八 戦略

 北関東サービスエリア。

 手がかりがない。時間がない。だからこそ残り二十五日間の『戦略』を練る。

 あの少年は恵林寺の近くに住んでいるのだろうか。それともただの観光客だったのだろうか。

 この時期は幼稚園や学校は夏休みに入っているはず。少年が校舎や園舎に拘束されていないことは不幸中の幸いなのか。いや。もしも保育園だったとしたら……?

 

 とにかく絶望的なまでに情報がなさすぎる。

 夏休みだから公園やプールで遊んでいるのではないか。人気のテーマパークに家族で出かけているのではないか。ヒーローショーや縁日や花火大会などもあり得る。

 幼い子供が集まりそうなイベントを片っ端からネット検索して。そして出向いてみた。

 ただ闇雲に。少年の顔を思い浮かべながら本州を移動して探し回る。

 ファミリーレストランに。ショッピングモールに。どこぞやの外出先に。五歳くらいの男の子を見つけると顔を凝視ぎょうしした。

 ときには追いかけて駆け寄って顔を確認した。

 ……最早もはやただの不審者だ。親御さんからは怪訝けげんな視線を幾度となく向けられた。怪しい女に対して警戒心がありありとにじみ出ていた。 

 今までよく通報されなかったものだ。

 そうしてハッとして、少しの慎重さは保とうと猛省もうせいする。客観的にこれまでを振り返ってみる。

 気づけば悪戯いたずらに時間ばかりが経過していた。

 捜索エリアを広げるほどに遭遇そうぐう確率は下がるというのに。与えられた貴重な時間のほとんどを『移動』に費やしてしまっていた。

 幼い子供が集まりそうなスポットばかりを選定してしまっていた。

 普通の幼児は大抵こんなものであろうと決めつけていた。

 ただただ闇雲に探し回っていた。

 

 よくよく思い起こせば。あの少年は恵林寺参りを楽しんでいるように見えた。

 もしかすると遊園地よりも、動物園よりも、寺社巡りが面白いと思えるような珍しいタイプの子供なのかも知れない。だとすれば。

 戦略を誤ったのかも知れない。

浅はかな行動を重ねていたのかも知れない。相当な時間を無駄にしたのかも知れない。

  

 そして確かな事実として自認させられたことがある。恥ずかしいことに。私の本性はとてもいやしくて、とても意地汚かったのだ。

 シャーマンになりたい。なれるかもしれない。ひたすらに髪を振り乱して少年を探した。それはひとえおのれの欲望の成就のためだった。

 ミッションクリアのあかつきにはシャーマンにして貰えるかも知れない! その願望を叶えたい一心いっしんだったのだ。 

 思い返せば。私利私欲の打算的感情に心のすべてが支配されていた。自己都合のためだけに行動していた。自分本位の思い込みだけで戦略を練っていた。

 

 私はあの少年の本質をみ取る努力をしていなかった。歩み寄る姿勢を示してないなかった。寄り添おうとする思考すらなかった。

 利己的だった。

 厚かましかった。

 間違っていた。 

 なにひとつ見極められていなかったのだ。

 そうして。ようやく思い知らされて。誤想ごそうに気がつけた。

 しかしそれはリミット前日だったのだ。

 

 二十九日前に訪れた恵林寺において。

 呪術師シャーマンらしき男性と出会えた奇跡に感謝する。憧れ続けていた『シャーマン』というものが本当に存在しいる事実を知れたのだ。

 さらにはミッションを与えてもらえた。

 こんな私にチャンスを与えてもらえた。

 最後にチャレンジさせてもらえた。

 これは相当幸運だったのだ。

 

 しかしながら結果は惨敗だった。

 悔しいけれど。残念だけれど。両親や妹マコの言う通りだったのかも知れない。

 無能の恥ずかしい人間のままに。誰からも愛されぬままに。役立たずのままに。

 どうやら二十二年間の生涯を終えてしまうようだ。

 シャーマンにはなれなかったけれど。チャレンジはさせてもらえた! 己の実力の無さを知ることができた! だから悔いはない。

 あの恵林寺で出会ったシャーマンらしき男性にしんおうから感謝しよう!

 

 とうとう明日死ぬ。

 自分の愚かさに絶望して呆れたけれど。

 最悪の顛末てんまつなのかも知れないけれど。

 だけど納得の自業自得なのだ。

 今さらながら得心する。そもそもシャーマンの世界に人間的な戦略など通用するはずがなかったのだ。

 

 明日は人生の最終日。

 雛子は自分がもっとも行きたい場所に行こうと決めた。

 冥途めいど土産みやげとなるであろう最終目的地の選定は迷うことがなかった。

 いさぎよいまでに真っ直ぐな心だった。

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