五 雛子

 雛人形のように上品で可愛らしく。そして玉の輿に乗って。潤沢なる恩恵を享受きょうじゅして。周囲から羨望せんぼうの的となって。他の誰よりも彼よりも幸せになれますように……。

 『雛子ひなこ』と名付けた両親のこうした願望が叶うことはなかった。いつの間にかあきらめと失望と苛立ちに転じていた。

 

 二十二歳になった雛子は年頃なのに洒落っ気がない。自宅では常にヨレヨレの上下スウェット姿だ。手入れの行き届かないパサパサ寝ぐせ髪をそのままに。近眼鏡をかけて愛嬌なし。外出に際してもメイクなどしない。せいぜい日焼け止めと薬用リップクリーム。見事なまでの色気皆無かいむ女が完成していた。

 挙げ句に。サイコ、オカルト、スピリチュアルなどの非正統派ジャンルをこよなく愛し。ホラー映画を好んで鑑賞し。超常現象系統の雑誌を買い漁って読み漁って嗜好しこうしている。ひとり部屋に引きこもって夜な夜な呪術や霊的スピリットに関する研究をしている。

 そんな痛々しいまでに筋金入りのオカルトマニアこそが『雛子』なのである。 

 

 そんな無頓着むとんちゃくであり不気味であり残念な雛子のことを、家族はあからさまに軽蔑して毛嫌いして邪魔者扱いしていた。

 プライドが高くて、外面そとづらが良くて、体裁ていさいを第一に重んじるエリート気質の両親は雛子の二歳年下の妹である『マコ』を溺愛できあいしていた。

 マコは甘え上手であり空気を読んでそつなく立ち回れる。人懐こくて成績優秀。ダンスが得意。おしゃれで華やか……。

 両親にとってマコは自慢の娘であり理想形だった。

 だからだろうか。

 露骨なまでに依怙贔屓えこひいきをして妹を可愛がり、姉をしいたげた。マコには惜しみなく愛情と金をぎ込む。小遣いも弾む。洋服やバッグも望むままに買い与える。飽きて不要になったマコのお下がりは雛子にあてがう。

 いつからだろうか。

 外食や家族旅行にも雛子はひとり置きざりだった。汚いのだから風呂は最後に入って掃除しろと言われる。自分の洗濯ものは風呂の残り湯で洗って絞って部屋に干す。食事は残飯だ。

 なぜだろうか。

 両親とマコは雛子を叱責しっせきしてしいたげることで絆を深めて結託けったくした。思いがけず陰湿に意地悪する行為は快感だったようだ。

 常日頃、周囲から高評価を得るために演技している猫かぶり家族にとって家庭内でひそやかにさ晴らしができることは好都合だったのかも知れない。

 雛子の存在は家族から既に除外され、『恥』とか『不要ごみ』という分類カテゴリーに属するのだった。

 こうした悪魔的習慣は年月を重ねるごとにエスカレートしていたのだった。

 

 しかし、面白いことに。雛子は絶望して死にたくなるような理不尽な家族関係を他人事のように受け流していた。

 この異常生活をさして気に留めることもなく。深く傷つくこともなく。こんなものかとアッサリ受容していたのだ。

 

 「行ってきます」

 ……いつも通り。家族からの返答や反応はない。

 夏の朝。雛子は十年物のびついた自転車をこいで勤務先に向かっていた。

 女子短大卒業後。自宅からほど近い小さな不動産会社に就職して二年と三か月が経過した。流石さすがに仕事のときは社会人として最低限の身だしなみを心掛けている。就活時のリクルートスーツを着用。髪は黒ゴムで束ねて。ローヒールを履いている。

 少人数の職場の人間関係は至って『普通』であり、特段問題はない。

 たまにお客から愛想がないと言われることはあるけれど。与えられた日々の業務を淡々黙々とこなして毎月のお給料を有り難く頂戴している。

 

 基本的に雛子のスタンスは学生時代から変わっていない。

 当時から他人と比べるとか。誰かに執着するとか。好かれたくてびを売るとか。そんな不要作業をしない雛子にとって、学力や運動神経が人並み以下であることも。親しい友人がいないことも。教室でひとりぼっちで過ごすことも。何ら苦痛ではなかった。

 洒落っ気や色気や華やかさが皆無であることも。アイドルやアニメなどの流行りものに興味がなくて話題がずれていることも。恋愛系統を軽視していて周囲と共感できないことも。他人に何ら迷惑をかけていないからノープロブレム(無問題)としていた。

 

 だけどたったひとつだけ。たまらなく心惹かれて執着し、ときめくものがあった。

 それはシャーマン(呪術師)だった。なぜだかシャーマンになりたいという欲求だけは抑えきれぬほどに強かった。

 呪術・占術・心霊・超常現象などの関連雑誌を片っ端から読み漁って研究した。いつの間にか相当量の知識を蓄えていた。

 就活も、もし叶うのなら呪術師になりたい。けれど残念なことにどうすれば呪術師になれるのかは未だに不明でありなぞだ。

 徹底的にネット検索をしてみたけれど。どれもこれもスピリチュアル系統は胡散うさんくさくてあやしげなものばかりだ。

 だけど、何故だろう。

 どうしても呪術師シャーマンになりたい! ならなければ! 緊迫した危機感が押し寄せてくる。

 だからアルバイトを始めた高校時代からは余暇よかさえあれば全国あちらこちらの神社仏閣をひとり巡って祈願を続けている。

 

 「どうか呪術を操れるようになりますように! どうか私を呪術師シャーマンにしてください!」

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