第1話 ブラちゃんはお友達

 血のあとは古びた教会の前で終わっていた。それは前方から次々に現れる針葉樹の波がいきなりひらけ、目の前にでんと現れたのであった。三角屋根の上にカブトムシの角のような十字架がでんと突き出し、バイクのライトを浴びても黒ずんでいるところを見ると、かなり年季が入ってさびきっているようだ。二人はバイクを降りた。


「中で止まってますよ、きっと」

 血が途切れている戸口まで来ると、高見がおずおずと言った。ブラッド一号は血が完全になくなると、全機能が停止する。

「だから?」

「それなら、わざわざ破壊する必要はないですよね?」

「司令部からは、とにかく処分が最優先と言われているわ。こいつは、たとえ指一本だろうと、なにかを残せば、それを元にいつ復活するか分からない。だから止まってようが、粉々にして完全に終わらすこと。それが命令よ」

「……」

 そりゃそうだが。


 以前、一度は首を切断されて静止したが、奴の狂信的ファンが首を盗み、新たな体をつけて生き返らせて、再び日本が恐怖に陥ったことがある。だから、奴のたった切れ端はおろか、ネジ一本でも残してはならない。それはもらった資料に書いてあったから分かる。

 だが、高見には引っかかることが多すぎた。

 そもそも、今この中にいる殺人マシンを壊したところで、自分たちが元の基地に戻れるのか? このネエちゃんはなにも気にしていないようだが……。


「高見、レーザーで狙ってて」と後ろのバイクを親指で指す。「ドアを自分でしめたということは、まだ元気だってこと。あけたとたんに、ギャーって来たら、よろしく」

 ギャーったって……。



 ところが、ドアは向こうから勝手にイイッとあいた。しかし身構えた二人の前で隙間から出た顔は、かなり高齢の老人だった。白い口ひげ、皺しわの額にたるんだ頬、そして皺に埋もれそうな細い垂れ目。鼻はでかく色白で、どう見てもコーカソイドである。

「なにか御用かな?」

 しわがれた声でいぶかしげに聞かれたが、驚いたというかやはりというか、その言語は英語だった。やはりここは日本ではなかった。幸い二人は日本軍にいたころ、さまざまな部隊で世界中の紛争地帯に送られてきたので、英語は堪能だった。


 まず榊が口をひらいたが、その言葉は相手が誰とか、ここはどことかいう、しごく真っ当なものではまったくなかった。いきなり予想の斜め上だった。

「西暦20××年、日本は自衛隊が正式な軍隊になり、アメリカの要請で世界各国に軍を派兵してきた」

 老人はきょとんとしていた。かまわず続けるサイボーグ仕官。

「だが数年前、軍事科学省の一科学者が殺人ロボットを作った。理由は人類の滅亡。野に放たれたそいつは、何万もの人命を奪い、ついにここへやってきた」

「ええと、なんのこったか分かりませんが……」

 老人はドアから顔だけ出したまま、半信半疑のように言った。


「つまり、この村に災いが訪れた、とこういうわけですかな?」

「今の話が分からない?」

 相変わらずなんの感情もなく淡々と言う榊。

「日本で起きたあれだけの大惨事を、たとえ山奥の田舎であっても、知らないはずがないんだけど」

「あのう、そのニホンとかいうのは、地名ですかな?」

「日本を知らない?」

 おかしい。かつて殺人ロボが暴れまくって大量の死者が出たとき、わが国の悪名は全世界に轟いたはずだ。

 高見はいぶかったが、榊はいきなりまともな質問に出た。

「ここはどこ? 今は何年?」

「ここはブラショフ村ですが」

「国名は」

「トランシルバニアです」

 嫌な予感でいっぱいになった高見は榊と顔を見合わせたが、相手は文字通り「合わせた」だけで、すぐ老人を向いた。

「で、何年? 西暦で」

「1890年ですが」

 それだけ聞けば充分だった。

 高見が腰を抜かして、その場にへたり込むには。



「ここに誰か来たでしょう」

 強メンタルどころかメンタル自体がない榊エリが聞くと、老人の目に疑惑の光が走った。見開くと丸くくりくりして、でかい。

「あなたがたは、どうも普通の方ではないようだ」

「ええ、役人よ。犯罪者を追ってここまできたの。隠すとためにならないわよ」

「女が役人?!」

 そこかよ、と高見は思ったが、やはり大昔の人間にはそれが常識。まずそこから信用されないようだ。

「その乗り物も妙だ」とバイクを見る。「あんたらは、もしや魔界のものではないのか? それなら、さっさと立ち去るがいい。ここは、お前らのようなものの来るところではない」


 老人が尊大に言って出てくると、予想どおりの格好だった。黒づくめ衣装に首から提げた銀の十字架。この教会の神父だ。どうも悪魔のたぐいと思われてるようだ。まずくないか、これ。

 だが高見の懸念など、この破天荒上司には全く不要だった。榊はいきなり手を伸ばして彼の喉元をつかむと、そのまま引き上げた。背は同じくらいだったので、軽く宙吊りにできた。目をむき、両足をばたつかせて騒ぐ神父。

「ぐえええ! ら、らにをずるううー!」

「首の骨を折られたくなかったら、中にいる奴をさっさと出しなさい」

「おんや、あんた、なに遊んどるかね」

 いきなりドアの中から出てきた白髪の老婆が、神父に向かってあきれたように言った。

「ば、バガっ、ごれが、あぞんどるように、見えるがっ!」

 彼は首を絞められたままキレたが、どうも彼女は女房のようだ。しかし聖職者がそれでいいのか。しかもこの奥さん、けっこうボケてる感じだ。


「ええと、ですね」

 いたたまれなくなり、高見が言った。

「私たちは、ブラッド一号という、その、機械人形といいますか、からくりというか――」

 とたんに老婆は目を輝かせ、嬉しそうに叫んだ。

「あらまあ! ブラちゃんのお友達?!」

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