二十一 葛藤

 藍方らんぽうせい

 ヒミコンは焦燥しょうそうられている。時間の経過は残酷だ。寸刻も休まずに動き続けて止まってくれはしない。

 日夜。精神感応能力を磨き上げるべく透視訓練に明け暮れている。さらには金色こんじき神霊獣ライアンを乗りこなす訓練トレーニングを重ねている。

 ライアンには少しずつ乗れるようになってきた。はじめは何度も滑り落ちて、ずり落ちて、振り落とされてしまっていた。けれど今では何とかしがみついて時速六百キロ程度までなら乗りこなせる。

 しかし。イレーズが冷たく言い放つ。

 「全然ダメ。ふざけてんの? 肉眼で見える程度の速度で乗りこなせた、なんて図々しい。神霊獣の移動速度は其々それぞれの個体能力値によって異なるけど。テレポーテーションに準じる速度だからね」

 ……まだまだゴールは遠いようだ。

 そしてなにより! 一番の大問題は! 未だにトレジャンのフェイトギアが『見えていない』ことに他ならない。

 ひたすら焦る。そしてトレジャンの泉を覗き込む。

 刻々と時は過ぎていく。

 そうして気がつけば! トレジャンはすでに高校生なのである。

 

 地上。

 トレジャンは地元の公立中学校を卒業後。さほど有名ではないけれど、それなりの実力を有する私立高校に特待生として進学していた。毎朝早起きをして、弁当を持参して、一時間ほど電車に揺られて通学している。

 ……わたくしヒミコン。萌えております!

 今のトレジャンの容姿といえば! 知的スマート眼鏡男子であります。手足が長くて姿勢が良くてスラリとしていてスタイルが良いですね。肌は白く、切れ長の瞳、薄い唇、うす塩しょうゆ顔であります。(実況)

 そして。相変わらず成績はトップクラスだ。

 本が好きらしく勉強の合間の息抜きには様々なジャンルの書籍を愛読読破していた。

 極等万能祭司四人衆の献身的遠隔サポートによって病はすっかりえて虚弱な体質は日常生活に支障がないまでに改善していた。 

 トレジャンは『太郎たろう』と家族や友人たちから呼称されている。トレジャンの声変わりした低音のバスバリトンヴォイスは独特だ。不思議な音感をもたらしてストレートに脳内に響いて聞こえてくる。

 ……大きくなったなあ。(しみじみ)

 幼かったあの日の少年は。穏やかで落ち着いた知的好青年へと成長していたのだ。


 思い起こせば。

 恵林寺の庭園でゲイルから三十日間のミッションを課された。そして闇雲にトレジャンを探し回った。深く濃い霧に包まれた箱根元宮の馬降ばこういしかたわらでトレジャンを見つけあの日。それはミッションの最終期限ミッだった。

 だけど不思議なほど死への恐怖はなくて。少年に再会できた感激とシャーマンになれる喜びだけがあった。

 藍方星に迎えられてから早いもので十二年の時間ときが流れていたらしい。雑用に追われながら気がづけば干支えとを一周してしまっていたのだ。

 

 相棒であるライアンの成長は目覚ましいものがある。もはや尊敬にあたいする。

 瞬間移動の『ワープ術』。善悪を見分ける『判別眼』などなど。イレーズから伝授される呪術を瞬く間に修得して、次々に才能を開花させている。

 ライアンの茶色の垂れ目は、霊術を行使するときには鋭くつり上がって金色に輝く。長い黄金の毛並みを優雅になびかせる勇姿は威風堂々いふうどうどうとしていて、トレジャンを護るに相応ふさわしい金色こんじき神霊獣へと着実に成長しているのだ。

 

 ……それに引き換え私ときたら。情けないったらありゃしない。わずかばかりしか成長していない。

 今では露見の泉に投影される粗悪な人間たちの薄汚れたフェイトギアであれば簡単に透視することができる。しかしなぜか。トレジャンのフェイトギアを透視することはできない。トレジャンのフェイトギアはなにか特別なのだろうか? 私に足りていないものは一体何なのだろうか……。

 

 ゲイルが現れた。

 「葛藤しているようだな。しかし頭で考えているうちは無理だろう。トレジャンとの感応は理論理屈でできるものではない」

 ヒミコンは思わず弱音を吐く。

 「もう私には無理なのかもしれません。だけど! 諦めたくありません……」

 「藻掻け、足掻け。最後の一瞬まで」

 それだけ言い残してゲイルは立ち去った。

 

 相棒ライアンと一緒に! トレジャンを護れる自分になりたい。

 そんなヒミコンの必死の願いも虚しく。無情なまでに時間は過ぎて。流れ去っていくのであった。

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