十四 露見の泉

 藍方らんぽうせい

 ヒミコンは暇さえあれば露見の泉を覗き込んで訓練をしている。今日もひたすらに水中を眺めていた。 

 もはや雑用と修練の時間を除けば。露見の泉のほとりにたたずむ毎日なのだ。

 

 ……それにしても、汚い。

 私が生前に身を置いていた『人間界』というところは、これほどまでに強欲、傲慢、狡知こうちに溢れた凄惨な場所だったのだろうか。

 これでは餓鬼やら畜生やら悪魔とやらと大差ないのではないか。もはや人間も悪しき鬼畜と同類なのではないか。

 だまし、あざむき、陥れ、争う。汚れを隠して綺麗事を並べる。善人のふりをしてたぶらかす。己の欲を満たすためだけに行動をする。虚勢を張って偉ぶって力を誇示する。他を責め立てて罪をなすり付ける。挙げ句の果てに憎み合って、いがみ合って、ののしり合う。そして、排除して、殺す。

 ……ああ、恐ろしい。なんて怖いの。人間って生命体は。

 

 クロスとイレーズが現れた。

 「なァ? きったねえだろ? 妬み、そしり、怒り、貪り……。骨と血肉の上にヒトの皮の仮面を被っただけの生命体が人間だ。まさに醜悪しゅうあくかたまりだよなァ!」

 「人間の本性ほど定まらなくて。コロコロ変わって。自分都合でよこしまなものはないよ」

 「さらになァ。死者の怨念よりも生きている人間の怨念のほうが遥かに強い。人間の悪意のねんこんが『いき怨霊おんりょう』を生み出しているんだぜ? その生きた怨霊がトレジャンに襲い掛かっているなんて……。許せねえよなァ?」

 「トレジャンのフェイトギアは輝いていて美しい。だから天上界からの守りが強大であり強運だ。怨霊たちは羨望せんぼうを越えてトレジャンを欲する。トレジャンのたましいを乗っ取って意のままに操ろうと欲する。トレジャンは歯車フェイトギアが輝いているからこそ霊的影響を受けやすい。だから俺たちが徹底的に護っているんだよ」

 

 ヒミコンは興奮して叫んだ。

 「あのっ! トレジャンは大丈夫なのですか? 露見の泉に映る生霊や怨霊たちを見ましたが、それはそれは恐ろしい形相ぎょうそうでした。

 聡明で清らかなトレジャンが泣いて怖がっておびえているのではないですか? あの化け物たち! ムカつくっ! 許せない!」

 クロスとイレーズはきょとんとして顔を見合わせた。

 「間抜け女め。こんな怨霊なんて雑魚ざこも雑魚。敵でもなんでもないぜ」

 「そ。瞬殺」

 ケロリと言い放たれて、ヒミコンは疑問が浮かぶ。

 「えっと。では私の役割は何なのでしょう? 極等万能祭司の皆さんが馬鹿みたいにお強いのですから。そもそも私など必要ないってことですよね?」

 「まあ確かに。極等級の祭司が四人もいるからなァ。指先ひとつで事は足りているなァ」

 「そもそも。あんたの出る幕なんてないよ」

 「じゃあ私は! トレジャン専属なんて名ばかりのダミー呪術師シャーマンなのですか? 使命は与えられないのですか? 永遠に雑用に明け暮れて! それで終わりってことなのですか?」ヒミコンは息巻いた。

 クロスがあざける。

 「クククッ! 厚かましくて笑えるなァ。俺たちの宝である大切なトレジャンだぞ? ヒミコンを中心として警護をさせようなどとつゆほどにも思うわけがないだろオ? そもそも俺たちはお前にはなから期待などしていない。

 しかし、使命は与えられるぜェ? 『選ばれし者』になれればなァ!」

 イレーズは無表情のまま呟く。

 「トレジャンのフェイトギアが見えないうちは単なる『役立たず』ってこと」

 ふたりは、すうっと消え去った。

 

 ……悔しいっ! だけど何ひとつ言い返せなかった。自分の無能さが身に染みて! ただただ悔しい。

 あれこれに落ちないけれど。合格点に至っていないことは確かだ。とにかく! トレジャンのフェイトギアを透視できるようにならなければ何も始まらないってことなのだ。

 ムキィーッ! やってやるわよ! 

 ヒミコンは地団駄じたんだを踏んだ。そして猛スピードに雑用を済ませた。それから露見の泉に居座って、水面を覗き込む。

 前のめりになり過ぎて。露見の泉の赤黒く濁った水の中に何度も落ちそうになった。

 血走った眼差しは日に日に切迫してギラついている

 

 極等万能祭司四人衆は豪華なアームチェアーに腰掛けて優雅に紅茶をすすっていた。

 まるでコメディーアニメのようなガチャガチャした見習いシャーマンは、相変わらず騒がしい。

 しかしなぜだか不思議と。この落ち着きのない情緒不安定のヒミコンから目が離せない。 

 駄目すぎて。馬鹿すぎて。あきれているけれども。どこか憎めないのだ。

 おぼえのない不思議な感覚を楽しみながら。肩をすぼめてシニカルに口角を上げた四人衆なのだった。

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