第8話

「よし、車軸に絡みついた下草は取れた。白煙で巻いてはきたけど、森に入ったのは見られてるんだよな」


 車軸からむしり取った下草を手近な藪の中に捨てる。後方を向いて耳をすませるが、鳥や虫の声、木々の葉音しか聞こえない。


「アリア、魔王軍の音は聞こえるか?」


 首が届く範囲にあった草を食べていたアリアに問いかける。アリアは顔を上げると、耳を前後に動かしている。


「ヒヒン(うーん、それらしき音は聞こえないわね)」


「そっか、ありがとう」


 俺が礼を言うと、アリアは軽く尻尾を振って見せ、再び草を食べ始める。桶の中に入れた水が空になっているのを見て、俺は桶を荷台に片付ける。


「アリア、このまま森の中を突っ切るように大回りをして砦に行こうと思う。動けるか?」


「……ヒヒン(大丈夫よ)」


 もっしゃもっしゃという音が聞こえそうなくらい口いっぱいの草を咀嚼していたアリア。しばらくしてから飲み込んで返事を返してくれる。


「ははっ、ありがとう。じゃあ、行こう」


 アリアの様子につい笑ってしまった。アリアから何かを言われる前に、俺はさっさと御者台に座って手綱を握る。


 そんな俺に鼻息ひとつついたアリアはゆっくりと馬車を引き始める。お互いになるべく音を立てないよう注意をして、森の中を進んでいく。周りの音を聞きつつ、慎重に森の外側に近づいていく。


「ヒヒン?(こっちでいいの?さっきくらいの位置の方が見つかりにくいんじゃない?)」


「そうなんだけどさ。森の中だと現在地がわからなりそうだから、目印になりそうなものを見つけたくて」


 森に入った位置や走った速度、移動した時間からだいたいの居場所の見当はついている。だが、見当が誤っていた場合、いつまで経っても砦に着かない可能性がある。その可能性を減らすため、より正確な現在地を知りたいのだ。俺は、荷物から取り出した地図に書き込んだ目印のいずれかが見えないかと、森の外に目をこらす。


「っ!?アリア、奥へ」


「ヒ、ヒヒン!(え、わかった!)」


 森の中から肉眼で見える距離に、ドローンアイの後ろ姿が見えた。森の中はドローンアイの視線が通りづらいらしい。しかし、先ほど発見されたことの印象が強く、急いでアリアに置くに入ってもらう。


「ドローンアイが飛んでるのが見えた。無策で森の外周部に出ると見つかる可能性がある。他の馬車がいるなら、俺たちが囮になるために飛び出すのも手ではあるんだけどな」


「ヒヒン(他の馬車の多くは平原を進んでるはずよね。森の中を進むなんて選択、他の子たちは嫌がるでしょうし)」


「そうなんだよな。馬たちが気持ちよく動けるのは、視界の開けた平原のほうだし。魔法や積載魔道具を潤沢に使うことを考えると、魔王軍の集まりやすさを含めても平原を選ぶ。だから、こんなところで見つかっても、俺たちが狙われるだけで、他の馬車が楽になることはない」


「ヒヒン(となると、このまま森を進んだ方がいいわけね)」


「ああ。アリアも好き好んで歩きたくはないだろうけど、頼む」


 俺の言葉に、アリアは首を大きく縦に振る動作で返事をしてくれた。アリアの了承を得られたことで、俺たちはこのまま森の中を進むことにした。

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