二十 十八歳になるまでに②

 ゲイルが現れた。

 ゲイルはライアンの首筋をふわりと撫でると一足飛びにまたがった。ヒミコンは颯爽とした華麗なる勇姿にポカンとして思わず見惚みとれてしまった。

 ゲイルはライアンの背に跨ったまま説明を始めた。

 「ヒミコンよく聞くのだ。

 トレジャンに襲い来る悪霊の霊体種類タイプよわい十七歳までは『直接ダイレクトタイプ』である。トレジャンの潜在意識に入り込んで魂ごと乗っ取っろうと直接的に仕掛けてくる。美しいフェイトギアを我が物にして意のままに操ろうと目論もくろ直接型愚劣ぐれつ霊体だ。しかし、そんな雑魚ざこどもは瞬殺だ。まったくもって問題ない。

 だが。よわい十八歳を境として霊体は『間接型インダイレクトタイプ』となる。奴らは陰湿に受動的に攻撃を仕掛けてくる。そして粗悪なねんかいからいき怨霊おんりょうを生成させる当事者である『人間ヒト』こそが、我らの敵となるのだ」

 ヒミコンは悪霊怨霊だけでなく生身の人間が敵となるという初めての情報に驚愕きょうがくした。

 

 ゲイルは続ける。

 「霊体は人間が十七歳まででないと魂を乗っ取ることができない。ゆえに十八歳からは攻撃方法が変わる。

 生身の人間ヒトの祖悪感情である妬み、そねみ、怒り、貪り、愛憎などが念塊となる。そこから生怨霊が生成されている。

 そんないやしい生怨霊がトレジャンの煌めく美しい歯車ギアけがしてやろうと悪用しようと襲い掛かってくるようになるのだ」

 ヒミコンは問う。

 「世で言うところの極悪非道なる人間が生きた怨霊を生み出しているのですか?」

 ゲイルは首を横に振る。

 「いや、そうとも限らない。がん(この世)にいる限り。けがれた粗悪感情を誰もが有している。知らぬ間に、止めどなく、抑えきれずに、どす黒い感情が湧き出してしまうことは誰しにも起こり得る。

 ゆえに誰でも怨念の塊である『生怨霊』を生み出してしまう可能性があるといえる。しかしながら。それらすべてがトレジャンの敵というわけではない」

 ヒミコンはさらに問う。

 「ターゲットは定まっていると?」

 ゲイルは頷く。

 「そうだ。我らがおもに対峙するのは、潜在的攻撃性パーソナリティ障害『マニピュレーター』という人間の類型タイプである。

 その中でも『先天性』マニピュレーターは特段に腹黒い。飛びぬけて狡猾こうかつなる性質を有している。陰湿であり、ずる賢く、あざとくて汚い。善人をよそおい、綺語を操り、強迫オブセッ観念ションを刷り込む。平然と周囲をたぶらかして巻き込む。己の利権のために弱者を利用するやからなのだ。

 性根の腐ったマニピュレーターのフェイトギアはびついていて目を覆いたくなるほどの汚さだ。ドロドロとした赤黒い油をよだれのように垂れ流している。いやしくて浅ましくてけがれている。今後は厚かましき狡猾こうかつ人種マニピュレーターと直接対峙していくことになる。

 げんに。マニピュレーターの粗悪念塊がいき怨霊おんりょうを大量発生させている。奴らはわば『悪霊怨霊製造マシーン』なのだ」

 

 ヒミコンは混乱しながらも頭の中を必死に整理する。

 ……要するに。十七歳までと十八歳からでは、襲い来る霊体のタイプが変わるということだ。

 先天性マニピュレーターという狡猾こうかつ人種から派生する粗悪念塊によって、生怨霊が大量発生してしまっている。そして幸運体質のトレジャンをおとしめ、穢そうと仕掛けてくる。

 燦燦煌々さんさんこうこうと輝くフェイトギア目掛けて、敵霊体が次々に襲い掛かってくるということだ。

 それなのに私ときたら!

 肝心のトレジャンのフェイトギアをいまだ透視できていない。それでは襲い来る生怨霊やマニピュレーターからトレジャンを護ることなど不可能だ。イレーズの言葉通り、リミットまでに達成クリアーできていなければ論外であり、役立たずの不要物だ。当然『選ばれし者』になれるはずがない。

 私の役割は、トレジャン専属シャーマンだ。しかしこのままでは任務をひとつも与えられぬまま、役に立てぬまま、ここから蹴り落とされて終わってしまう。お役御免のお祓い箱確定だ。

 ……そんなのは嫌だ!

 何が何でもトレジャンが十八歳になるまでにフェイトギアを透視して『特別な呪術』を口伝してもらわなければならない。

 そして悪霊怨霊製造機である狡猾こうかつ人種『マニピュレーター』こそが私の敵なのだ!

 

 ゲイルが華麗に笑った。

 「ご名答。少しは賢くなったようだな。

 ヒミコンが選ばれし者になれたとき。対峙たいじする敵は『マニピュレーター』という生身の人間である。

 マニピュレーターとは『善人を演じる悪人』であり、綺語を並べ立てて人を欺く『偽善者』であり、周囲を無遠慮にたぶらかす『大嘘つき』でもある。そして意のままに人を服従させてあやつろうとする『操縦者コントローラー』だ。

 善をよそおった悪党のマニュピレーターこそが我々のエネミー(敵人)となるのだ。

 トレジャンの役に立ちたいのであればフェイトギアの感応透視は必須ひっすである。極限まで精神感応能力を研ぎ澄まし、磨き上げることが肝要だ」

 「はい! さらに修練いたします!」

 

 イレーズは皮肉を込めて言葉を続ける。

 「あ、そうそう、ついでに。ゲイルのようにライアンを乗りこなせるよう訓練しておくように。この先、運よく藍方らんぽう星に残れれば必要になるからさ。

 まあ、トレジャンの十八歳の誕生日までに間に合えば? だけどね? そもそも別にあんたなんか居ても居なくても変わらないしさ。役立たずの雑用係の女なんて鬱陶うっとうしくて邪魔なだけ。消えればいい」

 ヒミコンはイレーズの本音に思わず凍りつく。

 「クク、そんなにおびえて青ざめた顔をしなくても大丈夫だよ? 精神感応能力を極限まで磨き上げてさ。リミットまでに『完璧』に透視できるようにすればいいだけのことだからさ。単純にそれだけなんだしさ。ま、ダメだったら堕ちて沈めばいい」

 薄ら笑いを浮かべるイレーズは美しい瞳の奥に感情を宿していない。あまりに無情で冷たくて。恐怖は増幅ぞうふくして寒気がした。

 

 ヒミコンは強く思う。

 そもそも今の今まで一度たりともトレジャンを護れていない。だから何としてでもトレジャンの役に立ちたい! 今やトレジャンは私の宝でもあるのだ!

 ……こん畜生ちくしょうめっ! やるしかないっ!

 「トレジャンのため! が、ん、ば、り、ます!!」

 ガニ股に足を開いて踏ん張って、こぶしをグッと握りしめて固く決意表明をした。

 

 男らしく気合の入ったヒミコンの立ち姿に、ゲイルとイレーズは思わず目を丸くして顔を見合わせた。あまりに滑稽こっけいな挙動が呆れるほどに可笑おかしくて。

 ふたりはこらえきれずに吹き出した。

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