十八 コンビ成立

 藍方らんぽうせい

 ヒミコンの日常は大きく変わった。

 とにもかくにも。途轍もなく。最高に! ライアンが可愛いのだ!

 象よりも大きいライアンは一見すると百獣の王ライオンのようにも見える。

 けれど。垂れ目の茶色い瞳はヨークシャーテリア犬のようでもあり。小型犬の頃の面影が残る。人懐こくて撫でるとすぐにゴロンと寝転んでお腹を見せる。掃除中のヒミコンにすり寄る仕草は大きな子猫のようでもある。甘えん坊の性格は萌え要素しかないのだ。

 

 今やライアンは藍方星のアイドルであり、癒しであり、イレーズ公認の金色こんじき神霊獣の一尊でもあるのだ。

 平素はクールな極等万能祭司四人衆たちだが。ライアンに対しては無邪気な笑顔を見せる。全速力で一緒に走り回って、たわむれて、超がつくほどに猫可愛がりをしている。

 

 皆からこよなく愛されているライアンだけど。毎朝八時になるとトレジャンの泉を寂しそうに覗き込む。耳を垂らして茶色い垂れ目をしょんぼりとさせる。

 そして哀愁の眼差しを向けたまま、泉の水をぺろぺろとめるのだ。

 

 「ライアンがトレジャンの泉の水を舐めるときは、大好きなトレジャンに甘えているのだよ」……シップがそう教えてくれた。

 トレジャンは小学校の通学時刻に玄関から表に出ると庭に置かれた犬小屋を見つめる。あるじのいなくなった犬小屋をジッと見つめる。そうして数秒間、立ち止まるのだという。

 ライアンは瞳を潤ませて。そんなトレジャンの姿を毎朝空から見つめているのだ。

 藍方星に来てからも欠かさずに。通学時の見送りをしているのだそうだ。

 

 ヒミコンはライアンのブラッシングをしながら。毛並みを整えながら。切なさに涙が込み上げてくる。

 基本的にライアンは食事をらない。しかし水分は摂る。トレジャンの泉の蒼き澄んだ湧き水を毎日舐めている。 

 

 ちなみに藍方星はろく欲界よっかいのひとつである。しかし欲界よっかいに住しているとはいえ色界しきかいの感覚に近いらしい。淫欲と食欲が極めて薄いのだ。

 そのため極等万能祭司四人衆も基本的に食事は摂らない。しかし、余興よきょうに酒は飲む。過剰なまでに水分だけは摂取する。

 ヒミコンの主な仕事はライアンのブラッシングと広い藍方星の床磨きである。それから極等万能祭司四人衆のお茶汲みと酒の準備を一日に複数回おこなっている。

 その他の時間は露見の泉の水中を覗く。ひたすらに感応透視訓練をしている日々なのだ。

 

 露見の泉のほとり。

 いつものように赤黒く濁ったおぞましい露見の泉を覗いていた。ギラギラと目を血走らせて必死の形相で透視訓練をしていた。

 ふとライアンが甘えてすり寄ってきた。ライアンはヒミコンのかたわらにお座りした。ふさふさの毛並みを撫でてでながらよどんだ泉の中へと視線を落とした。

 

 ギギギギギイイイイ……。不快なきしみ音が響いてきた。

 驚いて思わず目をらす。水中にうごめく人間の形をした悪霊怨霊たちの姿がいつもより鮮明に見えた。

 さらには! その霊体の心臓部に歯車の輪郭がうっすらと浮かび上がってきたのだ!

 大きな歯車と小さな歯車がうまく噛み合わずに耳障りなきしみ音を立てている。

 赤黒く汚れたドロドロの油がボトリボトリと垂れ落ちている。ギイギギギイイイッと不快音を響かせて重く動いている。

「これが? 薄汚いフェイトギア……?」

 

 ゲイルが現れた。

 「良し。見えたようだな」

 ヒミコンはゲイルの言葉を反芻はんすうする。そして気づく。遂に! 遂に遂に! フェイトギアを感応透視できたのだ!

 「はいっ! やっとやっと! やっと見えましたあ!」ヒミコンはライアンに抱きついて泣き出した。

 「どうやらライアンが一緒だと能力が増幅ぞうふくされるようだな。ライアン、ヒミコンに力を貸してくれるか?」

 ゲイルの問いかけにライアンは凛々りりしい表情を向けた。そして『だく!』とでも言わんばかりに尻尾を床にダンっと強く叩きつけて応答した。

 

 シップが現れた。

 「ヒミコンよ。本日より、トレジャンの泉を注視ちゅうしすることを認める。トレジャンのフェイトギアが見えたとき『特別なる呪術』を口伝する。選ばれし者としての任務を賜れるよう一層に励みなさい」

 「はいっ! ありがとうございます! 頑張ります!」

 ヒミコンはようやっと一歩前進した。

 そして金色こんじき神霊獣ライアンが相棒となった。ライアンとコンビが成立したのだった。

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