第2話 神様のお届けもの
老婆に半ば強引に教会内へ引っ張られた二人が見たものは、明かりが両の壁に点々と並ぶカンテラのみでぼうっと薄暗く、そう広くないホールの、真ん中に置かれた粗末なテーブル、そしてその上に並ぶ直径数センチほどの丸くて白い塊を両手で一心にこねている、ブラッド一号のなじみの小柄な姿だった。卓上の脇に置いてあるまな板に四角い生地が乗っており、どうも、そこからちぎって団子を作っているようだ。
最初はドアの音にも気づかなかったようだが、四人が近づくと、さっと顔をあげた。先頭にいる婆さんを見るや、子供らしい、優しすぎるほどにゆるんだ笑みをぽっと浮かべた。婆さんもそれに答えて、にんまり笑って言った。
「ブラちゃん、お友達をつれてきたでよ」
「友達じゃ――」
ない、と言いかけて、榊エリは黙った。
この婆さんの強引さは、まだ会って数分たらずだが、もう完璧なまでに理解している。
こいつは、さっき外で二人がこいつのダチと誤解するや、いきなり狂喜して「あんらあ、そらあ大変だあ!」と叫びながらエリに駆け寄り、旦那に「ほらあんた、おもてなししねえと!」と、持ち上げて首を絞めている腕に鉄棒でもするように飛びつき、体重で彼を地面まで引きおろしたのである。
脅してる状況ではなくなったエリは手を放し、神父は命拾いして「た、助かったあ」と腰を抜かしたが、女房はあくまで彼が遊んでいたと思い込んでいるらしく、顔をしかめて「ほれあんた、とっととお入り」と背中を押してドアの中に突いて入れた。
入りぎわに振り向き、「あんたらも、どうぞ」とうながすので、しょうがないから二人も入ったわけだが、常識人の高見が、(あーあ、どうせ、これからまた修羅場だ)とため息をつくのとは逆に、後ろに続くエリは、まずは中に入るのが目的だったので、ただの順風満帆だった。
ブラッド一号は後ろの二人に気づくと、テーブルから出て彼らの前に来た。さっきと同じセーラー服に白ズボンだったが、いきなり両手を腰にあて、ていねいにお辞儀したので、高見は少々面食らった。
「先ほどは、大変お見苦しいところをお見せいたしました」
頭を下げたまま謝罪し、そのまま動かない。さっきは気づかなかったが、ちょっとかすれた小動物っぽい声で、高見はふと、なんかかわいい、とか思った。それに、このなんという礼儀正しさ。さっき山で見たときは幼児くらいの知能かと思ったが、じつは見た目と同じ、高校生程度の思考と判断ができるようだ。
「幼児くらいの知能かと思ったら、きちんとあいさつ出来るのね」
エリが言うので、(思っても言うなあ!)とキレかかったがおさえ、高見は苦笑いで言った。
「べつに気にしてないから、頭あげて」
「ありがとうございます」
やっと礼をやめたが、すぐ済まなそうに眉を寄せて上目づかいになる。
「本当に、気にしてませんか? 気分を害されたのなら、埋め合わせしたいところですが、あいにく私は何も持っておりませんので――。なにか、お力になれることがあれば、よろこんで――」
「じゃ、スクラップになって」
エリが言うと、きょとんとなる。
「そんなことでいいんですか?」
「ちょいと、なにをお言いかね、この人は!
いきなり婆さんが前に出て、両腕を広げてかばいながら叫ぶと、すぐに背を向け、いとしいわが子にするように、その両手をしっかりと握る。
「こんないい子は、どこ探してもいないよ! ほんとに、あんたは神様が私らに授けてくだすったんだねえ!」
「だ、だが、そいつは人間じゃないぞ」
いきなり神父が指さして言った。
「ここへ転がりこんだとき、あんなに血が出ていながら、どこにも怪我ひとつないうえに、足元にびっしりあいとる細かい穴から全部流れ出ちまって、しかもそれで倒れるでもなく、平気だ。肌は柔らかくて人肌のようだが、だまされてはいかん。その服は体に張り付いて、脱げないというより、完全に体の一部だし、水も飲まん、ものも食わん。見た目、動く人形のようだ。人外、妖怪のたぐいかもしれん」
動く人形、とは妙に鋭いな、と高見は思ったが、婆さんは彼に冷たい目を向けた。
「人間でなくたって、わたしゃ全然かまやしません。だいたい、この子は命の恩人じゃないですか」
「それはそうだが」
「恩人って、どういうこと?」とエリ。
「この子がここへ入ってきたとき、私はちょうどぎっくり腰でね」と女房。「死ぬかと思うほどつらくて、痛くて。それを見てこの子、本当に気の毒だって顔をして。『ちょっと見せてください』って、腰に両手をそえて、すごい力で『ごきっ』て治してくれたんよ」
「ぎっくり腰って、腰骨の関節がずれておきるものよね、たしか」
「そうそう、それをこの子がまた、元通りはめなおしてくれたのさ。神様にしか出来ないよ、そんなこと」
彼女は目を細めたが、高見は口があんぐりあいた。
「ち、力で関節を戻したってこと?! 平気かよ、そんなことして?!」
「すみません、あまりにホリスさんが苦しそうで、見ていられなくて、つい、あんな危険なことを……」
ブラッド一号は悲しげになって唇をかみしめ、目に涙を浮かべた。ホリスと呼ばれた老婆は感極まって抱きしめ、頬ずりしながらんだ。
「いいんだよ、ブラちゃん! きっと、あんたの透きとおるような優しさが神様に届いて、私が救われたんだよ! ありがとう、本当にいい子だよ、あんたは!」
どうやら、いまざっと説明された、ついさっき起きたこの事件によって、ブラッド一号は、この女性に完全に気に入られてしまった、ということらしい。
「だからね、あなたが機械人形のお化けだろうが、絶対にスクラップになんかさせませんからね。
そんなことをしに来たんなら、あんたら、とっととお帰り!」
高見は不意に怒鳴られて、事態が一気に最悪になったと知ったが、むろん榊エリ隊長は気にもすまい。
そこで、あわてて彼女を隅に引っ張って耳打ちした。
「このまま強引に奴を破壊したら、まずいですよ。あの婆さんが絶対に妨害するし」
「この私が、あの婆さん一人に勝てない、とでも思ってるの?」
冗談にも聞こえるが、こいつがジョークなど飛ばすわけがないから、ただそう判断してしゃべっただけだ。むろん高見は笑えるはずもなく、必死に続ける。
「そりゃ瞬殺でしょうが、廃棄の際に一般人に犠牲が出たら、我々の責任になります」
「今だったら確かにね。でも」
無感情な目で言葉を切り、次に機械にあるまじき無責任発言をしたが、これもかつて完全に人間だったころの性格データ――冷酷、皮肉――などから、人工知能が引き出して色づけしただけで、思考自体はきわめて論理的である。非人間的なほどに。
「ここは1890年のトランシルバニアでしょ。婆あ一人殺しても、うちの軍部には分かりゃしないわよ」
「だ、だったら、なおさらダメです!」
思わず大声が出て、あわててまたひそめる。
「いいですか、過去の時代の誰かを殺したり、ものを壊したら、歴史が変わるんですよ? なんの権限もなく歴史に介入なんかしたら、戦争犯罪なんて目じゃないくらいの、重大な責任問題になります」
「なるほど……そうね」
彼女の人工頭脳が、とりあえず無難な結論を出したので、高見はほっとした。
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