十 ラピスラズリの星

 藍方らんぽうせい

 雛子は一面がせい金石きんせき(ラピスラズリ)のあお色の固い地面にひざまずいている。

 目の前には、造形美を有した見目みめうるわしい四人の男性の姿があった。

 四人はそれぞれ、豪華なひとり掛けのアームチェアに座っている。長い脚を組んで不機嫌顔でり返っている。

 忌々いまいまに雛子を見下みおろす彼らの瞳は冷ややかだ。まるで汚物でも見るかのように嫌悪けんお感を露わにしている。厭忌えんきした敵意をひしひしと感じる。突き刺すような邪険な視線は冷淡極まりない。凍傷を起こすのではないかと思えるほどに痛恐ろしい。

 

 雛子は脅威に萎縮しながらも脳内は現実から逃避していた。そして得意の妄想にふけり始めていた。

 ……ああ、私。本当に死んだんだ! ってことは、ここは藍方らんぽうせい? 

 天上界っていうよりも、なんだか地獄の入り口で閻魔えんまさまに裁かれている死者の情景だなあ。超絶美形の閻魔えんま様が四人って。ぷぷっ。非現実的過ぎて笑える。

 恵林寺でミッションを課してきた極等万能祭司のゲイルって人が居るってことは、この人たちが極等万能祭司四人衆! ってことなのかしら。

 みんな若いけど二十代後半くらいかな。服装はそれぞれ個性的だから自由なのかしら。

 それにしても顔が整い過ぎているとろう人形みたいに見えるのね。背も高そうだし、運動できそうだし、頭も良さそう。そして何より、すっごく偉そうで、強そう。というより何より、この人たち相当にヤバそう……。

 

 ゲイルが口を開く。

 「そうだ。ゲイルだ。私の名を覚えていたようだな? ここは藍方らんぽうせいである。地獄の入り口ではない。そして閻魔えんまもハデスもプルートも四人いない。そして我々はろう人形などではない。未來王の四大弟子・極等万能祭司四人衆である」

 雛子は心の中をどくしん透視とうしされていることにハタと気がついた。

 

 ゲイルの隣に座る和装の男性がおもむろに言葉を発した。

 「私の名はシップ。この度はミッションクリアーおめでとう。

 服装は自由だから私は結城ゆうきつむぎの着物を好んで着用している。よわいはそれぞれの個体能力値が最大値の年齢に固定されているから三十歳前後となっている。それに当然ながら頭脳明晰である。私たちの階級は最上位の『極等級』である。だから、偉そう、ではなくて、ものすごーく、偉いのだよ」穏やかな口調で雛子の心の声に的確に返答した。

 シップは大人の色香が漂っている。結城紬の着物姿は何とも優艶ゆうえんだ。黒目がちの大きな瞳の二枚目(美男子)だ。手には畳まれた扇子が握られている。髪は後ろでひとつに緩く束ねられている。足元は雪駄や草履ではなく厚底のハーフブーツを履いている。風貌は流麗であり知的上品であり雅やかだ。この四人の中では一番温厚そうに見えた。

 

 けれど雛子は気もそぞろだ。

 ……うわあ、雑多な念まで、すべて読心透視されている。どうしよう、怖い! ヤバい!

 

 ゲイルがサラリと言い放つ。

 「シャーマンを目指しているのだろう? 読心透視されて怖いなどとは呆れるな。ここではすべてが見透かされていると思え。

 天上界、ましては藍方星でのシャーマン修行は甘くないぞ。

 しかし心配は無用だ。シャーマンとしての資質が足りず、無能であり、使えなければ下界に蹴り落とすまで! ここには一切の妥協や温情などという甘きものは存在していない」

 雛子は恐ろしい場所に来てしまったと背筋が凍りついた。

 

 シップが説明を始める。

 「まずはお前の呼び名だが本日より『ヒミコン』とする。

 これから『選ばれし者』となるための修行が始まる。呪術師シャーマンとしての門戸もんこが開くということだ。しかしシャーマンとして能力を与えられても簡単には使いこなせない。藍方星で雑用をしながら私達四人に仕えて学びなさい。良いな?」

 「はいっ!」ヒミコン(雛子)はひれ伏して元気よく返事をした。

 シップが続ける。

 「今後についてだが。すべての人間が潜在意識の最奥さいおうに有している『フェイトギア』という宿命の歯車を透視する修行から開始する予定である。フェイトギアを平生常々に認識できるようになったとき、『選ばれし者』として認められる。認められれば、未來王の弟子として特別なる任務を賜ることができるのだ」

 ゲイルが補足する。

 「では、『選ばれし者』として認定されるための修行の詳細を説明をする。

 私たち極等万能祭司四人衆には共通の宝である重要人物がいる。

 その人物につかえ、その人物を護ることこそがヒミコンに与えられる使命である。

 その人物は大変に美しいフェイトギア(宿命の歯車)を有している。ゆえに、けがれた人間界で生霊いきりょう怨霊おんりょうからの念にばくされやすい。それらの怨念を常に消除して護るのが聖なる役割のひとつである。

 要するにヒミコンは。その宝なる人物の『専属シャーマン』となるのだ」

 ヒミコンは思わず声を上げた。

 「ええっ? せっかくシャーマンになれても、たったひとりの人間を護ることだけの任務なのですか?」

 

 藍方星がシン……、と静まり返る。

 

 氷河期再来? 気温の急降下? 寒々しくて底冷えがする。悪寒がする。

 藍方星の崇高な輝きさえも一瞬消え失せた気がした。まるで優美なラピスラズリの星の周囲にだけ暗雲がたちこめたかのようだ。空気が暗くて寒くて重苦しい。

 地をうような低い声が響く。

 「てめえェ! ふざけんなァァ?」

 「なんなの? こいつ。ムカつく」

 

 全身黒色と全身白色のゴシック調の服装をした美形祭司ふたりが、初めて口を開いた。

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