二十二 未來王って①

 藍方らんぽうせい

 ひと通りの雑用を終えて。トレジャンの泉を覗き込むヒミコンの背中には隠し切れない悲壮感と哀愁が漂っていた。

 

 シップが現れた。

 「やあ、ヒミコン。精が出るね。

 ああそうか。相棒ライアンはイレーズの特別訓練だったな。ひとりは寂しいかい?」

 「いいえ、寂しくは……。ただ、ライアンの日々の成長は目を見張るものがあります。それに比べて私は遅々ちちとして進歩せず。余りにも情けないのです。己の才能の無さに愕然がくぜんとして打ちひしがれています」

 「ほう……」

 「極等万能祭司四人衆のような『比類なきカリスマ』と称される完璧な方々には、きっと天性の才能がおありなのでしょうね。

 凡夫の私は藻掻き続けて。それでも出口が見えずに抜け出せず。苦しいばかりです」

 シップはうんうんと頷いた。

 「ああ、なるほど。煩悩を超越した阿羅漢あらかんになりたいのになれない苦しみかな?

 確かに。我ら極等万能祭司には突出した天賦てんぷの才がそなわっている。多方面に於いて異彩を放ち『万能』と称されるだけの能力値を各々おのおのが与えられている」

 「やはり……」ヒミコンはあらがえない能力格差にがっくり項垂うなだれた。

 「しかし我々にも葛藤はある。そのきんでた能力と才能をどう使い、どうかすかを常に問われているのだよ。

 幸運なことに我ら四人衆は『未來王』から直接見出され、導かれ、育てていただけた。天賦の才を殺すことなく、穢すことなく、よこしまではない善なる任務を与えていただけた。

 言うなれば我らは選ばれし者であり、比類なき果報者であり、幸運体質の持ち主なのだよ」

 ヒミコンは納得して、そして問う。

 「不幸な不運体質は幸運体質に変えられるものですか?」

 「ヒミコンは自らが『不運』だと思うのかい?」

 「少なくとも『幸運』ではないように思います」

 

 クロスが現れた。

 「アーアァッ! 嫌だねえェ! やはりヒミコンは正真正銘の愚か者のようだなァ?

 おのれがどれほど幸運なのかに気が付けず。無尽なる恩恵に浴していることに気が付けず。たっとき慈悲に気が付けず。未だに価値あるものから目をらしているんだからなァ?」

 「……どういう意味でしょうか?」

 「お前は今の今まで『未來王』のことを知らぬ存ぜぬままに過ごしている。『未來王』について質問をしてこない。それどころか知ろうともしていない。なぜだァ?」

 ヒミコンは困惑顔をして。そして重い口を開く。

 「怖いのです。雲の上の存在であらせられる『未來王』について、私のような低劣な愚か者が言及するなんて……。おこがましくておそれ多いことです。私如きがとんでもない! そう思うからこそ触れられないのです。

 いつものウッカリを仕出しでかしてしまったらどうしよう。万が一があったらどうしよう。 無作法者には強烈なばちが当たってしまうのではないかとおびえています」

 「へえェ? お前にも少しは謙虚さがあるのかァ? だが要は、興味ないってことだろォ?」

 「いえいえっ! 本音は未來王について、少し。いや、かなり。いや、ものすごーく! 興味津々です。未來王について質問しても八つ裂きにされたりしませんか?」

 シップは思わず、くすりと笑う。

 「八つ裂きも何も。もうとっくに死んでいるではないか」

 クロスはふうんと意味深に口角を上げた。

 「なあ、ヒミコン。シップに『未來王』についてのレクチャーをしてもらおうぜ? なんせシップは未來王の極等級祭司一番弟子だからなァ」

 「ははは。それだけ古株だということだな。どうだい? 講義を受けてみるかい?」

 「わあっ! 本当ですか! 私如きが拝聴はいちょうしても良ろしいのですか?」

 「良い」

 「ありがとうございます! よっしゃあ! やったあ! 是非にお願いいたします!」

 「ククッ、俺も聞かせてもらうぜ?」

 クロスは愉快そうにニヤリとした。豪華な専用アームチェアにどさりと腰掛けた。

 「良し。では、始めようか」

 シップは手に握る扇子を己のてのひらにパンっと叩きつけて気合を入れた。

 

 シップの講義が始まる。

 ……近過去において。三千大千世界のあるじに『未來王』が正式指名された。賢明崇高なる如来や菩薩や八百万の神々や五百羅漢のその上の『頂点』に指名されたのだ。

 指名したのは煩悩を超越し解脱げだつしている貴き『タターガタ(如来)衆』と『五百ごひゃく羅漢らかん』である。彼らはすべての色と欲から離れた無色界むしきかいの住人である。

 しかし正直に言えば。未來王は断りたかった。実のところ未來王は自由気ままな風来坊のような性質のお人柄なのだ。

 ゆえに頂点に立つことにも、天界を統治することにも、まったくもって興味がない。さらには過剰にあがめられることを好まない。

 しかし現世げんせい惨憺混沌さんたんこんとんとしてあまりにも暗かった。未來を予見予兆してみた。残念だが今よりも一層に暗かった。

 想像以上に最悪の状況が加速していたからこそ。未來王は渋々ながらも世代交代を引き受けた。受諾じゅだくせざるを得なかった。

 こうして我らが敬愛敬慕する未來王が三千大千世界の主として君臨することが決定したのだ。


 革新的情報化社会となった近現代の変革スピードは想像以上に速かった。

 この急激なる時代の変遷へんせん速度に対応できるのは、もはや『未來王』しかられなかった。

 さらに未來王直属の四大弟子である『極等万能祭司』はネオヒューマン仕様に構成構築されている。常に最新状態にアップデートされているということだ。 

 我らは当然、いにしえからの陰陽おんみょう表裏ひょうりの呪術は網羅もうらコンプリート済みであり変幻自在に操ることが可能である。さらには、高度なデジタル化や変転スピードに柔軟対応できる。突出したアビリティ(才能)とナレッジ(知識)が与えられている。脆弱性ぜいじゃくせいにも即時対応している。

 極等万能祭司四人衆は完全パー無欠フェクトとなるように未來王から善導を受け、惜しみないエナジーを注がれ完成している。謂わば、未来型サイボーグ・ネオヒューマンなのである。

 人智を超越した四大弟子を従える未來王であるならば革新的現代社会の変遷にも迅速対応できる。そう判断されたからこそ。聡明崇高なるタターガタ(如来)、菩薩、明王、阿羅漢、神々、善神霊の集う大会議コンベンションに於いて世代交代の正式決定が厳になされたのだ。 

 遂に! 唯一無二なる『未來王』が新たなる時代の頂点いただきに立った。この先のフューチャー社会に柔軟に対応可能な『未來時代』へと正式移行した。

 こうして大宇宙において欣快きんかいなる革新的大変革がもたらされていたのである。

 

 クロスが確認する。

 「お馬鹿のヒミコン、ここまでは理解できたかァ?」

 「はっ、はい! なんとかどうにか!」

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