二十九 百日後に 

 藍方らんぽうせい

 ヒミコンは心の中で実況中継する。

 ……皆さん。本日の藍方星は重苦しくてヤバい空気がただよっております。何やら不穏ふおんな出来事が起こる気配が充満しています。

 極等万能祭司四人衆のご機嫌は恐ろしいまでの底辺です。近づくと危険です。お気をつけください……。

 

 トレジャンの泉から人間界での任務を終えたシップとライアンが戻ってきた。

 金色こんじき神霊獣ライアンの茶色い瞳は金色こんじきがん変化へんげして鋭くつり上がっている。息を荒げて低いうなり声をもらしてきばを剥いている。黄金色の毛並みには朱色しゅいろが混ざって総毛そうけっている。まるで赤々と燃え盛る炎を背負ったかのように怒りをあらわにしているのだ。

 さらには平素は温厚なシップまでもが眉間にしわを寄せて嫌悪感をにじませている。明らかに不機嫌顔なのだ。

 

 シップが右手をかかげて注目を集める。

 「処罰対象者が確定したぞ。ライアンの『判別はんべつがん』が激しい怒りを示した。

 よって。百日後に処罰を執行する」

 クロスとゲイルは不満をらす。

 「百日後ォ? 今すぐにラストオイルを連射して。びるほど喰らわせて。抹殺してやろうぜェ?」

 「私も同感だ。根っこから腐った性根は修正も改心も不可能だ。本音を言えば早急に対応したい」

 イレーズは忌々いまいましく言葉を吐き出す。

 「もうさあ。執行日を待たずにさあ。ライアンがみ殺すってのはどう? 何なら俺が微粒子レベルに粉砕ふんさいしてやってもいいけど?」

 極等万能祭司四人衆は底冷えするほど冷めた瞳のままに物騒な言葉を羅列られつしている。

 ヒミコンは寒気がして背筋がゾクゾクした。不吉な予感に膝がガクガク震え始めた。

 

 シップが厳粛に告げる。

 「ヒミコン。処罰対象者が確定したぞ。裏陰の呪術執行は本日より百日後の三月十日。

 対象者は三十二歳男。ラストオイルの設定年数は三十年とする。

 男の家族構成は同年齢どうねんれいの妻と子供がふたり。三歳男児、一歳女児がいる。

 ラストオイルを浴びた対象者の人生は転落の一途を辿る。なぶられながら三十年後にフェイトギアはびつき、朽ち果て、辛酸しんさんをなめながらみじめな末路を迎えるであろう」

 クロスはわずかに口角を上げた。

 「それでなくても腐った性根の汚ねえフェイトギアなのになァ! 歯車は狂って錆びついて、さぞや思い通りにならない転落人生になるんだろうなァ!」

 イレーズが冷笑する。 

 「三十年後に堕ちる奈落は現世の生き地獄の日々と対比できないほどに凄凄せいせいせつせつだよ。もしく苛烈かれつ凄惨せいさんだね。果たしてどっちがいいのかな?」

 戸惑うヒミコンにゲイルが補足する。

 「ラストオイルの年月設定が長いということは。それだけ人間界において甚振いたぶられる期間が長いということでもある。

 しかし今回の処罰対象者に関しては子孫にえんは及ばない。子孫は親のざいきゅうの影響を受けない。よって。善なる美徳行動次第では救われる設定となっている。未來ある若者に対する王からのご温情だ」

 ヒミコンはゲイルに問う。

 「設定年数が短いほうが処罰が軽いということですか?」

 「いや、そうとも言い切れない。設定年数が短ければまたたく間に再起不能。あっという間に錆びついて朽ち果てるということだからな。

 設定年月が長ければ。心を入れ替え、己をかえりみる猶予ゆうよ期間がそれなりに与えられているともいえる。修正してやり直せる可能性は極めて低いがゼロではない」

 クロスが不気味に笑う。

 「まァ、愚劣ぐれつ処罰対象者に未來王からのご温情を理解できる頭があれば! だけどなァ?  

 王はいつだって罪を軽減することばかりを考えている。天界で『ゆるしの王』とも称されるほど慈悲深い。その寛容さ優しさにつけ込んで調子に乗っていると……。クッククッ。痛い目に合うかも知れないよなァ?」

 ゲイルが頷く。

 「その通りだ。もしも王が『皆さんにおまかせします』そう申し述べたならば。その瞬間から極等万能祭司に処罰執行の決定権がたくされたということになる。

 我々四人衆は制裁者に対する温情など微塵みじんも持ち合わせていない。ゆえに一切の躊躇ちゅうちょなく苛烈かれつ極まりない制裁をくだす。我らは決して手加減などしないのだ」

 イレーズが不敵に笑う。

 「そ。王はせっかちだし。面倒くさがりの一面もあるから。俺たちに制裁を一任してくれることもあるはず」

 シップが補足する。

 「恐らく王は猶予ゆうよ期間をもうけることにより『心の更生こうせい』を願われている。処罰対象者に心根の修正チャンスを与えるつもりのようだ。幼い子供もいることだしな。相変わらずの広大無辺なる包容力なのだよ」

 ゲイルが眉を下げて嘆息たんそくする。

 「まったくあいわらず。お人好しの頑固者だ。しかしながらそこがまた。王の魅力でもある」

 クロスがうんうんと頷く。

 「ホントだよなァ! 俺たちはいつも王には振り回されっぱなしだヨ。シビアでありルーズであり、峻厳しゅんげんであり温厚だ。その奔放ほんぽうなまでのギャップが! たまらねえよなア!」

 イレーズがくすりと笑う。

 「王は何といっても、フレキシブル(柔軟)なジーニアス(天才)だからね。もう最高だよ」

 ヒミコンは親愛なる未來王を語る四人衆の嬉々ききとした笑顔を見て。しばしだが心がなごんだ。

 

 イレーズが露見の泉の水中を指差した。

 「ヒミコン。露見の泉をライアンと一緒にのぞいて見な。

 ほら、処罰対象者はこいつだよ」

 ヒミコンは促されるまま身を乗り出して水中を覗き込んだ。

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