第3話
こっそりと極力音を立てないよう、気配を殺してブロック塀の影から向こうの路地の様子を窺う。すると思った通り敵が複数群れて路地に集っていた。
大きさといい、形といい、ネコに近い界獣だ。ただやはり普通のネコとは違って、生き物の雰囲気が無いのはこれまで見た界獣に共通する特徴である。あのネコ型の界獣を倒して獲得できるBPは犬型と同じく1ポイント。あれぐらいの数があればそれなりに儲けは出る。
場所は自宅のアパートから自転車で数分走ったところにある住宅街の路地。車通りは少なく、良く本物のネコが徘徊しているのを見かける場所だ。ネコ型の界獣達もこの路地に集まって、さながらネコの集会みたいになっている。
数はざっと見た限り、十匹。割と狭い範囲に集まっているので襲撃はかけやすそうだ。ただこの界獣はネコ型なだけあって先日の犬型よりも素早く、不意打ちで一匹仕留めてもその時には散開して逃げるか、あるいはこちらの死角から集団で襲ってくる厄介な相手だ。
数が多い場合、一気にまとめてやる方が反撃のリスクは少なく効率も良い。そのための方法を僕は用意していた。
腰を落としてタイミングを見計らい物影から飛び出す。当然すぐにこっちの存在に気付く界獣たちだけど、奇襲を仕掛けた分こちらが先に行動できる。ネコ型界獣が集中している地点を狙って両手に持っていた物を振りかぶって放り投げる。
投げた物は防鳥ネット。ホームセンターで調達した家庭菜園を鳥の害から守るためのナイロン製ネットに、重りとして金属製の鎖をネットの縁に取り付けた即席の投網だ。お値段は格安の1000円。それが空中で広がりネコ型界獣の集団に覆い被さった。
本来なら界獣には全く効果は無い。爪や牙で破られるのがオチだ。『Angel War』のショップで購入した武器以外での攻撃は界獣には非常に効きにくいようになっているのはすでに判明している。これまで実験としてナイフやバットで試した事があったが、いずれも効果が薄くて界獣一匹を倒すにも一苦労だった。
けれど天使の『スキル』に『付与エンチャント』と呼ばれるものがあり、それを使うことで調達した道具を一時的に界獣に通用する武器に仕立てられる。
今投げたネットもその付与エンチャントがかけられており、網に捕らわれた界獣達が破ることができずにもがいている。小型で動きが素早い界獣を相手取るのに用意したが効果は狙い通りに決まった。内心ガッツポーズしたくなる。某クイズ番組の『コロンビア』のポーズ……は、ネタが古いか。
運の良いことに投げた網は路地に集まっていたネコ型界獣の全てを捕らえていた。文字通りに一網打尽だ。後は一匹一匹銃で仕留めていけばおしまいだ。
「フンフンフーン♪」
鼻歌交じりに界獣をシグで射殺していく。撃たれた界獣は良い声で断末魔を歌ってくれ、僕の鼻歌とシグの銃声とで良い感じにシンクロする。我ながら酷い音楽性だ。もちろん自覚があっても治す気は無い。これがホントのデスメタルなんてね。
今の僕は少女の肉体を持っているため、鼻歌も綺麗なソプラノボイスで奏でられるので歌っていて気分が良い。機会があったらカラオケに行こうかな。きっと気持ち良く歌えると思う。
つらつらと頭では考え事をしながらでも手はきちんと動いて、弾切れしたシグに次のマガジンを挿入して動けない界獣達を殺して回る。女性は考え事をしながらの作業が得意と何かの本で読んだ事があったけど、『天使体』になった僕もこれに該当するのかもしれない。
気が付けばネコ型界獣は全て駆逐し終えて、使い終わったネットも一緒に粒子状になって消えていく。『付与』を施した道具類は一定以上使用するとこんな風に消滅してしまう。きっと何らかの制限があるのだろう。ともあれ今回はネットの費用対効果は抜群だった。
ネコ型界獣十匹、BP10ポイントの獲得だ。
『探知範囲内全ての界獣を撃破――BP10ポイント獲得』
『Angel War』からの通知が来て、この『フィールド』に残っている界獣はいないと確認がとれた。生き残った界獣が奇襲をかけてくる怖さは初回に味わったので、こういう残身とか残敵確認の重要さは骨身に染みており毎回確認は怠らないようにしている。お陰であれ以来大きな怪我もない。
ヘルプによると、このミラーワールドとか封絶とか言われそうな不思議空間は『フィールド』とシンプルに呼称されている。界獣が出現して繁殖するために潜伏する世界の裏側にある座標だと解説されており、天使である僕も『スキル』として『フィールドダイブ』という能力を持って任意でこの座標へ来られるようになっている。
どうやら元からこういう空間が存在しており、界獣やら天使やらがそこを戦場にしているという図式のようだ。
ちなみにアプリをインストール、つまり天使になって最初の一回目の戦闘は強制的に『フィールドダイブ』されて接敵するという説明も後から出現した。さらにこの初回戦闘では相手である界獣の強さは考慮されずにただ近くにいる界獣に反応する仕組みらしい。いきなり強敵と遭遇してジエンドという可能性を考えると、僕の犬型界獣二匹との戦いは運が良かった方なのだろう。
ともあれ、戦闘も終わったので長居は無用。脳内に『スキル』を呼び出して『フィールドダイブ』から『フィールド離脱』をセレクト。すぐに世界が裏返り、僕は元の世界に帰還した。
戻ってすぐに感じるのは嗅覚が捉える臭いと聴覚が捉える周囲の雑音だ。『フィールド』に居る時は界獣か自身が発するもの以外に音や臭いはないため、戻って来た時にそれが酷く鮮明になるのだ。
でも、その無音さ無臭さは不思議と僕の感性に馴染んだ。周りの騒音にも悪臭にも思い煩う必要のない空間は一種の癒しだ。これも機会があったらだけど、界獣の駆除や訓練以外でも休暇目的で『フィールド』に行こうかと思う。静かな空間での一時はきっととても安らぐだろう。
「今日で一週間か」
思わず口をついて独り言が漏れた。今日で『Angel War』を始めて一週間。生き物らしき界獣を殺して回る感触がストレス解消にもなって、仕事あがりの数時間は界獣狩りに精を出す毎日だった。
仕事で溜まったストレス発散には極めて効果的で、仕事の最中は脳内が愚痴と悪態で占められていたこれまでが嘘の様になっている。もちろん仕事に対する不平不満はあるが耐えられない程ではない。少なくともライン作業中に隣の外国人が何か喋りだしても気にならないレベルにはなっていた。
そしてこの『Angel War』がただのストレス解消で終わらず、僕がこの一週間毎日界獣狩りをしている理由がある。
先に少し触れたが、この『Angel War』はリアルな金銭を稼ぐことができるのだ。
「まずはBPをトレードしないとな」
気分が良いお陰で口から再び独り言が漏れている。今いる場所は『フィールド』の時と同じく住宅街の一画。ただし、こちらでは周囲に人の気配が溢れて、車通りも少ないながらある。このままスマートホンを操作しながら歩くのは褒められた行為ではない。
手近なところに緑地公園があったので、そこにあるベンチに腰を下ろしてスマートホンの操作に専念する。住宅街の奥まった場所にある小さな公園なので、人が来る様子が全く無いのが都合の良いところだ。
『Angel War』のメイン画面から『リアルマネートレード』の項目をタッチする。切り替わった画面にはどれぐらいのBPを日本円に換金するかの表示がある。
1BP=500円が交換レートだ。この項目を初めて見たときからこの相場は変わっていない。本日の稼ぎで言うなら5000円の稼ぎになる。1000円で買った防鳥ネットで5000円が稼げたのだ。他に必要経費もないのでコストパフォーマンスはかなりの物になる。
このBPを全て日本円に替えても良いが、BPは他にも装備の購入・強化改造、『スキル』の購入・強化、『天使体』の強化と多岐に渡って使い道がある。装備を買って、『スキル』を充実させて、『天使体』を強化すれば界獣との戦闘はぐんと楽になる。そうすれば稼ぎも増える。自己投資はお金稼ぎの基本だ。今回の場合、10BPの内4BPを換金、残り6BPは貯める方針だ。
貯めたBPはこれで合計100BPジャスト。装備も良いものが買えるし、『スキル』も強力なものが買えるだろう。初期装備と初期配布の低ランクの『スキル』でここまで頑張ってみたが、この調子では金稼ぎのペースは上がらないしどこかで限界が来る。ステップアップする時だ。
「他の天使達はどうしているのだろうか?」
今一番の問題は、ステップアップするにしても方針が定まらないことだ。装備を刷新すればいいのか、『スキル』を刷新すればいいのか、『天使体』の強化か、経験に基づく確かなアドバイスが僕には不足していた。
ヘルプ画面で得られる情報は豊富で、判断材料に困ることはない。けれど材料はあっても完成見本は無いのだ。こういう時は普通、先人の教えを受けて学んでいくものだが、天使にもそれが当てはまると思う。
こんな風にアプリとしてネットワークに『Angel War』がバラ撒かれているのだ。僕と同じように天使になった先人はいる公算は高い、いや確実にいる。そういう人から何かしらの教えを受けることが出来たら、と思ってしまう。ここまで手探り状態のせいか僕でもこんな考えを持ってしまうのだ。
でも、他の天使に出会ったら出会ったで面倒臭い気がする。なにしろ――
「こんにちは。初めまして、新入りさん」
「っ!」
人気の無い小さい公園で突如として声をかけられた。慌ててスマートホンから顔を上げて見れば、公園の入り口に一人の女の子が立っていて僕を見詰めている。視線は真っ直ぐこちらを捉えていてここには僕一人しか居ない。間違いなく僕に用があるみたいだ。
小さな緑化公園であるため、この時点でお互いの距離は5mとない。そんな距離になるまで僕は彼女の存在に気が付かなかった。銃器を使ってバトルとか、お金が絡む事をやっているので周囲への警戒はスマートホン操作中でも怠っていないはずなのにだ。
見たところ目の前の女の子は十代半ば、中学生から高校生に見える。それを裏付けるように彼女の服装は学校の制服の上にダッフルコートという学生の出で立ちをしている。肩からスクールバッグを提げて、端正な顔ににこやかな笑みを浮かべて手を軽く振っている。
雑誌の読者モデルとして通用しそうな可愛らしい顔立ちの少女で、下層労働者の僕とは縁の薄い空気を放っている。けれど、今の場合は違う。彼女の言った言葉を振り返り、今の僕がまだ天使に変身中という事も加味すると、この少女がどういう存在かおのず理解出来た。
「天使、か?」
「ええ、そうよ。その様子だと他の天使と会ったのは初めて?」
「ああ、そうだ。何か用か?」
「せっかちね。界獣と戦う天使同士が出会ったですもの、会話は楽しまないと。そっちに行っても良いかしら?」
「……どうぞ」
「ありがとう」
僕以外の天使との初遭遇。噂をすれば影と言うが、独り言を言ったすぐ後に現れるとは何とも曰く言い難い気分だ。
少女は軽い足取りでこちらに近付き、あろうことか僕の座っているベンチの空いたスペース、僕のすぐ隣に腰を下ろしたのだ。他人にここまで接近されたのはかなり昔の出来事で覚えていない。そのせいで気持ちが酷く動揺してしまい、冷静さを保つので精一杯だ。
少女は僕の内面を知ってか知らずか、にこやかな顔のまま距離を縮めてくる。これはかなり押しが強い人物のようだ。
「私は
結城と名乗る少女の自己紹介。挨拶の基本だ。けれどそれを受けた僕は逡巡する。僕の名前は男でも女でも違和感がないものではある。普通に名乗る分には問題ないように思えるが、状況と相手がどういう存在かを考えると素直に名乗るのは拙い気がした。
出会っていきなりで距離を縮めてきたのも、ずっとにこやかにしているのも気にかかる。まるですぐに親しい仲になりたがっているかのようだ。親しくなった後でどうするのかは想像できないが、ロクなものじゃない予感がしている。
嫌な予感から本名を名乗るのを躊躇って一瞬目が泳ぐ。その泳いだ視線の先に公園に設置されたゴミ籠があって、そこに入っていたビールの空き缶が不意に目に留まった。
国内で有名な大手ビールメーカーの製品で、ロゴとして社名にもなっている幻獣が缶の表面に描かれている。
「……
「キリン。変わった名前ね。あ、ごめんなさいね、悪気はないの」
「大丈夫、気にしていない」
まさかビールの空き缶から偽名を思いつきましたとは言えず、そのままキリンという偽名で押し通す事になりそうだ。
自己紹介が終わると結城はおもむろにダッフルコートのポケットからスマートホンを取り出して手早く操作、見慣れたアプリを起動させる。その時の指の動きはとても早く、生まれた時から電子機器に囲まれた若者ならではのスキルを窺わせる。こういうささいなところにジェネレーションギャップを感じてしまう。
そしてアプリの起動をキーに目の前の少女の姿は一変した。少女が天使になった瞬間だ。自身の変身以外では初めて見るけど、外から見ても変身は一瞬で終わってしまい、魔法少女もののアニメにあるような変身バンクなどは一切ない。僕の目蓋が上下している間に彼女の服装がダッフルコートを中心とした学生のものから、カラフルで活動的な服装に変わっていた。僕の装備もそうだが、戦闘服にしても魔法少女ものの視点で見てもらしくない普通のデザインをしている。
変身もそうだが、僕は他にも気になっている事がある。早速質問としてぶつけてみようか。
「なぜ僕がここにいると分かった? さらに言えば、僕が新入りだと」
「そういう質問が出てくる時点で新入りなのは確定よ。そうね、最初に教えるのはこれでいいかな」
僕が偽名を使ったのを察した様子もなく――もしくは察しても構わないと思っているのか――結城は『Angel War』の起動している自分のスマートホンの画面をこちらに向けて見せてきた。
僕が見ているのを確認してから結城はスマートホンを操作して、ある項目で指を止める。
「このアプリには裏操作みたいなものがあってね、ヘルプにも説明は無いの。この部分を長押しするとURLを入力できる部分が表示されるから、そこにこのアドレスを入力すれば天使専用のSNSみたなサイトに出るの。ほら、こんな感じ」
結城が見せる液晶画面にはツイッターなどに代表される情報サービスの画面が表示されていた。表示されているのは結城個人のページなのか、やけにカラフルな色彩で彩られている。そのページをやっぱりツイッターを強く意識した形式で情報が流れていく。
「ここにはね、新しく天使になった子の情報もすぐ入るようになっているの。どの辺りで活動しているのか、どんなグループに所属しているのか」
「それはまた……」
恐るべきは情報化社会だ。僕は誰とも接触せずに目立たず活動していたと思い込んでいたが、実際には天使のグループにしっかりと認知されていたのだ。しかもツイッターもどきの情報サービスで拡散までされている始末。
「ああ、大丈夫よ。新しい天使が現れると『Angel War』の公式ページに新天使出現の情報が載るだけで、貴女に関する詳しい情報はまだ出てないわ。私はたまたま近くにいて、貴女がどこのグループにも所属していない野良天使みたいだったから声をかけたの」
僕の警戒したような態度を見たのか、結城はこちらを安心させようと笑顔を浮かべてこの遭遇の理由を話す。
まだどこにも所属しておらず、天使間の情報ネットワークの存在もまだ知らない野良天使、彼女は親切心から先達としてアドバイスをしようと僕を探していたと言うのだ。何ともご苦労な事である。
早速僕も自分のスマートホンを使って、アドバイスされた操作を行ってSNSにアクセスした。新規登録で自分のページを作成、ページのデザインはデフォルトのままで通す。結城が「シンプルすぎない?」と横で言ってきたが、こういう物は変に凝るつもりはない。登録名は『キリン』。この際だ、天使でいる時はこれで通してしまおう。雪代キリン、響きも良くとっさに考えた割には悪くない名前だ。
「天使は世界中にいるんだな」
ツイッター形式で上から下へと流れていく無数の文字情報。添付されている画像に動画。使われている言語も日本語だけではなく、アルファベットにハングル、キリル文字にアラビア言語の文字まで見られる。ざっと見ただけでもこのSNSにアクセスしている人間はかなり広域に渡って存在しているのが窺えた。
このアクセスしている人間全てが天使だというなら、『Angel War』は相当に巨大なコンテンツだ。
「そうよ、少なくともスマートホンが普及している国なら天使の女の子は必ずいるわ。天使の総数は私も分からないけど、1000万人ぐらいっていう説がこのSNSで流れている定説ね」
1000万人の天使。数を聞けばかなりの人口に思われるが、世界全体から考えるとこれは逆にかなり少ない方だろう。世界全体で1000万というなら、この日本での天使の数はそう多い数ではないと思われる。なるほど、それなら新規で天使になった僕の居場所がすぐに特定できるのも頷ける。
そして結城の発言から新しく分かった情報がある。『女の子』。彼女がわざわざ性別を口にしている事から考えると、このアプリは基本的に女性限定に届けられるものだと推測できる。とするなら、男である僕がこうして天使になっているのはかなりのイレギュラーではあるまいか?
元から目の前の少女には僕の正体を明かす気は無かったが、この推測が正解なら尚更話すわけにはいかない。ただでさえ異常な環境に身を置いているのだ、余計なトラブルは無い方が良い。
非日常なイベントや戦闘にワクワクしたりする僕ではあるけど、トラブルが好きというわけではない。適度にスリルがあって楽しむのが好きなのだ。エンジョイ&エキサイティングって奴だ。トラブルを楽しめるほど僕は
僕がここまで情報を頭の中で飲み込んだのを察したのか、結城がさっきまでの自信ある表情から一転して意を決したような顔で話を切り出してきた。ここまでは前振り、本題はここからというふうに。
「ねえ、もし良かったらなんだけど、私と組まない? 私もね半年は天使をやっているのにまだ独りなのよ。ほら、界獣って基本複数で出てくるでしょ? だから天使でも何人かでチームを組んでいることが多いって話なんだけど、そういうのって大体最初から顔見知りで固まっちゃうらしくて新参者が入る余地は少ないの。私のようにあぶれちゃう天使は多いのよ。
解決法としては頑張って他のチームに入れてもらえるようにするか、そのまま独りでやっていくか、今の様に新規に始める子と接触してコンビを結成するかなの。
だから、どうかしら? 私ならヘルプにもない活きた知識を教えてあげられるし、戦い方は違うけど界獣との立ち回りも教えてあげられるわ。こっちも人手や狩りの回数を増やせるし、お互いに得だと思えるの」
「な、なるほど」
結城の整った顔が僕に近付いてくる。元々近かった距離がさらに近くなり息がかかるような至近距離だ。人嫌いでなくとも引いてしまう詰めより方は、それだけ必死なのだと分かる。
つまり結城は善意ばかりではなく、コンビを結成するための相方を欲して僕に接触してきたらしい。確かに戦いにおいて複数人で当たるのは真っ当な対処法だ。アニメやマンガに出てくる主人公のように一騎当千の無双野郎など絵空事であるのが大抵だ。普通は何人かでチームを組んで死角をカバーし合い、得手不得手を補い合い、疲労やヘイトを分散し合いなどして戦っていくのが普通だと想像できる。ようするにMMORPGにあるパーティみたいなイメージだ。
でもゲームでさえ取り分や立ち回りで揉めるのに、『Angel War』は現実の戦闘だ。リアルの金銭も絡むので、揉めるのを恐れて気軽にチームなんて組めないだろう。だからこそ組める機会があるなら必死になって勧誘するわけだ。
なおも接近して必死の勧誘を続ける結城に対して僕はそんな風に分析する。これは僕にとってもメリットのある話だ。彼女と出会う直前に考えていた活きた知識と経験の学習が出来るし、人手が増えて狩りの効率が上がるのは僕の方でも言える。
それに……いや、今はその事を考えても意味はないか。今考えるべきなのは、目の前の美少女のお誘いを受けるか受けないかの二択だ。
「一気にまくし立ててしまったわね。ごめんなさい。でもそれだけ必死なのは分かって欲しいの。どうかしら?」
「……ええ、良いですよ。よろしくお願いします」
僕は結城の誘いを受けると決めた。僕が受諾の言葉を口にすると、結城は不安そうな顔から花咲くような嬉しそうな笑顔に変わった。クルクルと表情が忙しく変わる少女だ。世の普通の男子どもなら見惚れてしまい、骨抜きにしてしまいそうな魅力あふれる笑顔である。僕? 僕はその辺りの感性は普通とは違うと自覚しているので別段どうとも思わない。手近に三次元の女体はあってもやはり二次嫁がメインなのが僕だ。
「本当!? ありがとう、雪代さん。こっちこそよろしくお願いね」
心から嬉しそうな表情で結城は僕の手を取って、新しく出来た友情を確かめるようにしっかりと握ってきた。
結城の手は思いの外暖かく、冬の外気に慣れた肌には熱く感じるくらいだった。長らく人肌というものとは無縁だった僕は、このアクションにどう反応を返して良いのか分からず戸惑ってしまう。そう言えば、仕事以外での人とのまともな会話も久しぶりだった。
こちらの戸惑いをよそにして、結城はまだ僕の手を握って嬉しそうにしている。彼女が嬉しそうに握る手の中身が三十代間近の成人男性だと知ったらどんな顔をするのやら。バラすつもりはさらさら無いけど、SNSの件もあるため一層の用心をしなくてはと考える。
結城花蓮の笑顔を見ながら僕が思うことは一つ。思わぬ形とは言え次のステップへの足がかりが手に入った、と。
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