第10話
「いや、協力という言葉は正しくないな。私たちは作戦活動を後始末を行う。乗っかってくれて構わないぞ、ギーツよ」
自信に満ちたマルクスの言葉に、つい笑ってしまう。だが、これは士気を高めるための口上だ。俺にはどこにいるかはわからないが、声の聞こえる範囲にマルクスの部下たちがいるのだろう。その部下たちに聞かせているのだ。
彼らとの戦闘後、魔王軍が撤退していったことは、彼らにとって大きな自信になったはずだ。しかし、撤退していったはずの魔王軍が再び展開してきた。それも、打撃を与えたと思っていた彼らを無視する陣形でだ。彼らが受けた衝撃は筆舌に尽くしがたいことだろう。
「ははっ、ありがたく乗らせてもらうよ」
今回の作戦を成功させるため、そして今後の魔王軍との戦いに向けて仲間の士気を高めるためにも、俺はマルクスの言葉に乗ることにした。
「とはいえ、私たちは奇襲する戦法を得意とする部隊だ。勇者様や精鋭部隊のように魔王軍と正面きって戦うのは難しいと言わざるを得ない。だが、今の魔王軍は馬車を追いかけて散らばっている。そして、ここは森の中。私たちに有利な条件が揃っている」
「助かる。魔王軍の目をそらせてもらえれば、アリアと馬車の力で距離を稼ぐことができそうだ」
マルクスとこれからの作戦会議をする。作戦会議といっても、俺たちが飛び出して進むルートと、マルクスの部隊とやりとりするための合図を決めるくらいだが。合図の中でも特に大事なのが、マルクスの部隊が魔王軍の目をそらすことができたことを知らせてくれるもの。その合図で、俺たちは森から飛び出して走り抜ける。
「くっくっくっ、こんな作戦とも呼べん作戦だが、万事私たちに任せよ。仕事はきっちりやる。だから、しっかりと物資を届けてくれよ」
「ああ。この物資、しっかりと勇者様方に届けてみせるさ」
俺と話しながらも、マルクスの目は小刻みに左右に動き、忙しなく手を動かしている。俺の背後にいるであろう部下たちとやりとりしているのだろう。後ろを振り返ってみたが、馬車の幌や木々に視界を遮られて人影を見つけることもできなかった。
そのままマルクスと情報交換をしていると、マルクスの部隊の準備が最終段階に入ったようだ。
「ギーツよ、有意義な情報共有だった。感謝する。そろそろ準備の最終段階に入るのでな、私も準備に取り掛かるとしよう」
「こちらこそ、情報感謝する」
こちらの返事を聞くのもそこそこに、マルクスがこの場を去っていく。現れたときとは逆に、森の中に溶け込んでいく。
「さて、俺たちも所定の場所に行こう」
アリアは声を立てずにゆっくりと動き出す。比較的森の浅いところに移動し、待機するのだ。マルクスの部隊からの合図を待ちつつ、俺は食事を取ることにした。アリアが悠々と近くの下草を食べているのを見て、空腹であることに気づいてしまったのだ。
馬車の中に手を伸ばし、中にある干し肉を手に取る。防腐剤として香辛料を大量に使っているため、日持ちのする便利な携帯食料だ。かなり硬くなっているので、くわえてふやかしてから噛みちぎるように食べる。咀嚼をしていると眠気も抑えられるので、眠気防止にも有効。難点は、食べ続けてると飽きるってことぐらいだろうか。
「お、そろそろか?」
虫の声すらもしていなかった森に、魔物の咆哮が響き渡る。マルクスと取り決めた作戦から考えると、そろそろ合図がくるはず。
奇襲を得意とするマルクスたちの作戦としては、まず魔王軍の戦力の調査と削減を兼ねて奇襲をかける。少数で動いている魔王軍を狙い、魔法も併用して音を出さずに殺していく。調査が済んだところで、声の大きい魔物を狙って断末魔の咆哮を上げさせる。その声で魔王軍の目を集め、その隙に俺たちが駆け抜けていくという作戦だ。
俺は御者席で座り直す。
「合図があったら、アリアの限界まで全速力で走ってほしい」
「ヒヒン(ええ、任せて)」
あっという間に手近な下草を食べ切ったアリアが返事をしてくれる。なんとか干し肉を口の中に押し込み、合図を待つ。
そう時間が経たないうちに、合図がきた。俺が手綱ををさばくと、アリアが動き出す。木々の間を抜け、森を飛び出す。見える範囲には、ドローンアイをはじめとする魔王軍は見当たらない。マルクスたちはしっかりと魔王軍をひきつけてくれたようだ。
「ヒヒーン!(いっくわよー!)」
心の中でマルクスたちに最大の感謝をささげつつ、アリアの全速力で馬車から振り落とされないよう御者席で踏ん張るのであった。
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