第9話

「ヒヒン!(誰かいるわ。前よ!)」


 アリアの警告に、歩みを止めるよう手綱を動かす。アリアは、手綱の通りゆっくりと歩みを止める。馬車を止め、前方の木々の間に目を凝らす。しかし、人の姿を見つけることができない。

 だが、馬であるアリアが警告した以上、誰かがいることは確定している。こちらは馬車なので、向こうからは見えているはず。まだ見えていなかったとしても、馬車では隠れることもできない。となれば、俺ができることは1つ。


「そこにいるのは誰だ!」


 そう、さも気づいているかのように誰何の声を上げること。


「……花」


「アナスタシア姫」


 木々の間から投げつけられた言葉に、間髪入れずに返す。


「……砦」


「勇者サラ」


「……魔王軍」


「人類を舐めるな」


 これは合言葉だ。魔王軍の中に人語を理解でき、人類に変装可能な魔物がいることがわかったことがきっかけで、人類軍が採用した。場当たり的ではあるが、移動する兵と受け入れる兵、拠点の上層部にのみ通知する運用となっている。また、駐屯地内で知らない兵と出会った場合、揃って上官のところに行くことを徹底しているため、全軍に周知する必要のないことから、魔物の検知に効果をあげていると言えるだろう。


「……やはり人類軍に間違いないようだな。私は戦闘部所属のマルクスだ」


 木々の間から現れた鎧姿の人物は、こちらに全身を見せると兜を外して顔を見せる。無精髭を生やしているためわかりづらいが、細身の顔立ちをしており、大変モテるだろうと容易に想像がつくほど整っている。俺も同じく兜を外して顔を見せる。


「馬車上から失礼する。輜重部所属のギーツだ。現在、勇者サラさまを筆頭に奪還作戦が行われている砦への物資運搬任務に就いている」


 俺の返答に、周りの木々の中から人がざわめくような声ともいえない声が聞こえる。周囲に視線を配るも、俺の目には特に異常は映らない。アリアがおとなしく止まっているので、魔王軍が近づいているというわけではないようだ。訝しんでいると、マルクスが驚愕の表情をしていることに気がついた。


「まさか、"馬の声が聞こえる男”と言われているギーツか?どんな暴れ馬でも制御可能に調教するという」


「あーっと……馬と会話することができるヤツを他に知らないから、俺のことであっていると思う。まさか戦闘部にまで知られているとは思わなかった」


 マルクスの問いに苦笑しそうになる自分を律して答える。輜重部内でそれなりに知られている程度だと思っていたので、今度はこちらが驚愕する番だった。


「ギーツ、砦への物資運搬任務に就いていると言っていたが、1人なのはなぜだ?」


 物資運搬の任務にも関わらず、馬車1台だけで森を通行しているのは不自然極まりない。もし俺がマルクスの立場だったとしても、同じように聞くだろう。

 俺は、直前のキャンプ地を出てからの状況を説明する。


「そういうことか。くそっ、魔王軍の奴ら退いたフリだったのかよ!」


 俺の話を聞くと、悔しげに木の幹に拳を叩きつけるマルクス。一瞬激昂したマルクスだったが、すぐに冷静さを取り戻し、就いていた任務を教えてくれる。

 マルクスたちは、この森を拠点にして魔王軍にゲリラ戦を仕掛ける任務に就いているそうだ。砦に最高戦力の1つである勇者セラさま一行を向かわせているが、勇者さまたちが討ち漏らした魔物や、迂回して後方を襲撃しようとした魔物を狩っていたらしい。

 しかし、一昨日の戦闘を最後に、魔王軍が砦のほうに退いたのだそうだ。昨日1日は魔王軍の姿を見ることはなかったと。今朝になり、森の近くを通る街道に布陣する魔王軍の姿を確認していた。

 だが、それ以上の動きはなかったため、マルクスたちは襲撃の準備をしつつ、様子見していたそうだ。マルクスたちの準備が整わないうちに俺たちが現れて魔王軍を引きつけ、森の中に入った。

 マルクスたちは、森に入った馬車の形状や御者である俺の鎧から、人類軍と判断していた。しかし、馬車1台しかいないことを不審に感じ、森の中程で魔王軍と距離が離れているここで俺たちの目的を確かめることにしたのだと言う。


「私たちが協力しよう。魔王軍どもを出し抜いて物資を届けさせてやる」

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