七 遺書

 あれから四日間。闇雲に車を走らせて山梨エリアの観光スポットをさまよった。

 ネットカフェでシャワーは浴びて。下着はコンビニで買って替えてはいたけれど。流石に着替えが欲しい。

 とりあえず少年探しに集中するために万全の準備を整えるべきだと思案して一時帰宅を決めた。

 退職代行会社から手続き完了の知らせが入った。辞めるのは何ともあっけないものだ。

 

 西東京市。雛子の実家。

 「ただいま」

 いつもは完全無視を決め込む両親と妹だが。この日は三人が玄関先に仁王立ちして並び立った。

 マコと母親は軽蔑けいべつの眼差しを向けて呆れ口調に言葉を吐き出す。

 「お姉ちゃん、どこに行っていたの? 家出をして心配かければパパとママの同情を引けるとでも思ったの? もう永遠に帰ってこなくてよかったのに!」

 「あなたって本当に馬鹿なのね。職場に電話したら退職したって言われたわ。母親なのに理由を知らないのかって。お陰で恥をかかされたわ」

 父親は怒りをにじませて高圧的に言葉を発する。

 「この身の程知らず! お前程度の人間を雇ってくれて、給料まで恵んでくれていた奇特きとくな会社を自ら辞めるなんて! 頭がどうかしている。

 愚かな娘だと分かってはいたが。世間体があるから仕方なく短大まで出してやったというのに! やはり金の無駄だった。

 ああ、情けない! 賢いマコとはえらい違いだ」

 母親とマコも同調する。

 「ガサツで。愛嬌も無くて大馬鹿で。あげくにオカルトオタクで……こんな薄気味悪い娘なんて恥でしかないの。本当はこの家に置きたくないけれど。ご近所の手前があるから仕方なく置いてやっているの。地味だし可愛げもないから嫁に行けるはずもないし。もう鬱陶うっとうしくて嫌になる! あんたなんかこの先も誰からも相手にもされないよ。一体どれだけガッカリさせれば気が済むの」

 「こんなお姉ちゃん恥ずかしい。お願いだからどこかに消えて! お姉ちゃんのことを好きな人なんて、この世の中にひとりも居ないの。世界中の嫌われ者なんだから、一日も早く死んじゃえばいい! バカ! ブス!」

 

 雛子は心の中で笑う。

 この程度は平生へいぜい普段ふだんから浴びせられている言葉なのである。もしかしたら精一杯に悪意を込めたつもりなのかも知れない。けれどいつもと大差なかった。雑言ぞうごん語彙ごいとぼしいようだ。そろそろネタ切れなのではないか。

 「はい。わかりました。すみません」

 雛子はいつも通りの返事をして二階の自分の部屋に向かう。

 まずは机の引き出しの奥に三通の封筒を入れた。念のために用意した『遺書いしょ』だ。

 読まれるかどうかは分からないけれど。自分がどんな死に方をするのか不明だからこそ、大事件にされでもしたら厄介だと思いたって。昨晩ネットカフェで家族あてに遺書をしたためたのだ。 

 明け方まで自室の片づけをした。下着や着替えなどは大きなスーツケースに詰め込んだ。

 

 朝になった。玄関を出ようとスニーカーを履いたタイミングに両親が珍しく声を掛けてきた。母はわざとため息をつく。

 「ハァ! こんな馬鹿娘には呆れて何にも言いたくないけれど。無職のオカルトオタクなんて最悪ね。どこまで地に堕ちれば気が済むの? 雛子の存在はストレスでしかないの。できればそのまま帰ってこないでちょうだい」

 父は大げさにうなずいて同調する。

 「まったくだ。仕事を辞めたんだろう? それで? 金も取柄もないくせに。これからどうするんだ? この家に寄生するつもりか? 挙げ句の果てにのん気に旅行か? 良い身分だな。雛子には何度失望させられたかわからない。情けなくて、恥ずかしくて、惨めだ。もう二度とお前の顔など見たくない!」

 マコがリビングから叫んだ。

 「お姉ちゃんなんて大っ嫌い! ウザイ! 邪魔者の厄介者はさっさと死んじゃってよ! 消えろ! バカ! ゴミ女!」

 雛子は家族に背を向けたまま返答した。

 「はい、わかりました。……行ってきます」

 そして心の中で呟く。

 ……良かったですね。皆さんの願いは、もうすぐ叶いますよ。たぶんですが。

 

 レンタカーの後部座席にスーツケースを積み込んだ。退職手続きも済んだ。

 家族からの罵倒ばとうなど気にもならない。これであの少年を探すことに専念できる!

 

 よしっ! 出発だ。

 

 ミッションンのリミットは残り二十五日だ。なぜだか心は晴れている。希望に満ちている。そして雛子は死出の旅路に向かって。シャーマンになるという夢の実現に向かって。アクセルを踏み込んだ。

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