がある。
さすが、一個5BPするアイテムだ。財布にダメージがくる代わりに強力な威力を約束してくれる。
この手榴弾も銃器と同じくアプリのショップで購入できるのだけど、一回使ったらおしまいの消費型アイテムだったのだ。再び手に入れるにはショップでBPを支払って買い直さなければいけない。日本円にして一個2500円。やはりネットの情報で知った米軍の正式採用の物より幾分安いが、損をしている事に変わりはない。
あれだ、気分は終わらないのに終わるといっている某大作RPGの『ぜになげ』をやっている感じだ。やはりここでも世の中はお金なんだな、と実感してしまうのだ。
『ナイスよ! 止め刺すわ、私が二匹で貴女が一匹、いいわよね』
『了解、異論はありません』
手榴弾の爆発を受けても界獣はまだ健在、止めを刺すため結城がバックステップで下がった分の距離を一足で詰める。
止めを刺した天使にBPが振り込まれる仕組みのため、誰がラストアタックをするか確認する必要はある。BPを譲渡するシステムは存在するけど、揉める原因になるのは少し考えただけでも分かるからだ。今回はビーストプラント三匹の内、結城が二、僕が一の配当だ。今は色々と教わる立場で、結城が前線で頑張ってくれたお陰でこちらに攻撃はほとんど無く余裕をもって対応できたのが今回の勝因だ。異論などあるはずがない。
スコーピオンを再度手に取ってマガジンチェンジ。素早く距離を詰めて手榴弾で倒れた一匹に狙いを定める。止めを刺す時も慎重に、最後の悪あがきがあるかもしれない。
目測で5mの距離で発砲、弱点の頭にフルオートで弾丸を撃ちまくる。排莢口から景気良く空薬莢がいくつも弾け飛んで、撃たれたビーストプラントは倒れた姿勢のままビクンビクンと着弾のたびに痙攣する。その様子が滑稽で面白い。
2秒もしない内にスコーピオンは弾切れ。弾数が少ない上に発射サイクルが早いので弾切れも早いのだ。次のマガジンが必要かと思ったら、これでビーストプラントは事切れて体を崩壊させて消えていく。
これで僕は1000BPを獲得した。前の分と合わせればこの数日で100万円の稼ぎだ。真面目に働くのが馬鹿らしくなってくる。収入が不安定な部分に目をつむればこれだけで食べていくことも出来そうじゃないか。――真剣に検討してみるか?
思考が脇に逸れそうになった僕の耳に空気を切る鋭い音が入ってきた。そちらを見ると、結城がビーストプラントを始末したところだった。
僕が一匹を始末している間に結城は手早く二匹に止めを刺していた。半年という経験の違いは結構な差を生んでいるらしい。装備の差、強化の差、そういった諸々の差が半年という時間で生じるようだ。逆を言えば僕も半年という時間をかければ結城の域にまで行ける可能性はあると思う。
ゲームのレベリングもそうだが、こういう強化は焦らず腰を据えて取り組んでいくべきだ。せっかく結城というアドバイザーがいるのだし機会は上手く利用しないと損だ。
「ふう……終わったわね。探知範囲内に他の界獣は無し、こんなところかしら」
その利用すべきアドバイザー結城は、周囲に界獣が居ないのを確認すると一息吐いて戦闘態勢を解除した。手にしたサーベルをくるりと回して納刀、絵になる動きだ。意識しているのかいないのか分からないけど彼女の動きはいちいち芝居がかっている気がする。しかしそれが端正な容貌とマッチして似合っているのだから得な少女だ。
大人びた横顔が戦闘の激しい運動で赤みが差し、少女とは思えない色気が感じられて僕は思わず結城から視線を逸らした。27にもなる男が10歳以上も下の少女にドギマギして誰得なんだよ、二次元にしか興味が無かった僕はどこへ行ったんだ? ……ダメだな、向こうは僕を同年代の女の子と見ているのだ、不審がられては不味い、しっかりしないと。
「どうしたの、頭痛いの?」
「いえ、大したことじゃないです。それより次に行きますか? それとも今日はここまでにします?」
「そうね……どうしようかしら」
僕が頭を抱えて自己嫌悪と戦っていたのを誤魔化す意味で話題にしたのだけど、今日の次の行動は真剣に考える必要がある。振られた結城も形の良いあごに手を当てて考え出した。またも芝居がかった仕草だけど、やはり似合っている。
天使の界獣狩りについてもこの三日で幾つものノウハウを教えてもらった。期間こそ短いものの密度は濃く、僕が一週間あれこれと試行錯誤していた時と比べて雲泥の差だ。
界獣狩りは手始めに小さいタイプの界獣を見つけて狩っていくところから始まる。僕が独学でやっていた時に相手をしていたネコ型やら犬型やらがそういったタイプになる。
一匹当たりの入手BPは低く、耐久力や戦闘力も大型に比べて少ないが、その分数は多いのが小型の特徴だ。天使達の間ではBPを稼ぎたい時に敬遠される雑魚と認識されているが、これが大型界獣を探索するときに役に立つ指標となる。
小型の群れを大型が引き連れている、あるいは小型の群れが大型に付きまとっているのが界獣の特徴らしい。小型界獣が出没するするポイントから割り出したり、小型をエサにして誘い出したり、あるいはスキルにも探索に役立つものがあると結城は教えてくれた。この自然公園の『フィールド』もある程度見当をつけた場所だと彼女は言う。
その見当は大当たりで、大型界獣のビーストプラントが前回と合わせて四頭も出没する成果を出している。この分ならまだ大型界獣が出没しそうなのだが、続けるかどうかは経験者の言葉を聞いてからだ。
「この狭い範囲にビーストプラントがこれまでに四頭。これ、割と多い数なのよ。普通は一頭か二頭で広い範囲を動いているらしいの。これは、他にもっと巨大な界獣が存在するかもしれないわ」
「もっと大きな界獣ですか?」
「ええ、前にも言ったでしょ、高層ビルぐらいの界獣がアメリカで報告されたって。そこまでいかなくてもトレーラーサイズや家サイズなら日本にもいるわ。その周囲には小さめの大型界獣が何頭もうろついていると聞いた事があるの。ちょうど今のように」
結城が口にした巨大界獣の出現の可能性に僕は恐ろしさと同時に面白さを覚えた。いいね、そんな特大のスリルが近くにいるかもしれないなんてゾクゾクする。
とはいえ、夢見がちに凸する気はない。ビーストプラントにも苦戦する僕単体では圧倒的に火力不足だし、考え込む結城の表情からすると彼女でも厳しい相手なのだろう。
必要以上のリスクは回避、スリルは適度に用法用量は正しく守りましょうだ。過ぎた刺激は身を滅ぼす。
「じゃあ、撤収しましょう。そんな大きな界獣となんて戦えませんよ」
「そうね。私でも厳しいだろうし、無理に相手する必要はないわ」
とった選択は戦闘回避だ。無理して戦う必要のない相手にまで喧嘩を売る意味なんてありはしないのだから。
『フィールド』を離脱して現実世界に帰還する。スマートホンを操作するだけなのでかかる時間は10秒にも満たない。元の世界に帰るとすぐに体の五感が周囲の環境の変化を敏感にキャッチする。鼻に入る土の臭いや草木の青臭さ、公園の外を走る車両の走行音などの雑多な音、『フィールド』では感じられなかったそれらが一気にそれぞれの感覚器を刺激するものだから軽いめまいに襲われてしまう。
横にいる結城に目をやると、そちらは慣れたもののようで平気そうな顔をして腕を上げたり回したりと体を伸ばしている。すでに服装は天使体の装備から放課後の学生のものへと戻っていた。
「うーーん……はぁ、今日はなかなかの成果だったわ。私一人だとビーストプラント三頭相手なんて厳しいし、かなり手こずるわ。貴女に声をかけて本当に正解だったと思う」
「それは、どうも」
「もう、そこは素直に喜べばいいのに」
「はあ」
結城の賞賛の声に僕は戸惑うだけだ。人から褒められるような出来事なんて今までの人生でほとんど無かった僕はこういった言葉に全く慣れてなく、どう言葉を返して良いか分からず素っ気ない反応しかできない。
僕を見る他人の反応はほとんどが無関心で、ごくたまに蔑視や軽蔑、嘲笑の類だった。それはそうだ、僕自身も他人に向ける感情は持っておらず、人に無関心で過ごしてきたのだ。無関心には無関心をというわけだ。だから、こういう褒め言葉は新鮮過ぎて気持ち悪くなる。
こちらの居心地の悪さを感じ取ったのか、結城はそれ以上何かを言うことは無く、少し考える仕草をしてから自分のスマートホンを手にとって、何かの操作をしてから制服のポケットに入れた。そして彼女の空いた手は僕の手をごく自然な動きで絡め取った。流れるような動きで警戒心が起きる間もなく僕と結城の手が重なる。
「……え? 何を」
「少し遅くなったし、このままどこかのお店で食べましょ。今日は良い成果も出せたし、懐も暖かいし、豪華にいきたいわ。ね、いいでしょ?」
「え? 大丈夫ですか? 親とか、遅くなったら何か言われませんか」
「大丈夫、いま親に友達と外で食べてくるって連絡いれたし問題ないわよ」
手を繋いできた結城からの食事のお誘いだ。『Angel War』を始める前の僕なら安月給で外食なんて出来るはずもないが、今なら高級店でのディナーさえ望める金額が財布に入っている。全く、金は良くも悪くも魔物だ。
お金の方向では問題なく、結城の親も連絡済み、後は僕の気持ちの問題だけ。そこも問題は無かった。ただ戸惑ってしまう。誰かと一緒の食事なんて何年ぶりだ? 少なくとも親以外と食事を共にした経験なんて僕は無いぞ。しかも結城は今何て言った? 友達だって? 先日も友達になれるとか言っていた記憶はあるけど、彼女の中ではすでに僕は友達扱いなのか。
「友達ですか」
「そうよ。先輩後輩みたいな感じはあるけど、一緒に戦う天使の仲間で友達、こういうのって戦友っていうのよね!」
嬉しそうな顔で繋いだ手を上下に振る結城。手が繋がっているから僕の手も一緒に上下する。このノリは僕が男だからついていけないのか、僕が三十路近くになる歳だからついていけないのか、どっちだろうか。
とにかく、返事を返すならイエスだ。断る理由がないからというとても消極的な理由からだけど、僕を友達だと言い出す結城という少女に興味を覚えたのもあった。
「そうですか、食べにいくのは良いですよ。どこに行くんですか?」
「ここの近くに美味しいラーメン屋があるのよ。そこに行きましょう。トッピングも種類が豊富で、今日みたいに成果が多いときはトッピング全部乗せで豪華にいくのよ」
「……そう、ですか……」
端正な容貌の美少女がラーメンのトッピング全部乗せで夕食か。男が女性に勝手に抱いている幻想をぶち壊す威力が今の言葉にはあった。やはり先程ドギマギしたのは気の迷いだった、これからも二次元を愛そう。童貞臭いと笑わば笑え、僕にとっては現実の女よりも二次元嫁の方がよほどありがたい存在だ。
こんな風に僕が軽くショックを受けていても結城はお構いなしのようで、「じゃあ、行きましょうか」などと言って僕の手を引いていく。最初に会ったときからある清楚な印象はそのままに、接する態度は親愛を込めて、結城は僕との精神的な距離を縮めてくる。
対する僕は結城との距離を測りかねてどんな態度で臨めばいいか分からないでいる。手を引かれたまま自然公園から移動する足どりは少し重かった。
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