十三 シップとゲイル

 藍方らんぽうせい

 大きい泉『共鳴の泉』のほとりにシップとゲイルが並んで立っていた。

 ふたりは目を閉じて。右手の手のひらを水面にかざしていた。地上から発せられるメッセージを受動受信しているようだ。

 人間界からの祈りや願いが『八百万やおよろずの神々』を介して『共鳴の泉』へと響き伝わる仕組みになっているらしい。

 

 目を開いたシップが、右手の人差し指をピンと立てた。

 鳳凰ほうおうの描かれた扇子が指先から勢いよく飛び出して、ぱっと開いた。共鳴の泉に向かって大きくあおぐと、桜の花びらが豪快に渦を巻いて人間界に降り注がれていった。

 

 目を開いたゲイルが、右手の人差し指をピンと立てた。

 指先にあお蓮華れんげの可憐な花が咲いた。青蓮華の花を共鳴の泉に向けた。ぐるりと回転させると途端にまばゆい光が放出されて、人間界に光芒こうぼうを降りいた。

 

 地上に向かって。大量の桜の花びらが舞い上がって舞い踊っている。天使の梯子はしごの光のビームが降り注がれている。

 絢爛けんらん華麗なコラボレーションが数十秒間ほど共鳴の泉のほとりで繰り広げられた。ヒミコンはあまりの美しさに見惚みとれてほうけていた。

 

 「まあ、こんなもので良いだろう」

 「よし、終わりだ」

 シップとゲイルは人差し指を引っ込めた。

 ヒミコンは二人に駆け寄って質問をした。

 「あの! 今の華やかな呪術は何ですか?」

 「叶えの呪術を行使して、人間たちの願いをランダム(適当)に叶えていたのだよ」

 シップが端的たんてきに答えた。

 「ええっ? 叶えの呪術って。たったあれだけの時間で終わりなのですか?」

 相変わらず無遠慮なヒミコンの発言に、ゲイルは大袈裟にため息をく。

 「はあ? そもそも、欲望まみれの人間たちのすべての願いを叶えるなんて不可能だろう? あれで十分だ」

 シップがうんうんと頷く。

 「例えば。受験生の誰かの合格祈願を叶えるとなれば。一方では必ず誰かが落とされるのではないのか? 

 何事に於いても一番大切なのは本人が積み重ねてきた努力の過程プロセスである。成果としてあらわれるのは自身がつちかっってきた情熱と揺るがぬ決意である。そして他に惑わされずに継続してきた努力の結晶にほかならない」

 ゲイルが補足する。

 「確かに。私たちの放出した花びらや光芒こうぼうに触れることができた人間の願いは叶う。善悪を問わずに叶えられていくことだろう。

 その不条理を『不平等・不公平』だと云う者もいるのかもしれない。

 しかし喜びも悲しみも紙一重の運次第。これぞ世にいう『平等』なのではないか? 

 我らは平等となるように。えて。叶えの呪術を単純設定にしているのだ」

 シップも同調する。

 「そうだぞ、ヒミコン。今日はいつもより多めに放出したから疲れたぞ」

 ふたりは、いそいそと『トレジャンの泉』に移動して水中を覗き込む。

 「おおっ! 今日のトレジャンは顔色が良いようだな!」

 「ああ。朝食の大きなメロンパンを完食していた。食欲があるようだ。だから今日は私も気分がいい。叶えの光芒こうぼう放射も張り切って五秒ほど長めにサービスしてしまった」

 「私もだ。桜の花びら二割増しだよ」

 シップとゲイルはご機嫌に笑い合った。そしてトレジャンの泉に入り浸って、覗き込んで、嬉々として、親バカの溺愛親父おやじのような会話をしている。

 

 ヒミコンはしみじみ思う。

 ……人間の願いが叶うのは、まさに『運』だ。あのたった数十秒間に降り注いでいる桜の花びらと光芒に触れるなんて。千載一遇のチャンスを掴むに等しいのではないか。

 挙げ句にトレジャンの影響力大きすぎ。極等万能祭司たちは、いかにしてもトレジャンに甘々過ぎるのではないだろうか。

 

 シップがく。

 「ヒミコンよ。よく聞きなさい。

 例えば。飢饉ききんが起こって未曾有みぞうの食糧難になったとして。そのときに神仏が人間たちに同じ量の『にぎめし』をひとつずつ与えたとしよう。

 しかし。握り飯ひとつで満たされる者もあれば、何十個喰っても足りない者も出てくる。

 それでは。それぞれが丁度よく満足する分量を分け与えたとしよう。

 そして。その光景を目撃した者は果たして。『平等』ととらえることができるだろうか。『不平等』だと感じるのではないのか?

 そもそも平等を実現するのなど不可能なのだ。平等は即不平等に繋がっている。人間は生きている限り、飢えや乾きや欲望から解放されることはないのだよ」

 ゲイルが続ける。

 「悪人なのに悪運ばかり強くて。偶然タイミングが一致して天上界からの恩恵に浴して幸運を手にしてしまう。そんなやからが存在することも事実である。しかし、その輩は決して幸運ではないのだ。人間界に於いての理不尽は死後に調整されているのだ。

 『自業自得じごうじとく』のことわりとして本人が死没後にツケを支払う。まあごくまれに。子孫が先祖の仕出かした罪へのツケを支払わされる場合もありるが。しかしそれは子孫が親と同様の嫌忌けんき類型タイプになった場合のみである」

 シップが鳳凰ほうおう柄の扇子をあおいで語る。

 「当然だが。生前に分不相応ぶんふそうおうな恩恵を得た者にも調整作業がほどこされる。死後にそれ相応の場所へと案内されるのだよ。

 要するに。神や仏は存在している。すべてを見澄ましている。

 そして輪廻転生を通して。不平等は即平等へと変換されているということなのだよ」

 「なるほどっ! 深いですねえ」ヒミコンはほんの少しだけ理解できた。

 「うーむ……。浅くて低い頭脳のヒミコンには。じんじんなる尊い法則を理解するのはまだまだ難しいのかも知れんなあ」シップが嘆いてぼやいた。

 ゲイルが告げる。

 「ヒミコン。クロスとイレーズが『露見の泉』のほとりにいるときに処罰の呪術を見学すると良い。そうすれば少しは心が成長するだろう。そして一日も早く薄汚いフェイトギアを透視できるよう修練することだ」

 シップとゲイルはすうっと立ち去った。

 

 ヒミコンはふたりの講話を反芻はんすうして噛みしめた。そして自らの浅学せんがくを恥じた。

 しかしながら。クロスとイレーズは苦手だ。

 あの氷河期レベルの冷たい瞳は恐ろしくて、なかなか免疫がつかない。

 しかし、トレジャンを護れるような一人前のシャーマンになるためには極等万能祭司四人衆から多くを吸収して学ぶ必要があるのだ。

 よしっ! やるぞっ! 

 腹をくくったヒミコンなのだった。

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