十一 シャーマン誕生

 藍方星。

 怒り心頭のふたりの祭司が威圧的に立ち上がった。それはたぐいまれなる極上美男子だった。 

 しかし雛子の脳内には警報音が鳴り響く。感情を宿さない祭司の目つきはヤバかった。尋常じんじょうでない危険人物であることを瞬時に察知した。

 

 全身真っ黒の服装の祭司はゴツい大男だった。どす黒いオーラをまとわせて雛子を見下ろしている。身長はゆうに二メートルを超えているだろう。強いくせ毛の髪は後ろでひとつにまとめられていた。

 ゴシック調の黒いシャツにレザーパンツ。レザーロングコートを羽織っている。黒いレースアップのハイカットブーツはいかつい。彫りの深い整ったオリエンタルな顔立ちとスタイルはミケランジェロの彫刻のようで容姿風貌は完璧パーフェクトだ。

 しかし冷めた瞳は冷たくて鋭くて悪魔的だ。威圧感が半端ない。眼光だけで人をあやめることが出来てしまいそうな戦慄せんりつを有した男性なのだ。

 大男は冷たく言い放つ。

 「俺の名はクロス。大馬鹿者のヒミコン、よく聞け。俺たちの宝を軽んじたら、ただでは置かないぜ? 木っ端微塵にして宇宙ゴミにしてやるよ」

 

 もうひとりの祭司は見事エクセレントなまでの超絶美形男性だった。長身でスラリとしていて、肩下まである髪がさらさらと風になびいている。

 ゴシック調の白いレースシャツにコーデュロイパンツ。ドレープロングコートを羽織っている。レースアップの白いロングブーツまでもが優雅に見えてロイヤル感が漂っている。 

 洗練された完璧な容姿は外国人の血が混ざっているのだろうか。肌は白く瞳も髪の色も伽羅きゃらいろで色素が薄い。身体からは黄金色の光が放たれてキラッキラしている。 

 しかしそのきらめきの裏腹に。冷めきった瞳に光はなかった。絶世なる麗しさの容貌の対極に。どれほどの残虐性を秘めているのだろうかと背筋が凍る。

 「俺の名はイレーズ。どこの国の人間でもあんたには関係ないだろう? 俺たちの宝を軽んじたら……。クロスと同意見」

 面倒くさそうに呟いた。

 

 ヒミコンは、クロスとイレーズの氷のような冷たさにゾワリとした。死んだ身が再び死ぬような身の危険を感じるのだった。

 

 「シップ。このウゼェ間抜け女に、任務の重さを説明してやれよ」クロスが不機嫌に言い放つ。

 「ああ、いやだ。こいつ嫌い」イレーズはヒミコンへの嫌悪感を隠さない。

 シップが小さくため息を漏らして、静々しずしずと立ち上がった。

 「ヒミコンよ。よく聞きなさい。

 我ら極等万能祭司四人衆には共通の『宝』がある。それは唯一無二なる人物である。

 我々はその最上の宝のためであれば何もいとわない。すべてを捧げ、すべてを犠牲にできる。しかし宝をこよなく愛するあまり制御抑制がきかない可能性がある。ゆえに危険ともいえるのだ。

 宝をじんじん極限に想い慕う我ら四人衆は、できることなら宝の専属シャーマンになりたいと願った。そして揉めに揉めた。しかし決着は難しかった。

 それならば仕方ない。専属として第三者をえればいい。我ら四人衆は宝を共有して平等の立ち位置を保持しよう。そうすれば客観的思考を維持して冷静さが保てる。

 そんな中に。たまたま? ヒミコンに白羽の矢が立ったということだ。この使命は尊く重い。実に恐悦至極なる任務なのだよ」

 

 シップの説明を聞き終えて。ヒミコンは得心してしみじみと頷いた。

 ……ふむふむ、なるほど。そういうことですね! 要するに四人衆は同じ人物に恋をしているってことですね! そして宝なる人物の奪い合いをしていたってことですね!

 誰かにひとり占めなどさせてたまるものかと、その愛しい宝を四人衆が共有するって決めたのですね! 合点がってんです!

 しかしながら。この眉目秀麗びもくしゅうれいなる極等万能祭司四人衆全員を骨抜きのメロメロのとりこにするなんて。その宝なる人物は只者ただものではないですね! きっと途轍もない美貌の持ち主ですね! さぞや絶世のパーフェクトエレガント美女に違いないですね! 私も是非ともお会いして眼福の癒しに触れてみたいものです!

 

 ヒミコンの心を読心透視した四人衆は呆れ顔をして嘲笑ちょうしょうする。

 仕方なしにゲイルが説明を始める。

 「私たちが護りたい宝の名は『トレジャン』。男性である。英語で『宝物Treasure(トレジャー)』。だからトレジャンだ。

 私たちは確かにトレジャンに骨抜きのメロメロだ。それは否定しない」

 クロスとイレーズは同感、と頷く。

 「我らの宝であるトレジャンは現在。人間界の一般家庭に暮らしている。……未來のためにな」シップが軽く付け加えた。

 

 「ほら、来いよ! この泉を覗いて見ろ!」

 クロスがヒミコンを手招きした。顎をしゃくって小さい泉を指差した。

 藍方らんぽうせいには大、中、小の三つの泉があった。

 ヒミコンはクロスに誘導されて小さな泉のほとりひざをついて座り込んだ。やや前かがみになって澄んだ蒼色の水の奥を覗き込んだ。

 透きとおった泉の奥には、遥か下方の地上の山間部の景色と田舎の集落が映し出されていた。何かが。誰かが。動いている。

 

 ……あの少年だ!  

 

 視界に飛び込んできたのは『あの少年』の姿だった。三十日間探し続けた少年が民家の庭先で小犬と遊んでいる。

 小さな泉の水中に映じられていたのは少年のライブ中継映像だったのだ。

 「え? ええっ? 彼がトレジャン? 四人衆の宝? 宝の人物って?」ヒミコンは混乱して心の声が漏れ出していた。

 

 ゲイルが最終確認をする。

 「ヒミコン、最後さいご通告つうこくだ。シャーマンとして開花するすべての能力をトレジャンに捧げられるか? 彼の美しいフェイトギアに襲い来るいき怨霊おんりょう悪念あくねんかい対峙たいじする覚悟はあるか? 彼に仕えることに迷いはないか? 心が定まればシャーマンとしての能力を授けよう。しかし、そうでなければ。ただちにこの場から蹴り落とす。行き先は運が良ければ黄泉よみの国。若しくは八万奈落の何処どこ何処いずこだ」

 そう告げると極等万能祭司四人衆はヒミコンの前に並び立った。

 

 ヒミコンは目を閉じて瞑想めいそうする。

 なぜ極等万能祭司四人衆があの幼い少年に執着しているのかは分からない。

 あの少年にすべてを捧げ尽くすような価値があるのかも分からない。

 だけど。こうしたときに理屈であれこれ考えても無意味だろう。何となく。あの少年を護るためなら『善なるシャーマン』になれる。そう感じた。

 よし! この直感ハンチを信じよう!

 「お願い申し上げます! トレジャンと皆さんに忠誠をお誓いいたします! 私をシャーマンにしてください!」

 

 ゲイルとシップは右手の人差し指を立てた。クロスとイレーズは左手の人差し指を立てた。そして四人は一斉にヒミコンへと指先を差し向けた。

 ピリッと電流が走った。身体がしびれる。血液が逆流している感覚がある。死んでいるはずなのに体温が急上昇している。細胞が活性化して身体が再生する。全身がアップデートされるような不思議な感覚だ。

 極等万能祭司四人衆によってヒミコンの潜在能力は最大値に引き上げられた。さらには容貌まで最大値まで磨き上げられていた。

 透けるような白い肌、美しい黒髪、潤んだつぶらな瞳、艶やかな唇。魅惑的な麗しい容姿に変貌していた。抜群のスタイルは体のラインを際立たせる赤いチャイナ風ドレスを見事に着こなしていた。

 

 藍方星に、呪術師シャーマン・ヒミコン(見習い)が誕生した。

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