第5話




 目標は犬型界獣が五匹。林立する木々を巧みに使ってこちらの射線に入らないように前後から挟み打ちを仕掛けてくる。前に三、後ろに二、本命は……どっちもか。組み付くことが出来た方の取り分、要は早い者勝ちだ。

 連携は挟み撃ちにする以外はあまり考えてはいないようで、天使体になっている僕の反応速度なら対応できる。新しく手に入れた武器も対多数向けで、要するに容易い敵だ。

 手にした武器の銃口を跳ね上げて敵へ向ける。まずは前の三匹、距離はすでに10mを切った。サイティングは一瞬で終了。狙ってバン、狙ってバンではなく、全部の的に狙いを定めて一気に撃ちまくる。

 トリガーを引いた瞬間、けたたましい銃声が耳を叩く。フルオートで撃っているせいで反動が強く、手の中で武器が暴れるのを必死に抑える。ネットの情報ではこれでも反動は小さく、コントロールは容易だという話だけど、想像していたものよりキツめだ。天使体のこの身体が小さいせいなのとフルオート射撃に慣れてないせいだろう。

 それでも狙った三匹全部に命中弾がありその場で足を止めた。仕留めるにはまだ足りないけど今はこれで充分、出鼻をくじいての足止めが目的だ。その場で素早く身を翻して反転、後ろの二匹にも銃弾のシャワーを浴びせかけた。

 犬型界獣の動きは素早く、正面から銃を撃っても避けられる。けれどここは木が立ち並んで障害物が多く、逃げられる空間が限られる。こちらの射線に入らないよう遮蔽物に使ったつもりだろうが、自分の逃げるスペースを潰してしまっては世話が無い。そこにフルオート射撃での面制圧だ。僕が撃った弾丸は難無く界獣達に命中して行動不能にさせた。

 行動不能になって地面に這いつくばる五匹の犬型界獣。行動不能になっただけで、まだ止めは刺していない。初日で得た教訓は忘れていない僕は確実を期して動けなくなった五匹に武器を向けて引き金を……引こうとしたけど弾切れだった。


 やはりオプション付けても弾数が少ないな。確かオリジナルが10発で、オプションのロングマガジンで20発だったか。一般的な物と比べても弾数が少ないけれど、その分コンパクトで取り回しが良いのがこれの特徴だ。瞬間的な火力の高さは素晴らしいと思うし、買って損の無い武器だと思う。ただ、今後もコレを使っていくなら練習は必要だ。少なくともフルオートに戸惑っているうちに弾切れなんてなりたくない。

 今後の課題に軽くため息を吐いて、両手で保持していた武器から一方の手を離して、脇の下のホルスターへ。サブウェポンで持っていたシグを取り出すと、界獣達へ止めを刺していく。

 一匹、二匹、三匹、と止めを刺して回る。シグの9mmショート弾を身動きが取れない界獣の頭に撃ちこむだけの作業だ。いくら威力が低めでも急所に撃ちこめば倒すのに充分だし、二発も当てれば確実だ。

 事切れて消滅していく界獣を横目にマガジンを換えつつ四匹目を仕留め、五匹目というところで介入が入った。


「はい、これで五匹。最後の一匹ぐらいはレッスン料ということで良いでしょう?」

「あ、はい、別に構わないです」


 頭に刃が突き立てられて最後の界獣が絶命した。やったのは結城で、授業料だそうだ。そういう話なら僕に文句は無い。

 結城の握っている刃は、パッと見た分類としては欧州や昔の日本で使われていたサーベルそのものの形をしている。柄の一部が手を守るような構造になっている護拳が付いていて、刀身は浅い反りのある片刃で裏刃のあるタイプ、日本刀でいえば小烏造だ。全長は80cmといったところで、それを結城は片手で軽やかに扱っている。

 界獣が消滅して刃だけが残されると、くるりと刃が翻って納剣。腰から下げた鞘に涼やかな金属音と一緒に収まった。結城の武装はそのサーベルがメインらしく、他にも短剣やナイフが見えるところから武装の種類は豊富らしい。


 『界獣:犬型Δ種を撃破――4体撃破――BP8ポイントを獲得』スマートホンを見るとこんな表示が出ている。状況から考えるとBPは止めを刺した天使に振り分けられるようだ。BPは他の天使に譲渡できるそうだが、これは臨時でパーティを組んだ際に揉める原因にもなりそうな気がする。結城が信用できる相方を求めているのもこういうシステムが一因にあるのだろう。

 とりあえず目に付く周辺の界獣は全て倒した。一息ついて構えていた銃を下ろす。すると結城はそれを見計らっていたらしく声をかけてきた。


「それで、新装備の使い勝手はどうなの? 連射出来る分火力が上がったと思うけど」

「確かに火力が上がったけど、使いこなすには要練習ですね」


 手に入れたばかりの武器の試し撃ちの感触としてはこんなものだ。伸ばした折り畳み式のストックを折り畳み、本体の上部に跳ね上げればこの武器の愛称どおりの特徴が出る。

 Vz61、愛称はスコーピオン。冷戦時代のチェコ製のサブマシンガンになる。正確には僕が手にしているのはシグと同じ弾薬の9mmショートが撃てる口径違いのバリエーションVz64なのだけど、外見から分かる違いなんて無く愛称も変わらない。

 これの売りは何と言ってもコンパクトさだ。サブマシンガンなのに大型の拳銃程度の大きさで、ストックを畳めば全長30cmにも満たない。ネットでの知識では旧共産圏の工作員やテロリストが携行性の高さから好んで使っていたとあった。

 ただ、先述したように一般的なサブマシンガンの装弾数が三十発前後なのに対し、これは十発。オプションで購入できるロングマガジンを使っても二十発しか撃てない。フルオートで撃てばあっという間に弾切れだ。

 さらにこれも先述したけど意外と銃口が跳ねて命中精度は良くない。元来サブマシンガンは弾をばら撒くのが仕事なので正しい在り方だけど、もう少し練習を重ねて錬度を上げておきたい。

 僕の新装備スコーピオンに対するファーストインプレッションはこんなところだ。要練習、だけど当初の目的である火力上げには成功しているから概ね満足している。


「じゃあ、試射も終わったところでどうする? このまま狩りを続ける?」

「そうですね……では、お願いして良いですか」

「分かったわ。じゃあ、狩りは続行ね」


 僕たちが今居る場所は待ち合わせをしたモールから徒歩で二十分ぐらいのところにある自然公園。そこから『フィールド』に潜った場所になる。自然公園らしく多くの樹木が植えられていて、地面は芝生か整えられたグラウンドになっている。足場がしっかりしていて、適度に障害物があり界獣と立ち回るにはもってこいの環境だ。結城がここに案内したのもこの環境からだろう。

 モールからここまで、そして戦闘開始前まで結城からは色々と天使としての活きたノウハウを教えてもらった。ヘルプだけでは分からない実践的なアプリの活用方法や、天使用SNS通称『エンジェルブック』の使い方や細かなテクニックも彼女は惜しみなく教えてくれた。

 通常この手の活きた知識や有用な情報は秘匿されがちだ。その方が旨味があるからだが、結城は「この程度の情報、秘匿するまでもないわ。教えられる事は出来るだけ教えておかないとチームを組むにも不便でしょ」と言って熱心に教えてくる。それは今この時もだ。


「それで、レーダーはこう操作すると拡大縮小が出来るの。この辺りは普通の地図アプリと一緒ね。初期だと自分を中心にして100mが探知範囲で、スキルとか位階が上がることで範囲は広げられるの」

「なるほど。障害物とかで探知できないとかはあるんでしょうか?」

「私が今まで経験した中では障害物や建物の中にいても界獣は探知できたわ。だけど『エンジェルブック』の情報だと探知できないエリアがあったり、探知をすり抜けるステルス能力がある界獣もいるみたいよ」

「過信は禁物ですか」

「そうなるわね。それを踏まえてレーダーを見ると、さっそく次の界獣が来ているわよ」


 『Angel War』のアプリ機能の一つ、界獣レーダーの使い方をレクチャーしてもらっているのだが、結城との距離が非常に近くて戸惑う。僕の持っているスマートホンを覗きこみ操作してくるので、肩は寄せ合う形になって顔がとても近くにある。人の体温をすぐ近くで感じる機会なんて小学生の時以来で、どう反応して良いのか全く分からない。

 向こうはこちらを同年代の同性だと思って接しているのだから、動揺するのも変だと考えてなるべく顔に出ないよう努めるのが僕の精一杯の対応だ。このぐらいの女子は同性同士の触れ合いが多いと聞いたことはあるけれど、本当なのだと実感してしまう。

 ともあれ、すぐに次の戦闘があるので切り替えていこう。スコーピオンの本体から空になったマガジンを抜き出して、新しいマガジンを挿入、ボルトを操作して弾薬を装填した。

 空マガジンは消滅するので捨てても問題なく、新しいマガジンは腰のベルトにあるマガジンポーチから取り出せるようにした。新装備のスコーピオンは腰回りに装備できるホルスターとマガジンポーチがセットになったベルトに収まるようになっており、これもジャケットで隠せるようになっている。これら装備のレイアウトは実際の武装と一緒である程度変更出来る。ゲームとは違って体力とスペースが許容できる範囲において武装の制限は無いらしい。

 こうして手に持っているスコーピオンはシグよりも重い。ネットの情報では1.4kgほどだそうだけど、心理的にはその数字以上に感じる。戦いを前にして緊張しているのが分かる。だからこそ、この緊張感、このリアルなスリリングさが堪らなく愛おしい。何度でも味わいたくなる。


 今いる自然公園は河川敷の両岸に広がっていて、吊り橋で川を跨いでいるやや珍しい形式になっている。新たな界獣がやって来る方向はその吊り橋の向こうからだ。

 スマートホンに表示されている反応の数は一つ。つまり相手は一匹だけなのだが、これまで戦った界獣はみんなある程度の数で動いていたのを考えると嫌な予感がする。


「この反応の大きさと数からすると、大型の界獣ね。今まで貴女が相手してきた小型界獣よりもずっと大きくて強い個体よ。死ぬ危険がとても高くなるけど、その分貰えるBPは破格ね。私も大型を仕留められるようになったから効率良く稼げるようになったの。分かりやすくハイリスクハイリターンの敵。どうする? 逃げるなら今の内だと思うし、そうするなら私が単独で仕留めるけど」


 結城が自分のスマートホンを見ながら口にする大型界獣の存在で、僕の嫌な予感フラグはすぐさま回収された。やって来るのはゲーム的に言うならボスみたいな存在なのだろう。彼女の口ぶりからすると今まで戦ってきた犬型や猫型の界獣とは比較にならない相手だと容易に察せられる。

 つまり、よりスリリングで刺激的な敵が来たという訳だ。スリルを求める僕に逃げる理由は無い。死ぬ危険、ハイリスク大変結構、そんなの先刻承知だ。


「BPを稼いでいく上で避けられない相手なら、後回しにしても仕方ないでしょう。やります」

「そう、良い返事ね。来るわよ」


 結城の声を合図にしたかのように件の界獣が僕達の前に姿を現した。対岸の土手の向こうから公園の設備を跳び越えて大きな影が着地する。その余波で両岸を繋いでいる吊り橋が揺れた。

 トラックサイズの動く植物……例えが古いけど小さくなって動きが良くなったビオラ○テに見える。ただ、これまで見てきた界獣に共通する特徴としての『生き物らしさの欠如』はあれにも見られ、植物の形をしているだけのロボットの様にも見える。

 蔓が束ねられた四肢が地面を踏みしめ獣のような姿をしている。その体のあちこちから蔓が枝分かれして飛び出て、食虫植物じみた牙を持った口が幾つも存在して、頭に当たる部分には一際大きな口がある。全身は全て蔓で出来ているようだ。

 沢山ある蔓の口は全部こちらを向いており、目らしい部分が見当たらないくせに向こうはすでにこっちをロックオンしている。戦いは避けられないし、避けるつもりもない。


「ビーストプラントね。大丈夫、勝てる相手よ」

「大きいですね。あれが大型界獣」

「ええ、大型界獣の中では小さめの部類。知る限りだと高層ビル並みに大きな界獣がアメリカで出現した事があったらしいわ」

「凄まじいですね。フィールドがなかったら一騒動どころじゃない。それで、戦い方は打ち合わせ通りに?」

「私が前で貴女が後ろ。使う武器からして合理的なはずよ」

「了解」


 このフィールドに入る前、共闘する場合の対応を軽く打ち合わせしていた。何のことは無い、結城が前に出て僕が後ろから援護射撃を加えるという基本的な戦い方を簡単に確認しただけだったが、こうして迷い無く戦闘態勢に入れると思えば意味はあったようだ。

 スコーピオンのストックを再び展開して肩に当てる。グリップを握る右手、グリップ代わりの弾倉を握る左手、トリガーに指はかけない、銃口は対岸の界獣に向いている。横では結城が鞘からサーベルを抜き放ち、ゆっくりと界獣との間合いを計るように足を進めだした。

 剣を片手に怪物と戦うなんてファンタジー作品の一場面そのままだ。僕自身もその場にいるくせに、非現実的な光景のせいで他人事のように感じてしまう。同時に湧き立つ気持ちにも火が灯る。

 ビーストプラントと呼ばれたミニビオ○ンテは、こっちの動きに反応してか姿勢を低くして四肢に力を込めていく。その姿は今にも飛び掛ってきそうな獣だ。

 川を挟んで吊り橋のあっちとこっち。距離は20m位。余計な音が存在しないフィールドの中だけに川の流れる音だけがくっきりと聞こえ、静寂空間が緊迫し耳が痛いくらいだ。


 機先を制したのは他ならない僕からだった。今にも飛び掛かりそうな界獣の出鼻をくじくには先制攻撃が一番だと考えたからだ。飛び道具を持っている有利を活かさない手はない。加えて結城が接近戦を仕掛けるために気を反らす牽制にもなる。ダメージを与えられるかは考えない。機先を制するのを一番に考えたのだ。

 トリガーを引けば甲高い銃声が鳴って、反動がストック越しに肩を蹴りつける。真上に空薬莢が幾つも弾き出される。フルオートで一気に撃ち尽くすのではなく、何発か撃ってはトリガーを戻し、何発か撃っては戻しの指切りバーストを心がける。この方が弾の消費が抑えられて、集弾性がある程度保てるとネットではあったからだ。ただ、こうしてやってみると連射速度が高いせいで思ったように上手くいかない。これも要練習だ。

 そして僕の撃った弾丸は、ビーストプラントの足回りと周辺の地面に数発めり込んだ。あの手の動き回りそうな相手は足を止めた方が良いと考えたからだ。ついでに20mぐらいの距離で、スコーピオンのような小さなサブマシンガンをフルオートで撃った割には良い集弾率ではないかと思う。

 こうして足止めが出来れば、後は結城が止めを刺してくれるという寸法だ。半年先行している天使の能力がどれほどのものか、お手並み拝見だ。


 結城は手に持ったサーベルを構えるなり、するりと滑らかな動作で足を踏み出す。そこから先はノンストップの斬撃劇場の始まりだった。

 まるでスケートリンクの上を滑るように結城は速く、ビーストプラントとの間にある吊り橋を一切の遅滞なく駆け抜け、僕の銃撃のショックからまだ立ち直れていない相手の懐にあっという間に潜り込む。

 一閃、二閃、サーベルが振るわれると界獣の体から幾つも生えていた牙付きの蔓が切り落とされる。界獣が反撃しようと蔓を伸ばしても、すでにそこには居ない。さらに三閃、四閃、蔓が次々と切り落とされて界獣の攻撃手段が奪われていく。

 一瞬だけ、界獣を切り刻んで嬲る趣味でもあるのかと思ったが、結城の表情は真剣なもので動作にも無駄はない。つまり必要だからやっているようだ。そうこうしている間にビーストプラントはあちこちに生えていた蔓をあらかた刈り上げられ、四肢も深く切り込みを入れられて行動手段さえも奪われていく。


「キリン! 止めを譲ってあげる!」

「――っ! 分かった」


 充分に弱らせたと見た結城がこちらに戦果を譲ってきた。界獣から跳び退いて僕の射線を空けてくれる。

 「頭の部分が弱点よ」という結城の言葉を聞いて、僕は界獣との距離を縮める。サブマシンガンのスコーピオンで今の僕の腕なら頭を狙うなら近づかないと駄目だからだ。

 20mはあった距離を半分以下にまで縮め、吊り橋の上で肩膝をついて膝射の姿勢を素早くとってスコーピオンを構えた。仕事を終えた後の暇な時間を使って、銃を構える練習をしてきた成果がそれなりに出ているのが分かる。照準はブレずに大型界獣の頭に狙いをつけた。

 躊躇う事なく引き金を引いて発砲。またも感じる肩を蹴りつける反動、耳を叩く銃声、速い回転で次々と撃ち出される弾丸が界獣に突き刺さっていくのが視界に映る。まるでゲームのFPSをしている気分になって現実味が薄くなる。けれど同時に肌に感じる戦いの空気、鼻に入る硝煙の臭い、口の中がやけに乾く感覚など五感で感じる全てがこれを現実だと知らせてくる。これは液晶画面の中の出来事ではない紛れもないリアルだ。


 僕が撃った銃弾はほぼ全弾結城が示してくれた界獣の頭に命中した。10m以下の距離だし、界獣も大きいので流石に外さなかった。けれどこれで止めになったか、有効なダメージを与えられたかが不安だ。

 弾が切れたスコーピオンに新しい弾倉を挿入。さらに発砲して確実に止めを刺す。フルオートで連なった銃声が二十発分、界獣の頭を穴だらけにしていく。

 一発の威力は小さくても何発も弱点を攻撃されれば流石に効くようで、止めを刺された界獣の体が力なく地面に落ちた。トラックサイズの図体をしているだけに重々しい音を立てて地面を軽く揺すり、僕が居る吊り橋も揺れた。


「――っ! おっと」

「大丈夫?」

「あ……ありがとうございます」

「どういたしまして。それより、やったわね。討伐成功よ」


 いつの間に居たのか、揺れる吊り橋の上で転びそうになる僕を結城が後ろから手を伸ばして支えてくれた。異性の顔が至近距離にあるせいかどうにも落ち着かない。

 つい先日27歳になったが、そういう方面の経験値は小学生辺りでストップしている。風俗行こうにも金も時間もなく、金のない男に女はやって来ない。だから大の大人が中学生相手にドギマギしてしまう情けない絵面になってしまうのだ。今の僕の外見が結城と同年代の少女で、傍からは仲の良い友達同士のスキンシップに見えるというのが唯一の救いだろうか。

 ともあれ、決着はついた。僕のスマートホンに『Angel War』からの通知が入る。


『大型種ビーストプラントα種撃破。探知範囲内の全ての界獣を撃破しました――1000BP獲得』


 なるほど、大型を一匹仕留めただけで1000ものBPを手にできるとは、結城が言うようにかなりリターンが大きい。一週間かけて100BP貯めた僕の努力は何だったのかと思うぐらいだ。そしてその分リスクも相応に高いとも考える。今回こんなに簡単に仕留められたのは結城がいたからこそであり、彼女がいなかったらこの何十倍も難易度が上がっただろう。下手をすれば死んでいたかもしれない。

 ビーストプラントの大きな体が粒子になって消滅していく様子を見ながら、今回の戦闘をそんな風に振り返る。今なら結城が最初に蔦を刈り上げていたのも弱らせるのに必要な措置だと分かるし、ああやって攻撃手段と防御手段を奪って弱点を丸裸にする手際は本当に凄かった。僕も半年天使をすればこのくらい動けるものだろうか? それとも結城の才能が凄いのだろうか。

 大型であっても崩壊が始まれば十秒も経たずに肉体は消滅した。残敵なし。今日のところはこの辺りで切り上げたいと思う。


「今日はこの辺りで切り上げたいと思うんですが、獲得した1000BPの分配はどのようにしますか?」

「そうねえ……どうせだし、キリンが全部が貰っていいわよ」

「いいんですか? 1000BPも」

「いいのよ。貴女にとっては1000は大したものだけど、私にとっては稼ぐのが簡単な程度だし。初回のご祝儀みたいなものよ。本格的に稼ぐためには色々と強化しないといけないし、この先BPを沢山使うからこの位サービスしないと」

「そう、ですか」


 分け前について話してみると僕が全部貰っていい事になった。換金すると50万円、安月給の僕の給料三か月分弱の金額を『大したことない』と言う辺り、結城の金銭感覚が色々と麻痺している疑いがある。半年の経験でこれだ、上位陣となればどうなっているのやらだ。

 ふと疑問に思ったが、この『Angel War』の金銭はどこからくるものなのだろうか? 運営会社から? 世界的に展開して、何万、何億もの金銭のやり取りが行われ、超常の現象を巻き起こす……人間とは思えない存在が経済界方面にも手を伸ばしているのかもしれない。

 そのような背筋が寒くなる背景を考えてしまったが、すぐに冷静になった。こちらは所詮経済の末端も末端、非正規社員のライン工に過ぎない僕がこのアプリの背景を考えたところで意味のない行為だ。アリが巨象の前で粋がっても全くの無意味なのと同じだ。これは冷静になったというより諦めたと言う方が正解だな。

 ここは有難く1000BPを貰って装備やスキル、強化に充てて残りは現金にしよう。僕は貰えるものは貰う主義だ。変に遠慮する趣味は無い。


「じゃあ、帰りましょう」

「ええ……お疲れ様です」

「もう、まだ硬いままなのね。この先も一緒に戦っていくんだし、もっと打ち解けましょうよ。私達、いい友達になれるわ」


 友達になれると言って朗らかな表情をする結城。差し込む冬の夕日が彼女の笑顔をさらに印象的に見せた。

 その笑顔に僕は応えるのを躊躇う。僕の正体の事がまず第一に挙がる。結城が友達になって欲しいのは『キリン』であって僕ではない。僕は正体を明かすつもりはさらさらないし、それは将来的にも考えていない。

 第二に僕は友達というものがよく分からない。僕の27年間の生涯に渡って友達と呼べる人間はほとんどいない。学生時代に幾らか付き合っていた連中がいたが、あれは何人かいた友達グループの端に居ただけだ。そんな僕に面と向かって友達と言われてもこちらは戸惑うだけだ。しかも相手は10歳以上も年下の女子。今の特殊な事情がなければ犯罪臭が漂う組み合わせだ。

 そして第三に、友達になれると言っている結城本人が本心で友達になりたいと言っているのか。朗らかに笑顔になっている彼女の目、そこだけがどうも違和感がある。人付き合いが少ないので経験が足りずいま一つ分からないのだけど、あれは目が笑っていないというべきものかもしれない。


 結城にどんな思いがあるにせよ、僕はすでに彼女と手を組んだ。友達云々は置いておくとしても界獣狩りでこの先もペアを組むのは決まっている。とりあえず同じ仕事をする同僚という程度の認識で付き合っていこう。

 笑顔を向けてきた結城に曖昧ながら応えて、僕は『フィールド』を後にする。彼女と明日もまた狩りに行こうと約束して。



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