二十七 酒盛り

 藍方咒らんほうじゅ口伝くでんの儀式を終えた。

 極等万能祭司四人衆はマントをはずして宙に放り投げた。

 シップが右手を掲げて高らかに告げる。

 「よし! これよりはトレジャンの十八歳の誕生日にあやかっての酒盛りだ! 酔わない酒を思う存分に飲もうではないか!」

 四人衆はニヤリとして藍方星の地べたにどしりと座り込んだ。

 クロスは「早くしろ!」とあごをしゃくって合図する。いつもの赤い作務衣さむえに着替えたヒミコンは「ガッテンです!」と敬礼して大量の酒を用意する。

 

 ……彼らは浴びるほど飲んでも素面しらふだ。酔わない酒をしこたま飲むのは、単なるたわむれの遊興ゆうきょうに過ぎない。

 だけど酒盛りの後はほんの少しだけご機嫌麗うるわしくなる。いつもよりちょっと饒舌じょうぜつになる。

 と、いうことで! このチャンスに質問をすれば答えてくれる確率が高いのだ! ヒミコンはすかさず質問をぶつける。

 「あ、あの! 今回伝授いただいたひょうよういんの呪術について。もう少し詳しく教えていただけませんか?」

 四人衆は一斉にヒミコンに視線を向けた。

 シップが軽く受け流す。

 「ああ。それよりその前に。ライアンと共に表陽のピストルオイラーの任務を遂行すいこうした感想を聞かせなさい」

 ヒミコンは「だく」と頷いて、そして正直に答えた。

 「口伝されたひょうようじゅを唱えながら薄蒼色のピストルオイラーのトリガー(引き金)を引く。対象者のフェイトギア目掛けてフィックスオイルを噴射する。……単純作業かと思いきや。ライアンの凄まじい超速スピードについていくのがやっとでした。

 オイルの分量はあらかじめ設定されているのでしょうか? 対象者によって噴射される分量が違いました。謝礼対象者へのフィックスオイル噴射の任務なので。さぞや綺麗なフェイトギアの所有者なのかと思いきや! 汚れた歯車ギアばかりだったのには驚きました」

 ゲイルが説明する。

 「フィックスオイルとはわば『歯車ギアの修正液』である。噴射量は対象者によって相応ふさわしき分量が自動設定される仕組みになっている。フェイトギアは日常生活に於いてけがけがされていく。黒ずんで薄汚れ赤錆あかさびが発生していることも珍しくない。大抵は歯車ギアが噛み合わずにギシギシギスギスと不快音を鳴らしている。

 人間のフェイトギアの材質は六割以上が鉄である。残りはアルミやステンレスだ。ごくまれだが銀やプラチナやゴールドの材質を有する者もいる。ゴールドは過去世において過分なる善行を施した陰徳いんとく者である。

 表陽咒ひょうようじゅによってフィックスオイルを噴射されると歯車ギアは修正されて噛み合って光り輝く。実にたっとい喜びを与える呪術だといえるのだ」

 シップが深く頷く。

 「今後はひょうよう任務が大半となるであろう。しかしこれは単純作業ではない。実に光栄至極なる善行である。ゆえに! 謝礼対象者にバレないようにひっそりとおこないなさい」

 「だくっ!」ヒミコンは元気よく返事をした。

 

 クロスが人差し指の先を小さく折り曲げて、ちょいちょいとヒミコンを呼びつけた。

 ヒミコンは大慌てに駆け寄ってひざまずいた。

 「じゃあ次は。いんのピストルオイラーの呪術について教えてやる」

 「はい!」

 「ラストオイルとはフェイトギアを錆びさせて朽ちさせる『没落ぼつらく衰亡すいぼうの油』だ。

 粗悪感情から生怨霊を次々に生み出し大量発生させている『粗悪念ねんかい発信者』である生身の人間ヒトが処罰対象者だ。

 対象者は傲慢ごうまん強欲ごうよく、あざとく高飛車、さらに陰険陰湿だ。己の利権のためならば無遠慮に周囲や他人を巻き込んでたぶらかす。平然とだまおとしいれる厚かましい操縦者コントローラーだ。

 ……だからァ? そんな姑息なやからへのラストオイル噴射なのだからァ? 同情や温情は一切不要だよなァ?」

 イレーズが冷笑して皮肉ひにくる。

 「少ない脳みそでも理解できた?

 要するにさ。ラストオイルの標的となる対象者は性根しょうねの腐った厚顔無恥のゴミ虫共ってこと。だから情けは一切無用だよ。

 ま、トレジャンは優しいからさ。当面はひょうようのフィックスオイル噴射の任務ばかりがフル稼働するだろうけどね。

 謝礼対象者の錆びて汚れたフェイトギアがさ。ヒミコンの薄蒼色のピストルオイラー噴射によって修正されて輝くなんてさ。さぞや気分がいいだろうね? まるでおのれが神にでもなったような気分が味わえてさ。もちろん完全なる錯覚だけどさ。楽しそうだね?」

 クロスが畳みかける。

 「いざ、ラストオイル噴射の指令が下ったら! いんの赤黒いピストルオイラーのトリガーを躊躇ためらわずに引け! 情を捨てて迷わず制裁しろ! ……わかったかァ?」

 ヒミコンは頷きながら問いかける。

 「トレジャンが望んでいる処罰執行なのだと解釈してよろしいのですか?」

 ゲイルが眉間みけんにしわを寄せる。

 「馬鹿者。そんなわけがないだろう!

 トレジャンはすぐにゆるしてしまう。自分がいかに傷ついても。陰でどれだけ涙を流したとしても。赦してしまう……」

 クロスがわずかに口角を上げる。

 「だからァァ! 俺たちがァァ! ヒミコンがァァ! トレジャンに理不尽を与えた者に対してェ。ラストオイルを返礼としてプレゼント(お見舞い)してやるんだよ。

 俺たちは途轍とてつもなく律儀だからなァ? トレジャンの悲しみや痛みには忠実にむくいてやりたい。それも何百倍にも何億倍にも増幅させてから懇切こんせつ丁寧ていねいにお返ししてやらないと気が済まないんだよ! 要は因果応報のことわりってことだヨ。わかるよなァ?」

 ヒミコンはゾゾっと背筋が凍りついた。

 シップが柔らかに笑う。

 「まあまあ、そんなに心配することでもない。大抵のことはトレジャンの地上での人生経験として処理される。よって処罰対象者はさほど多くはないのだ」

 ゲイルが頷く。

 「最終的には神霊獣ライアンが怒りをあらわにしてうなり牙をいた人間のみが処罰対象者となる。心優しきライアンの許容範囲を超えるほど相当な『悪』だとというあかしである。ライアンの『判別はんべつがん』に触れた傲慢ごうまん不埒ふらちな処罰対象者の性根しょうねは極悪である。ゆえに、決して容赦してはならない。

 いずれ指令がくだる。その時には! 潔く制裁を与えるのだ!」

 ライアンはキリリと凛々りりしい表情をした。『諾!』とばかりに『バウッ!』とえた。

 

 ヒミコンは冷厳なる世界観に改めて平伏した。

 そして固く誓う。トレジャン専属のシャーマンとして相応ふさわしき自分であり続けることを。善なるシャーマンであり続けることを。 

 心魂ソウルに刻み込んで叩き込むのだった。

 

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