三十 岩沼①

 露見の泉。

 そこに映し出されていたのは。

 太郎トレジャンが通う『私立・ジュエル学園高校』の担任教師の姿だった。

 ヒミコンは潜在サブコン意識シャスを研ぎ澄ませる。この担任教師の学園内での過去から現在までを感応透視した。

 

 岩沼シンゴ。三十二歳。男性。既婚。

 地方の国立カッスル大学卒業後。三重県の私立ジュエル学園高等科の理科数学科教師として採用され勤務。

 異常な出世欲。プライドが高く陰険。日常に悪意ある行動言動が目立つ。生徒に対して差別的イジメ行為を率先して実行している。 

 権力者にはびへつらい弱者は見下す。計算高く小賢しい典型的ゴマすりタイプのようだ。

  

 太郎の通う私立ジュエル高校は県内中堅クラスの進学校だ。

 学園長が掲げる目標はひとつ。

 『最難関国立大学・キャピタル大学合格者輩出!』である。 

 ジュエル高校では生徒の合格実績イコール出世につながっている。ゆえに教師陣にとって成績優秀な学生と直接的に関わることこそが合理的出世の早道となる仕組みのようだ。

 

 岩沼は独自の優劣階級カーストデータに基づいて露骨なまでに生徒への対応に差をつけていた。 

 落ちこぼれている生徒は最早もはや人間扱いしていない。見下して小馬鹿にしている。挨拶されても平然と無視シカトする。

 一方に成績優秀者や部活動等での活躍者に対しては笑顔で接する。

 保身ほしんとして。生徒の親が高学歴もしくは一流企業勤務であれば成績は問わない。過剰なまでに愛想を振り撒く。

 さらに例外として。好みの容姿の女子生徒に対しては親切対応している。にやけ顔で励まして。不都合があっても黙認して。理不尽までも甘受かんじゅして。肩を撫でて腰をさするような助平すけべったらしい依怙贔屓えこひいき男なのだ。

 

 岩沼は学園長に自身の能力を大げさにアピールして過大評価を得ていた。

 理事長をはじめとした上層部には媚びて擦り寄る。尻尾を振ってへつらう。そうして見事に取り入っている。 

 さらに岩沼は有能なライバル教師の面々を悪知恵を働かせトラップを仕掛けておとしいれた。

 そうして見事に太郎トレジャンの在籍している『S(えす)クラ』(スペシャルクラス)の担任の座を掴みとっていた。

 Sクラス在籍の成績優秀者である太郎が。最難関『キャピタル大学』に合格して華々しい進学実績をつくってくれさえすれば! 合理的に出世街道まっしぐら! という算段なのだ。


 太郎トレジャンは心を痛めていた。

 学園内は騒然そうぜん混沌こんとんとしている。私立高校という小さなムラ社会の中にあって。立て続けに事件やトラブルが頻発ひんぱつしているのだ。 

 あるクラスでは度重なる盗難事件。あるクラスでは教師の女子生徒に対する淫行いんこう未遂。ある部活動では体罰問題……。

 それらの案件のすべてはクリアな解決には至っていない。詳細や事実関係が有耶無耶うやむやのままに隠蔽いんぺいされている。『減給・降格・退職』など。誰かひとりに責任を押し付ける形で強引に幕引きが図られていた。

 その結果。高校一年・二年生のときに親身になってくれた担任教師。所属する部活動の顧問。各教科の有能な先生たちまでもが次々に処分されていった。

 熱意や人望のある教師陣が次々に冷遇のき目に遭わされている。

 違和感を抱かずにはいられない。

 学園人事は不自然なまでの離職降格のドミノ倒しに陥っていた。


 太郎の担任である岩沼は。これらすべての未解決案件に関わっていた。

 学園側と被害者生徒と保護者の仲裁仲介役を率先そっせん志願しがんして買って出ていた。

 学園長は岩沼に感謝する。手腕を称賛する。

 ジュエル学園高校の名を傷つけることなく騒動を円満示談へと導いてくれた。

 マスコミに騒がれることなく難事を落着させてくれた。

 そして鶴の一声が発せられる。

 岩沼は学園長からの異例の特別人事によって『S(えす)クラス』の担任の座を掴み取る。

 出世コースの先頭に一足飛びに乗っかったのだった。

 

 岩沼はほくそ笑む。

 ……すべてが思いどおりに運んでいる。

 邪魔者教師陣を引きずりおろしてS(えす)クラの担任の座を手に入れた。これで準備は整った。成績首位の太郎トレジャンがキャピタル大学に合格してくれさえすれば。他の生徒たちが華やかな進学実績をあげてくれさえすれば。

 俺は出世街道をばく進できる!

 

 しかし岩沼はひとつ誤算していた。職員室で体をゆすって貧乏ゆすりをする。イラつきを隠すことができない。

 太郎という生徒は。腹立たしいほど可愛げがない。実に憎たらしい無礼者ぶれいものだったのだ。

 田舎者の優等生の太郎など。ちょろくて扱いやすいと高をくくっていた。

 地味で大人しい太郎ごときは尻尾を振って懐いてくるだろうとあなどっていた。

 しかし、間違いだった。

 真面目な不良とでもいおうか。とにかく一筋縄ではいかないのだ。

 

 この俺が! 常に特別扱いをして。過剰に褒め称えてやっているというのに擦り寄ってこない。

 この俺が! 愛想笑いまでして。ご機嫌をうかがってやっているというのに言いなりにならない。

 俺様の! 有難い進路指導を軽く受け流して。まったく聞く耳を持たない。

 太郎は特別だ! そう強調して熱い進路指導をしてやっているというのに無反応だ。

 相談に乗るぞ! そう声をかけても「大丈夫です」と即答。一向に歩み寄ってくる気配はない。 

 学習方法をアドバイスしてやっても。「はい」とから返事をするだけで従わない。

 そのくせ。模試の結果だけは抜群に良いのだ。だから俺の自尊心ははなはだ傷つけられている。

 実に気に食わない。

 

 ある時。職員室脇の通路で太郎が数人の教師陣と談笑していた。そいつらは知恵を絞って陥れた降格教師の面々だった。

 担任の俺を差し置いて。あいつらに進路指導をしてもらっているのかも知れない! メラメラとはらわたが煮えくり返った。

 すぐに学園長に掛け合った。担任以外に進路相談をすることを禁止にしてもらった。

 これで太郎のほうから俺に歩み寄ってくるしかないはずだ。共通テストはもう目前もくぜんなのだ。

 ……太郎め。俺の親切を踏みにじるにくたらしい生徒。覚えておけ。お前など俺の出世の駒のひとつに過ぎない。お前を利用してやるからな。

 勉強しか取り柄のない冴えない田舎者のクソガキめ。お前の親は三流高校卒の無知で無能な貧乏人じゃないか! カースト底辺のお前が高学歴のエリートになれるよう指導してやるって言ってやっているんだぞ? いい気になるな。調子の乗るな。

 生意気な太郎め、俺に感謝しろ! 有り難がれ! 頭を下げろ! この俺に、もっともっと媚びを売れ!

平伏ひれふせ!


 ライアンの金色こんじきの判別眼が鋭くつり上がった。怒りを露わにして牙を剥く。威嚇いかくして低くうなった。

 

 太郎トレジャンの担任教師の岩沼は無意識のうちに粗悪な感情から生怨霊を生成して発生させていた。

 そして太郎のフェイトギアに攻撃を仕掛け始めていたのだった。

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