十五 クロスとイレーズ

 クロスとイレーズが露見の泉のほとりに立っている。

 床掃除中のヒミコンはモップを手にしたままに。そうっと、ふたりの背後に近づいた。

 そして息をひそめて、小さく身をかがめて、こっそり偵察を始めた。

 

 クロスが左手の人差し指をピンと立てた。指先から黒い十字架の剣が突出した。

 剣先をぐるりと回すと、シュウウっと音を立て、黒い竜巻が巻き起こった。そして真っ黒い渦の中から次々と大男が現れた。

 十二鬼神(神将)である。

 

 イレーズが左手の人差し指をピンと立てた。その指先に、ふうっと息を吹きかけた。

 蒼色の蝶が次々に飛び出して、ひらりひらりと宙を舞う。そして蒼蝶は数多の神霊獣へと化身した。

 貴人(天将)しん霊獣れいじゅうである。

 

 十二鬼神と数多の神霊獣たちはクロスとイレーズを囲むようにゾロリと整列すると一斉に頭を下げた。敬服けいふく畏敬いけいの動作を示したのだ。

 十二鬼神の勇ましいで立ち。忿怒ふんぬの表情は猛々たけだけしい。おののくほどに恐ろしいはずなのに慈悲を感じる。 

 神霊獣たちは気高くていろどり華麗だ。凄まじいまでに美しい。

 クロスとイレーズが物凄いスピードで高速咒じゅを唱える。その咒に誘導されるかのように十二鬼神と神霊獣たちは水中に飛び込んだ。まるで露見の泉に吸い込まれるように吸収されて次々に消えていったのだ。

 

 静寂が訪れた。

 

 ヒミコンは胸の鼓動が高まって感激に打ち震えた。

 藍方らんぽうせいに十二鬼神と神霊獣たちが一堂に集結していた! あまりの迫力に圧倒された。優美さに見惚みとれた。はなはだしくときめいた。

 ……すごい! すごい! すごいっ!

 オカルトマニアの私にとって、憧れの十二鬼神と神霊獣をこの目で! 肉眼で! 目撃できてしまった! ああっ、何て素敵! なんてかっこいいのっ! 十二鬼神サイコー! 

 ビカラ、シャトラ、シンダラ、マコラ、ハイラ、インダラ、サンテイラ、バイラ、アンテイラ、メキラ、バサラ、クビラ……!

 しだらけ! もう、たまらない。

 

 神霊獣は干支に由来した十二体かと思いきや、そうじゃない!

 れいちょう麒麟きりんろくびゃくぞう純白天じゅんぱくてん夢喰ゆめくいはくばく五色ごしきたか五色ごしき怪魚かいぎょ藍方らんぽうびゃっ藍方らんぽうずいりゅう八色はっしき鳳凰ほうおう純白じゅんぱく天馬てんまきん獅子じしえんきん獅子じし狛犬こまいぬ黄金おうごんれいごくさいれいぎゅう藍方らんぽうあおひつじなどなど……!

 数多の神霊獣を一堂に目撃できてしまった! 幸せ過ぎるっ! これぞ眼福がんぷくの極み! 

 嗚呼ああ、最高! もういつ死んでもいい!

 

 イレーズとクロスが話しかけてきた。

 「もう死んでいるのに、死んでもいいなんて、相変わらずの低能頭だね」

 早速、イレーズの嫌味炸裂さくれつだ。

 「へええ? 俺たちに色目を使ってこない女は珍しいと思っていたが。鬼神と霊獣マニアだったんだなァ?」

 クロスも皮肉を込めてからかう。

 ヒミコンは率直に返答する。

 「はいっ! もう興奮しすぎてっ! よだれと鼻水と涙が同時に流れ出てしまいました! もうトキメキが止まりません!」

 思わぬ返答にイレーズは目を丸くした。クロスは愉快そうに二ヤリとした。

 ヒミコンは気難しいふたりの機嫌が悪くなさそうな今がチャンス! とばかりに続けざまに質問をぶつけた。

 「あのっ! 今のはどのような呪術なのですか? 十二鬼神はどのような役割を? 神霊獣たちはどこへ向かったのですか?」

 珍しくイレーズが答えた。

 「十二鬼神や神霊獣たちはしき神的がみてきな役割だよ。俺たちの指示に従って人間界に出向いて処罰を与えてくれているんだ」

 「今日の処罰対象者は数万人ってとこだなァ。やってもやってもきりがないぜ」

 クロスは大きく息を吐き出した。

 

 イレーズとクロスはいそいそと『トレジャンの泉』に移動すると水中を覗き込んだ。

 「ああ、トレジャン。体調良くないね。苦しそう」

 「顔色が悪いなァ。ゆっくり病を治癒させているがまだ少し負担が大きいようだなァ」

 「もうわずかにやわらげて治療しようか」

 「そうするかァ!」

 クロスとイレーズは水中にそれぞれの右手の人差し指を浸した。小声で高速咒を唱える。途端に。トレジャンの泉の澄んだ蒼色の水面が金色に輝いた。

 ヒミコンは驚嘆きょうたんした。

 ……極等級の祭司って、病まで治癒ちゆさせられるの? 

 

 ヒミコンの単細胞脳内を読心透視したふたりは、しれっと答える。

 「ま、万能だしなァ?」

 「そ、極等級だし?」

 「シップが言っていただろう? 極等万能祭司は頭脳明晰。そしてものすごーく、偉いのだよ。ってなァ?」

 「ま、そーゆーことだね」

 適当にあしらわれた。

 

 赤黒く濁った露見の泉が波紋をなしてブクブクと泡立って音を立て始めた。

 任務を終えた十二鬼神と神霊獣たちが戻ってきたのだ。

 「ご苦労さま」

 「また頼むぜ!」

 イレーズとクロスがねぎらうと再び敬服畏敬の動作を示した。そして十二鬼神と神霊獣たちは、すうっと静かに消えていった。

 

 ヒミコンは思う。

 ……何だか想像と違うなあ。悪霊怨霊たちと激しい血みどろの闘い! とかはないのかしら。超呪術をつかって悪を成敗せいばい! みたいな。

 極等万能祭司四人衆は指先ひとつで任務を遂行して貫徹させてしまうから呼吸すら乱れない。

 ……あっ! これからボスキャラが登場するのかも! そして血で血を洗うような壮絶凄惨なる死闘しとうが始まるのかもね!

 

 「無いよ」イレーズが短く答えた。

 「くだらねえ妄想ばかりしてないで修練しろ。感応透視能力を極限まで磨け。せいぜいトレジャンの役に立てるようになァ!」

 呆れ顔のクロスはさらに言葉を続ける。

 「別に。イレーズのような超天才になれと言っているわけじゃないんだぜ? まァ、イレーズは頭脳も美貌も宇宙ナンバーワンだから。お前と比較対象にすらなっていないけどなァ!

 要はァ。フェイトギアが透視できるようになりさえすればいいんだよ。そうすればお前如きでも少しは役に立つ。わかったなァ?」

 クロスは言い終えると邪魔者ヒミコンをシッシッと追い払うジェスチャーをした。ぼうっと立ち尽くしていると首元をつままれてポイッと放り投げられた。

 

 どうやらヒミコンの選ばれし者への道のりは、まだまだ遠いようだ。

 修練は途方なく、果てしなく、続くのだった。

 

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