二十五 口伝の儀式(表陽)

 共鳴の泉のほとりに正装したヒミコンが立っている。当の本人はまったくもって無自覚なのだが容姿端麗なのである。

 白い肌、ミステリアスなアーモンドアイ、小さな赤い唇、艶やかな黒髪、スラリとしていてスタイル抜群だ。

 真っ赤なチャイナドレスに真っ赤なハイヒール、真っ赤なマントを巻き付けた儀式のための正装姿は一層に美しい。

 黒髪をなびかせて儀式の始まりの刻を待っていた。

 

 極等万能祭司四人衆とライアンが現れた。

 彼らの正装は普段の服装にマントをまとったものだった。

 シップはお気に入りの結城ゆうきつむぎの着物を優雅に着こなす。足元は厚底のハーフブーツだ。手には畳まれた扇子が握られて和装の上に真っ白いマントを羽織っている。相変わらず高貴なたたずまいだ。

 ゲイルは中世ヨーロッパ時代を想起させる刺繍の施されたロココ調のウエストコートにブリーチズ。黒いロングブーツ姿である。コートの上から羽織った真っ白いマントを清爽華麗にはためかせている。相変わらず清々しい。

 クロスは全身黒のゴシック調の服装にいかついロングブーツを履いている。二メートル越えの長身大男が革のロングコートの上に真っ黒のマントを羽織った姿は威圧感マックスだ。空恐ろしいまでの悪魔的オーラをただよわせている。

 イレーズは全身白のゴシック調の服装にレースアップブーツを履いている。黒いマントと柔らかそうな伽羅色の髪が風になびいている。ただ立っているだけなのに、キラキラときらめいて、相変わらずの完璧パーフェクトなる美しさなのだ。

 ライアンの首元にはヒミコンと同じ真っ赤なマントが巻きつけられていた。黄金色の長い毛並みと赤いマントが風に揺れている。堂々たる勇姿なのに可愛いくて! ……抱きしめたい!

 

 シップが右手を高く掲げ開式の合図をした。

 「これより、善と悪のフェイトギアを感応透視したヒミコンに『選ばれし者』として、特別な藍方らんぽう呪術を授ける儀式を始める。

 この藍方咒じゅは口伝である。心魂しんこんに叩き込んで刻み、呼応こおうしてそらんぜよ」

 ヒミコンは神妙なおもちで頷いた。

 「ではひょうようのピストルオイラーの藍方らんぽう表陽咒ひょうようじゅである」

 シップの誘導にならって。右手の人差し指と親指を立てて、ほかの三本指は内側に折り込んで、ピストルのような形をつくった。

 シップはヒミコンの右側に立った。そして耳元にささやきかけるように表陽咒ひょうようじゅを唱え始めた。

 ヒミコンの三半規管さんはんきかんを経由して。脳内にシップの声がダイレクトに響いてくる。血液が逆流して体がしびれる。骨の髄まで染み渡って、叩き込まれて、じゅが心魂に刻み込まれていく。

 呼応して自らもそらんじている咒を唱える。みるみるうちにヒミコンの右手の親指と人差し指は薄蒼色のピストルの形に変容した。

 ゲイルが説明をする。

 「表陽のピストルオイラーには『フィックスオイル』が注入されている。フィックスオイルとはフェイトギアの不具合を改善させる修正液のようなものである。悩みが解決し、願いが叶い、運命好転へと導く機能性能が備わっている。

 トリガー(引き金)を引くことで対象者のフェイトギア目がけてフィックスオイルを直接的ダイレクトに噴射することができる。この呪術はピンポイントの指定対象者に向けて行使する。

 よって対象者は、悩みが解決し、願いは叶えられ、運命好転が約束される」

 シップが続ける。

 「トレジャンが人間として生を受け、トレジャンと関わり、優しく親切に、真心を送ってくれた者たちに対して返礼をするための呪術である。トレジャンが感謝の念を抱いた対象者が表陽のピストルオイラー呪術の謝礼対象者となる。トレジャンの謝礼対象者にフィックスオイルを噴射することがヒミコンに与えられたひとつめの任務である」

 ゲイルが長い巻物をヒミコンに渡す。

 「トレジャンの謝礼対象者のリストだ。今日こんにちまでの十八年分ある。ライアンと共にピストルオイラーの呪術を行使して、対象者にフィックスオイルを噴射してくるように」

 「初の任務だ。抜かりなくな」シップが微笑む。

 「今回は特別に制限時間を長く与える。三十分。さあ、ライアンの背に乗れ!」

 ゲイルに勢いよく促され、ヒミコンはライアンの背にまたがった。

 ライアンはヒミコンを背に乗せると共鳴の泉に勢いよく飛び込んだ。

 

 四十分が経過した。

 髪をぼさぼさにしたヒミコンが、ぐったりとして藍方星に戻ってきた。

 ライアンの背から降りると、ヨロヨロとふらついてへたり込んだ。ゼイゼイと荒く息を吐き出している。

 「任務、完了、しま、したあ!」呼吸を整えながらヒミコンが伝えた。

 「タイムオーバーだぞ。……しかし、ずいぶんとヨレヨレになったものだ」ゲイルが呆れ返った。

 「先ほどまでは、それなりに。美しかったのになあ」シップが雅やかに揶揄からかった。

 ゲイルが爽やかな笑顔を向けた。

 「尊い職務だろう? トレジャンの謝礼対象者はフィックスオイルを直接ダイレクト噴射されることによって確実に幸運を手にしていくのだ。

 しかし、まだまだ遂行すいこう速度が遅い。トレーニングを重ね、貴きフィックスオイルを超速ちょうそくに美しく噴射できるように徹底的に励むのだ」

 「はいっ!」

 「良かったなあ。心優しきトレジャンは、さぞや喜ぶことであろう。

 しかし。まだまだ儀式の途中だ。さあさあ、ふたつめの任務の呪術伝授が待っているぞ」シップが告げた。

 「……え? もう?」


 「ボサッと座り込んでいないで立てやァ! 次はいんの藍方咒を授けるぜ」

 「いつまでへたり込んで休んでいるの? あの程度の任務でさ。さっさと始めるよ」

 ヒミコンの頭上から冷ややかに声をかけてきたのは、クロスとイレーズだった。

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